気分的短編小説
搗鯨 或
私の日課
今日は7日。私が彼のとこに行く日、そんなことを考えながら少女は通学路を歩く。肩くらいまでの髪が風にあおられる。今日は風が強い。彼は廃墟の屋上に住んでいる。その廃墟は少女の通学路の途中にあるのだ。少女は毎月7日に彼のところに行く。彼と約束したのだ。
少女は彼が住む廃墟に着いた。ドアを開けると同時に「キィ」という音がした。「カンカン」と固い階段を上がっていく。途中からリコーダーの音が聞こえてきた。彼が吹いているのだろう。彼は毎朝リコーダーを吹く。毎朝、毎朝。リコーダーと「カンカン」という階段をあがる音が合わさって、一つの音楽をつくる。
階段をあがりきったとき、リコーダーの音もとまった。少女は屋上のドアを開けた。彼と少女の目が合い、互いに軽く会釈する。彼は屋上で一番見晴らしのいいところに座った。少女も彼の隣に座る。しばらく二人で朝の街を見る。五月蠅いカラス、元気な小学生、急いでいるサラリーマン、そんな朝の様子を二人は廃墟の屋上を見ていた。
少しして、彼はおもむろに立ち上がり、自分がいつも寝ている屋上のテントに入り、コーヒーとドーナツを2つずつ手にして、一組を少女に渡す。少女はぺこっと頭を下げそれを受け取って口にする。彼も元いた場所、彼女の隣に戻りドーナツを頬張った。
食べ終わると、二人は必ずシャボン玉を飛ばす。理由はとくにないが二人でシャボン玉をやる。
「来月、ハーモニカがいい」と少女が言う。
「俺はリコーダーがいい」と彼は返した。
短い会話をしながら二人はシャボン玉を空に浮かばせる。その間も時間はどんどん過ぎていく。
「もういかなきゃ」
少女はシャボン玉をつぶす。彼は何も言わず立ち上がり、少女からコーヒーが入っていたマグカップを受け取る。少女は荷物をもち、屋上の扉を開ける。
「いってきます」
そう微笑んだ少女を、
黒い翼が生えた青年は笑顔で送り出した。
気分的短編小説 搗鯨 或 @waku_toge
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