デブリーフィング220304-05

 デブリーフィング220304-05


 日時:

 4122年3月4日1640時


 場所:

 フォート・サン=ジェルマン・インレ(C02)201会議室


 出席者:

 モーリス・ペロー上級大将(軍令部総長)

 アブラーム・メルダース少将(フォート・ネーブルハイム副司令官)

 トマ・デュコ中佐(第4489戦闘飛行隊(ブラック・マーダー第4中隊)飛行隊長)

 ヴィクトリア・ケンプフェル中佐(第1003空挺中隊(ガルドC中隊)中隊長)


―――――


「すみません、随伴機の不調で引き返しまして、30分ほど取られてしまいました」メルダースは襟のホックを留めながら入ってきて頭を下げた。今しがたフライトスーツから着替えたばかりのようだ。

「構わん。我々も君が到着したと聞いてここへ集まってきたばかりだ。思いのほか早かったんじゃないか」上座のペロー大将が言った。「戦闘機に乗るのは久しぶりだろう。どうだった」

「いい慣熟飛行になりましたが、私はシフナスの方が好きですね。アネモスはパワフルすぎて翼で飛んでいるという感触がない」

「君らしい感想、と言っておこうか。まあ座りたまえ」

「失礼します」メルダースはペローとデュコの間の席についた。


「今回の作戦、まずは天使1名の確保を手柄としておこう。東部国境の防御についても十分な威示を行うことができたと捉えている」ペローは座り直して話を始めた。「しかし対天使戦闘についてはどうか。天使1、グリフォン1に対してこちらはアネモス4機、あまつさえスフェンダム・レ・トゥアハ1機――ジェルミの損失を喫している。この結果はむしろサンバレノに対する抑止力の低下につながると考えるが」

「ジェルミを落としたのはキアラではありませんよ」ヴィカが言った。

「お言葉ですが、今回の作戦の主旨はあくまで人質の救出であり、天使とグリフォンを引き付けておくために我々はアウトレンジのアドバンテージを捨てて戦わなければなりませんでした」デュコが反論した。

「うん。それはもっとも」ペローは頷いた。

「我々は対グリフォン戦闘専門部隊です。本来ならば1個体に対してこれほどの苦戦を強いられることはない。正攻法はグリフォンの射程外からA2206(ビジュアル誘導ミサイル)による狙撃。近接戦闘を挑むのはあえて相手の土俵に上がるのと同じでしょう。むろん作戦を非難するつもりは一切ありません。ただ私は損害を覚悟の上で指揮を行い、常に離脱と脱出を念頭に戦うよう部下にもよく指導していました。結果的に我々飛行隊の人的損失はありません。パイロットが一人脱出時に腕を引っかけて骨折しましたが、療養後十分に復帰が可能なレベルです。これだけ人的損害を抑えることができたのはむしろ誇るべき戦果であると考えます」

「我々が真に恐れるべきは人的損失ですよ。人命に比較すれば機材の喪失など取るに足らない」ヴィカが言った。

「まったく君は議事録に載せるためのセリフを考えるのが好きだな」とメルダース。

「そう。問題はそこだよ、ケンプフェル」ペローがたしなめた。「ジェルミそのものの喪失は単に戦力と資源の損失に過ぎない。しかし機長のクプラン大尉以下24名が戦死・行方不明、加えて1名が戦病死。この被害は決して軽視できない。作戦指揮上の失策といわなければならないだろう。むろんケンプフェルの要請に応じて出動を命じた私もその責を負う必要がある」

「しかしあの状況でケルビム相当の天使の急襲を予想するのは困難でした。ほいほいと前線に出てくるものではない。ジェルミを不必要に主戦場に近づけていたとも思いません。急襲というか、出現といってもいいでしょう。あの速さ、攻撃の射程、弾速、威力ともに規格外です」とメルダース。

「だがそのレベルの天使なら我々のスフェンダムがどこにいようと好き勝手に撃墜できることになる」

「ええ。ですからこちらとしても不用意にサンバレノを刺激するべきではないと言っているのです」

「相変わらず君は上官に対しては忌憚なく物を言う人間だな」

「上官方もその方が誤解がなくていいでしょう」メルダースは首を振った。

「いずれにしてもジェルミに関しては私を筆頭にメルダース、ケンプフェルに処分を行う。ケンプフェルには、ベネット、タロノ・ペタロの損失についても装備課からクレームが入っている。行動中の補給・増援要請は権限を縮小してもう一段承認を増やす、と回答しておくが、構わないな?」

「ベネットは回収できましたよ。自力で滑走路に降りてきた」

「え? 揚力もない、舵も効かない。とても滑空できないだろうに。エンジン頼みでほぼ垂直に降着したわけですか」デュコが興味深そうに訊いた。

「私も驚きましたよ」とヴィカ。

「そいつはすごいな」

「右主翼の半損、胴体後部の欠損。自動制御の妙技は認めるが、あれを直すのは新造とほぼ変わらんという話だな」ペローは話を戻した。

「ええ。言いたいのはそれだけです。あとはまあ、順当な処遇でしょう。天使1羽では釣り合わない」


「して、ジェルミを撃墜した天使だが、何者かは、どうだ、見当がついたか」とペロー。

「はい。キアラに捕らわれていた少年の証言、キアラ本人の反応から見ておそらくペトラルカでしょう」

「ペトラルカ」

「天聖教会の司教だそうで」

「天聖教会というのは天使教会とは別物なのか」

 ヴィカが少し笑ってから、「失礼」と詫びを入れた。

「かの国の国教を司るのは天使教会です」とメルダース。「一連の聖書を正典として天使信仰を奉じる天使教会に対し、創世記のみを正典と定め、天使ではなく創世神を主とすべきとするのが天聖教会です」

「言ってしまえば天聖の方が小乗的なんですよ。かの国では亜流です」

「その2つの宗派は敵対的なのか」

「まあ、仲良くはないでしょうね」

「わからんな。天使教会によるエトルキアへの挑発に見せかけようとした、ということはないか」

「いや、それは深読みしすぎでしょう。もともとの狙いは黒羽です。我が国ではない。見捨てればよかったものを、ペトラルカは自ら手を出した。そのおかげで、見方によっては我々は天聖教会に2つの貸しができたわけです。何なら直接呼んでキアラを返してもいい。彼女の力に怯える必要はなくなる。場合によってはキアラももてなしておくべきだと私は思いますね」

「考えておこう」

「あえて言っておきますが、メリットがないから放っておいてもよい、という種類の問題ではありませんよ。天聖教会は今、内外に敵を作ってしまったと捉えているでしょう。存続のために他国との結託を模索する可能性も十分あります」

 ペローは黙って頷いた。

「只今をもって第121特務部隊は解隊。原隊を通して正式に辞令があるだろうが、先に言っておく。メルダースおよびデュコの中隊は1週間の休暇ののち復帰。ケンプフェルは休暇2週間、その後はしばらく対外任務から外れて黒羽の案件に専念してくれ。いいな」

 他の3人は各々返事をして席を立った。

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