レールガン
ネロとヴィカの戦闘はまさに力と力のぶつかり合いだった。ヴィカは決して機動性で相手を翻弄しようとはしなかった。ジェットテールのアイリスを開いて空中の一点に留まり、長杖を大盾に変形させてネロのビームを正面から受け止めた。ヴィカの大盾はアネモスのエネルギーシールドと同じようにビームを四方に拡散させて防いだ。
ネロのビームもそう連発できるわけではない。その隙がヴィカの攻撃タイミングだった。衝撃で後方に滑りながら盾を長杖に戻し、雷撃の詠唱。長杖の先端に埋め込まれた結晶から青白い稲光が走り、ネロの
ネロは目を細めて動きを止め、その場で大きく羽ばたいた。そこへ上空から2機の黒いアネモスが飛びかかり、翼の下に吊るした小さなミサイルを発射。
ネロはミサイルを睨み、近接信管の作動範囲に入る直前で身を翻す。前足の鉤爪を素早く振り出してミサイルを後ろから掴み、そのままアネモスに向かって投げ返した。
味方機を認識する機能があるのだろう。ミサイルは起爆こそしなかったが、真っ逆さまに突っ込む先頭機の主翼に直撃、後続機はその破片を浴びながらもネロの背中に機銃の短い一斉射を浴びせた。
ヴィカが囮になってネロの足を止め、アネモスが2機1組になってスピードを保ったまま襲いかかる。ネロは大きな体を流体のようにくねらせながら反撃する。すさまじい戦闘だった。
カイはその様子をレーザー砲塔の照準スコープ越しに目にしていた。スコープは要塞の火器管制ネットワークを介してCICのコンソールとも接続されている。CICと砲塔に電力供給がある現状、カイはその映像をコンソールのディスプレイで見ることができた。
つまりカイはネロのことを狙っていたのだ。
クローディアが言った通り、12基まで稼働状態にあったレーザー砲塔はアネモス隊によって全て沈黙させられていた。正確に言えば大なり小なり損傷の警告が出て機能停止していた。CICに戻ってきたカイはその中からできるだけ傷の浅いものを探し、不完全なりに動かせないか確かめた。診断プログラムを実行すると、依然警告は出ているものの射撃可能、というのが1基あった。砲身の反射板が割れていて出力は30%までに制限、南向きの砲塔なのでネロの戦闘エリアがもう少しでも北へずれると死角に入ってしまいそうだったが、それでも狙えることは狙えた。
だがカイは撃たなかった。
ヴィカやアネモスは時によってかなりネロに接近して戦っている。流れ弾が当たったら危ない。
最初はそう思っていた。でも違った。
ネロが空中に静止して狙いやすい位置に来てもカイは撃たなかった。
自分が手を出す必要などないのではないか。
それも言い訳だった。
結局、指が動かなかったのだ。
旨そうにサケのレトルトを食べるネロの姿、そして黒焦げになったフェアチャイルドの姿が脳裏をよぎった。
後悔しない自信がなかった。
ネーブルハイムの夜に悩んで決意したはずじゃないか。俺は自分に嘘をついていたのか?
だが思考は中断された。
息を切らせたクローディアが戸口に立っていた。
「砲塔は?」彼女は訊いた。
「1基動く。射界はぎりぎりだけど」カイは答えた。
スコープのディスプレイを見るとそこには何も映っていなかった。ネロも、ヴィカも、アネモスも、みんなどこかへ行ってしまっていた。
クローディアはコンソールの横まで歩いてきて砲塔のコントローラーを握ったカイの手を見た。まるでそれだけで状況を察してしまったようだった。
「乱戦だった。流れ弾で迷惑をかけるよりいいよ」クローディアは言った。
慰めだった。
彼女の体からは硝煙と静電気の匂いがした。
その時「ドーン」という衝撃が壁を伝って降ってきた。一拍遅れて外部監視コンソールのスピーカーからも同じ音が漏れて聞こえた。
何だ?
