口無香来は殆ど死んでいる

斎藤遥

2020年夏

 2020年夏……新型コロナはまだ世界に蔓延っている。


日本では飲食店が休業を余儀なくされていることに変わりはない……もちろん、洋食創作料理店『トレーネ』も例外じゃない。


それに、外出自粛もあるから茶葉チャバと生で顔を合わせない日数が最高記録を更新しているんだ。


「そっちはどう? 試作品」


調理師学校からの同期で茶葉の叔父さんのツテにより『トレーネ』で料理人として働いて早十年。


「出来良すぎてヤバイ……早くお前に食わせたい」


腕がなまらないように鍛練は続けているものの、お互い1人だから味気ない。


でも、こうやって毎日テレビ電話していれば、安心する。


それに、今は同期だけじゃないんだ。


「じゃあ……あーんしてよ」


冗談なのに、目を丸くした茶葉はみるみる顔が赤くなる。


艶のある黒髪に軽くパーマが掛かっていて、一重の大きい目が特徴。


朗らかな声なのに、ぶっきらぼうに話すんだ。


「バ、バカじゃねぇの!」


素直じゃないところが今は好き。



 「茶葉がしないなら、ハルに頼も!」



僕はある方向を向いて、ね?と言った。


その先には桜並木の下で笑顔を向ける黒髪の青年が笑っていた。


水嶋春みずしまはる……僕の元恋人で茶葉と同じ同期でトレーネの料理人だった。


亡くなって4年くらいになるだろうか。


口無くちなし!」


茶葉が大声で叫ぶから、画面に向き直る。



「いや、コウ……口開けろ」



コウは春が呼んでいた呼び方。


ちょっと淋しくなったけど、大きく口を開けた。



 チュッとリップ音が聞こえて、今度は僕が目を丸くする。


「春なんかに渡すか……俺はお前から離れないぞ」


もう誰にも触れさせないと語調を強めて言った茶葉。



あの時、誓ったのを覚えているんだね。


2年前のあの悪夢の2週間を。


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