MOD仕掛けのニューロマンス~追放された弟子を強くするそうです!~

砂鳥 二彦

第1話「この弟子は俺が育てた!」

 俺の仕事はMOD製作、いわゆるゲームデータの改造だ。


 改造と言ってもこれは運営の許可を貰っているし、合法的な仕事内容だ。それどころか運営に要請されて動いたりもする。


 それが俺の仕事、そして大好きなゲームへの最大の貢献であり、奉仕なのである。




 赤煉瓦の高架下に寄りかかり、丸い眼鏡をかけ、赤い髪の毛をした男が空中にデスクトップのようなものを投影している。


 そして男はこれまた宙に浮いたキーボードを指先で叩き、デスクトップ内の数値に集中していた。


「武器MODのバグ修正(フィクス)はこれで完了。いい加減作者に進言しないと同じ不具合の武器シリーズが続きかねないな。バージョンにパッチを合わせるコッチの身にもなってくれよ」


 赤い髪の毛の男はそう呟くと、デスクトップとキーボードを消して一息ついた。


「まあ、そのおかげで俺も飯を食えるわけだけどな」


 赤い髪の毛の男は今度は別のファイルを開く。ファイルにはメールが入っており、簡単な文章が入っていた。


『レッドへ。明日の午前10時にうちの愛娘を露店広場に行かせるので、色々と教えてやってくれ。俺はちょっとマレーシアまで出張なので、よろしく。アンタの恩師より』


 赤い髪の男、レッドはメールを見直してからまた息を漏らす。こちらはため息だ。


 めったに連絡を寄こさない恩師の願いは、レッドに拒否権などない急な用件だった。そんな恩師の方はこちらからの返答に反応はなく、もう海の向こう側なのだろう。


「その気になれば海外からだってゲームに繋げられるだろうに……」


 レッドが今知覚している世界。そこはVRゲーム、バーチャルリアリティーゲームの中だ。


 ゲームの名前は『オーダーニューロマンス』没入型VRゲーム黎明期(れいめいき)から続く、大手オンラインゲームの1つだ。


 プレイヤーは日本のみで100万人。正確な人数の発表はないが、世界中を合わせれば300万人の人間がゲームをプレイしているとも言われている。


 プレイヤー名、レオナルド・マクスウェル。通称レッドも、10年以上前のゲーム開始当初からプレイしている古参の1人だ。


 ただし、ここ最近やっていることと言えばこのゲームのデータ修正ばかりである。


「お、ゲームマスター013から返信だ」


 レッドが新たに来たメールを開くと、そこには導入した武器MODの修正を受け付けたこと、それに関する感謝を示すお堅い定型文が張り付けられていた。


 そして最後に記載されていたのは、謝礼となる金額だった。


「やったぜ。これで今月はしのげるな」


 このオーダーニューロマンスの特徴の1つは、有志達によってMODが適応されているという点である。


 MODはそもそもmodificationの短縮形であり、改造や修正を意味するデータだ。


 改造データというと響きが悪いが、多くは公式に認められたMODなので問題はない。


 本来、MODとはオフラインゲームの購入者の一部が独自に新しいシナリオやグラフィック、モデル、システムを導入したのが始まりだった。


 MODは目的に応じて3Dグラフィック製作ソフトやペイントソフトを使ったり、スクリプトを組むためのテキストソフトを活用したり、様々な要素を自由に作ることができた。


 言うなれば、新しいクエストや新しい武器防具、新しいモンスターなどをゲームの中に登場させることができるのだ。


 古い時代にもオンラインゲームでMODを導入できるものもあったが、その縛りはキツかった。


 多くは個人のゲームサーバーで限定的に使われるだけで、オンラインゲーム丸ごと1つをMODで改造修整するのは不可能だと思われていた。


 しかし、現在ではAIの開発が進み。AIと人の管理の元、ゲームの世界観やプレイヤーの要望に応じ、アップデートの形で公式や有志のMODが導入されるようになったのだ。


 ちなみに、有志が製作したMODが公式に採用されると、作った本人であるMOD製作者には現実世界の報奨金が支払われるようになっている。


「今月でバグフィクスを5件、光熱費や家賃、食費も払えるな。後は――」


 レッドがリアルのお金のことについて考えていると、視線が遠くにある時計塔に合わさった。


「いけね。約束の時間はもうすぐか」


 レッドは指ではじくように浮かべていたウィンドウを全て消して、目的の場所へと歩きはじめた。


 向かう先は、恩師からのメールにあった露店広場だ。約束をすっぽかすわけにはいかないため、そこで恩師の娘に会わなければならない。


 とはいえ、困ったことがある。


「せめてキャラクター名でも教えてくれればなあ……」


 レッドは今まで恩師の娘の操作するキャラクターにあったことがない。それどころか、顔や名前、キャラクターの識別番号も知らない。


 これでは探しようがないではないか。


「まあ、なんとかなるだろ」


 レッドはなけなしの楽観主義に現状を投げ捨てて、露店広場に到着した。


 露店広場では、新商品から中古品まで色々な装備がプレイヤーによってさばかれていた。


『初心者歓迎、なんでも安く売っています!』