カイは慌てて戦術マップを見た。加害攻撃の入射角が示され、推定脅威として編隊飛行するスフェンダムのうち1機がより大きい赤いシンボルで表示されていた。そのシンボルと要塞のシンボルの間が赤い線で結ばれ、その上に「M3220m/s:(3.1s)」と書いてあった。弾速と着弾時間の計算だろうか。だとすれば音速の10倍近いスピードになる。ライフル弾や対空ミサイルの3~5倍という言い方をしてもいい。
「レールガン。スフェンダムが2機いるでしょう。1機は指揮管制機、もう1機がレールガン搭載機」
クローディアがそう言っている間に第2射の衝撃が来た。
キアラがネロを探す時に使った上層の外部監視カメラの映像が正面の大ディスプレイに映されたままになっていた。キアラとネロが衝撃で吹き飛ばされるのが見えた。そうか、レールガンはキアラたちを狙っているのだ。
が、そこで映像は途切れてしまった。飛んできた破片にやられたのか。
レールガン――強力な電磁石が生み出す磁界の引力と斥力を使って砲弾を加速する運動エネルギー兵器。火薬を使用しない代わりに膨大な電力を消費する。スフェンダムは空荷なら垂直上昇で加速できるといわれるほどのパワーを持ち、6基の巨大なエンジンから取り出すことのできるエネルギーは最大100メガワット近い。これは旧文明の洋上駆逐艦に匹敵する出力だ。
タービンから取り出したエネルギーを貨物室に所狭しと並べたコンデンサに溜め込み、発射に合わせてその電流を一瞬で胴体下のターレットに送り込む。長さ50mを超す砲身によって秒速3500m超まで加速された弾頭は間もなく円筒形の装弾筒を脱ぎ捨てて矢尻のような姿を現す。雲を払い、音を置き去りにして目標物にぶつかり、その速度でもって破壊する。
弾頭重量は約200kg、中距離対空ミサイルと同程度の重さながら、突入時の衝撃力はその10倍を上回る。レールガンもレーザーも旧文明の設計をもとに造られた兵器という点は共通しているが、レールガンの圧倒的な物理的破壊力はあくまでも熱で焼くレーザーと比較になるものではない。
カイはダメージコントロールのディスプレイを見た。塔の上部が黄色から真っ黒に変わっていた。構造が認識できない、つまり破断したかもしれない、ということだ。上層だけではない。中層や下層にも点々と構造的危険を示す赤色の区画が現れていた。レールガンの衝撃が塔そのものにダメージを与えているのだ。要塞島は各部のダメージが伝播しにくい造りになっているらしいが、おそらくレールガンの運動エネルギーはそのキャパシティを超えているのだ。アイゼンはただでさえ整備の行き届いていない廃墟だ。
カイは通信コンソールとのリンクを操作してマイクに顔を近づけた。
「ヴィカ、聞こえるか。砲撃をやめさせてくれ。塔が崩れそうだ」
返事はない。
「ヴィカ!」カイは呼びながら再び砲塔のコントローラーを握った。
迎撃モードはすでにオン。あとはレールガンの射線に照準を合わせて発射ボタンを半押しに。それで射撃のタイミングは自動になる。
カイ自身は第3射に気づかなかったが、スコープの照準の十字が白から赤に変わった。照射を示すサインだ。一拍置いてスコープの中で何かが弾けた。
ただでさえ砲身や空気との摩擦で加熱されていたレールガンの弾頭がレーザーを浴びて融解、変形して空気抵抗で砕け散ったのだ。
クローディアは静かに溜息をついて椅子に腰を下ろした。「ぽふん」と埃が舞った。
「まさか、このタイミングで使うなんて」と彼女は呟いた。
その一方でカイはどちらかといえばキアラとネロを守れたことに安堵していた。
だがコンデンサの充填量ゲージの伸びはあまりに緩やかだった。このままでは次の射撃に間に合わない。
「キアラ! 白旗を上げろ。もう勝ち目はないだろ」
カイはわけのわからないことを叫んでいた。CICで叫んだところで上層飛行場のスピーカーに声が届くわけがないし、それにキアラが白旗――というか明確に降参を示す手段を持っているわけもなかった。
そして第4射。
レーザーの充填は間に合わない。
しかしレールガンの弾頭が上層飛行場に届くことはなかった。塔の遥か手前で弾かれ、今度は下に曲がって中層から下層にかけて甲板を100層以上貫いた。
今までより激しい揺れがCICを襲った。電源が遮断されたのか、ディスプレイやコンソールが一斉にブラックアウトして部屋の中も真っ暗になった。
2人は一瞬その場で固まった。それはおそらく次に何が起きるのかを察するための間だった。
幸い個別にバッテリーを持った非常灯はまだ生きていた。
「カイ!」緑色の淡い光の中でクローディアがカイの手首を掴んだ。
脱出だ。早く脱出しなければ。塔が崩れるかもしれない。中にいれば確実に巻き込まれることになる。
「カイ、今の私にはカイを抱えて飛べるだけの揚力がない」クローディアは通路に出たところで足踏みしながら言った。
彼女が翼を広げると外翼部分の面積がかなり小さくなっているのがわかった。
だが今は感傷に浸っている場合ではない。
「脱出用のジェットパックがあったはずだ」
カイはCICに駆け戻って壁の非常用ラックからジェットパックをおろした。翼幅は伸ばせば3m程度。ジェットテールと名前は似ているがエンジンは遥かに小さく非力で、持ち運びできる重さだ。装備方法も背負うだけ。エンジンが動けば50km程度は飛行できる。戦闘機などのシートに脱出用に装着されているのと同じものだ。
「使えるの?」
「燃料はダメかもしれない。でも
「滑空するの?」
「そう、行けるところまで」
2人はとにかく外周甲板を目指した。中層から上層にかけて外壁はのっぺりした装甲板で覆われているが、要所の階層には奥行きの細いバルコニーが巡らされている。外にさえ出れば飛び出せるはずだ。CICのレベルなら高度は4000mはある。滑空には十分だ。
カイは錆びついたドアを蹴り開けて外に出た。
遠くの空に巨大な爆発が起こっているのが見えた。
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