『5等級魔石@3、売り切れ次第閉店』


『交換募集、出サマルカンドのネックレス、入アトランタの宝玉』


 普通に商売する者から物々交換を希望する者など、露店には様々な人が集まっていた。


 また、彼らの頭上すれすれには大小の宣伝用チャットウィンドウが看板のように浮かび、上下ともに隙間がない。


 他にも冷やかしのように集まる客がごった煮のようにあふれているので、広場は行き場の失った水のごとく混沌としていた。


「ストレンジオブジェクトも売りに出てるかな。後で確認しておかないとな」


 レッドがそんなことを思い浮かべていると、前方の露店と露店の不自然な隙間に人だかりができていた。


 何故、そんな広場の隅に人がいるのか、レッドには1つ心当たりがあった。


「あー……。また誰かがショートカットに失敗したのか」


 ショートカットとは、テクスチャのバグによってできたデータの隙間である。


 これを利用すれば大きく回り込む必要のある場所でも直線的に移動したり、一瞬で到着出来たりするのだ。


 本来なら修正してしかるべきなのだが、便利な場所のショートカットはわざと残されている場合もあるのだ。


 その1つがこの場所というわけだ。


 ショートカットは便利な反面、ちょっとしたコツが必要で失敗するリスクがある。


 それで時折、広場の晒し者よろしく壁に挟まる者がいるのだ。


 だからおそらくこの人混みも、失敗した誰かを嘲笑う人々の集まりなのだろう。


「ちっ、さっさと誰か助けてやれよな」


 レッドにはやじ馬根性などないどころか、同じプレイヤーが見世物にされているのが気に食わない性格(タイプ)だった。よくネットに晒されてリンチや嫌がらせにあうプレイヤーがいると、その火消しに向かうタイプの人間なのである。


 そのためレッド自身も他人を嘲笑する奴らに目を付けられやすくもあった。


「ほら、散った散った。暇があったら商品の値引き交渉でもしてろ」


 レッドが蜘蛛の子を散らすように人混みに割って入る。そうすると、人々に晒されている当事者がそこにはいた。


「たたたたたたた、すすすすす、けけけけけ」


 レッドの眼前にいるのは煉瓦の壁と石畳の床に挟まれて、秒間10往復くらいの振動動作を行っている女性キャラクターだった。


「大丈夫、じゃないな。待ってろ。すぐに助ける。……って、ああ」


 レッドはその助け出す方法について一瞬躊躇するも、 今回ばかりは仕方ないとあきらめた。


「それじゃあ行くぞ、っと」


 レッドはタイミングを見計らい、超振動する女性キャラクターを抱擁したのだった。


「わ、わわわわわ!?」


 女性キャラクターの異常な挙動が止まり、助けられるも、彼女は驚く。


 それも当然。突然断りもなく、見ず知らずの男性キャラクターに抱きすくめられたのだ。驚かないほうがおかしなものだ。


「な、何するんですか! 公共の場でこういうことするのは失礼じゃないですか!」


「文句をいうなよ。手っ取り早い方法がこれしかなかったんだ。恨むならバグを放置したモッダーを恨め」


 ただそのモッダー、MOD制作者の1人が自分だと頭の片隅で思い出しつつも、レッドはそれを口にはしなかった。


「と、ともかく。ありがとうございました。急ぎの用事でショートカットを使ったのですが、初めての場所だったもので……」


「ここのはちょっとコツがいるからな。入る瞬間に両足を揃えればうまくいく確率が高いはずだ」


「そうなんですね。じゃあ、今度試してみます」


 女性キャラクターは納得しながら、満開のひまわりのような笑顔をこぼした。


 その女性キャラクターはよく見れば造形がよく出来ている。


 身長は低く。スレンダーとはいえ、女性らしい湾曲線がしっかり出ており、薄着の上半身はバランスのいい三角筋や腹斜筋の形が見て取れる。


 また髪は特徴的で、薄紫色の頭髪はショートカットであるかわりにモミアゲが胸に垂れ落ちるほど長い。


 そのうえ奇妙な菱形を描くクセ毛が、身長差のせいかレッドの目線の前で揺れ動いていた。


「……じゃなくて、私は急いでいたんだった。はやくしないと父さんの友人さんを待たせちゃう!」


 女性キャラクターは思い出したかのように走り出す。その際にもう少しでレッドにぶつかりそうになるところを、何とかお互い回避した。


「ん? ちょっと待て」


 レッドは走り去る背中に対して、呼び止めるように声をかけた。


「お前の親父、スズカケって苗字じゃないか?」


「!?」


 女性キャラクターはレッドの声に反応して急停止した。


 どうやら、レッドの読みはあっていたらしい。


「俺はレッド、レオナルド・マクスウェルだ」


 レッドは女性キャラクターに追いつき、自己紹介をした。


 それに対して、彼女はまた満面の笑顔で応えてくれたのだった。


「私はエリンって言います! エリン・スズカケです。アナタが父さんの友人さんですね?」


 レッドとエリンはこうして、初対面を経た。


 それが後に、オーダーニューロマンスに旋風を巻き起こす師弟タッグの誕生になるとは、その場の誰も知りようがなかった。

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