ベイテッド・トラップ
クローディアはキアラを追いかけようとしたが、落下してくるシャッターに気づいて両足を踏ん張って減速した。
ジェットテールはあくまでスピードのための装備。加速だけなら生身の方が速い。生身の感覚で突っ込めば出遅れる。閉まり切ったシャッターに激突する未来が見えた。いや、下手に間に合ったところでまともに挟まれていたかもしれない。クローディアはホバリングで後退しながら振り返ってカイに近づいた。手足を縛られているが、無事だ。ケガもない。衰弱もしていない。
カイは排気に煽られて目を細めながらクローディアを見上げていたが、あるところで我慢しかねたように目を瞑って暴れた。
「熱い熱い!」
クローディアは慌ててスロットルを放した。そうだ、ジェットエンジンの排気は熱いのだ。簡単なことを失念していた。
ちょっと体勢を崩しながらジェットテールのランディングギアで着地、すぐに各モジュールをパージしてカイに飛びついた。
「なんともない?」
「なんともない。いま焼き殺されそうになったことを除けば、だけど」カイは動かせない手足をもぞもぞさせながら答えた。
「ごめんって」
「まあ、また会えてよかったよ」
クローディアはすぐにカイを縛っている縄を解きにかかった。
「キアラは先に戦闘機の相手をしようって腹積もりで君を足止めしてるんだ」
「こんな銃じゃあのシャッターは破れない。他の出口を知らない?」クローディアは床に置いたサブマシンガンを見やりながら訊いた。
「知ってるけど、でも細い通路を通らなきゃならない。そのタロノ・ペタロはキアラのために用意したものなんじゃないのか」
「この際仕方ないでしょ。それとも、あの杖持ってる? あの火の魔術でシャッターをぶち破れるなら話は別だけど」
「持ってるけど――」
その時「ガン!」という音がシャッターを叩いた。
外からだ。ものがぶつかったか、銃で撃った音かもしれない。
「クローディア、聞こえる?」インカムのイヤホンから声が聞こえた。
「モル?」
「ライフルの弾は持ってきたんだけど、このシャッター、こいつでも破れないや」モルは言った。
「いま撃ったの?」
「撃ったよ」
「破れるかもしれなかったのに撃ったの?」
「あ……」
つまり、もしシャッターが破れていたら弾丸とシャッターの破片が格納庫の中に飛び込んでいたはずだ。私たちがどこにいるかもわからないのに撃つなんて、とクローディアは思った。
「いいよ。結果的に破れなかったんだから」
「ええと、そう、もう少しでヴィカがロケットを持ってきてくれるはずだから……」
「外はどうなってるの?」クローディアは訊いた。
カイの拘束は解いた。2人でジェットテールを傾け、後ろ足のキャスターを床につけて格納庫の端まで引っ張った。
「こっちからだと見えないけど、ブラックマーダーとグリフォンが戦ってた。グリフォンが飛んでるんだよ。羽は治ったみたい」
「どっちが優勢?」
「ペースを握ってるのはこっちなんだけど、2機撃墜されてたから……」
やっぱりそうか。ブラックマーダーには期待していたけど、あのレベルの天使がそう簡単に倒せるわけない。半分でもキアラの体力を削ってくれればありがたいが……。いや、本来ならジェットテール勢も同時に戦うべきだったのだ。彼らを苦闘に陥れたのは自分の無策かもしれない。不用意に格納庫に入るべきではなかったのだ。
味方は心強い。けれどそこには同時に責任も生じてしまう。
「ヴィカよりクローディア。ブラックマーダーはそろそろ弾切れだ。前線は張れない。かなり派手にやることになるから、奴も気づいて向かってくるだろう。穴が空いたらすぐ戦闘。用意しておけ」ヴィカがインカム越しに言った。近くまで戻ってきたようだ。
「わかってる」クローディアはジェットテールのエンジンモジュールに上ってタンクのベルトを腰に回した。
「俺はCICに戻って砲塔のコントロールを試してみるよ」カイはサブマシンガンを渡しながら言った。
「レーザー砲の砲塔だったら、ブラックマーダーが潰してるはずだけど」
「もし残ってたら止めてやる」
「きちんと退避したか? ぶっ放すぞ」ヴィカが訊いた。
「退避よし」クローディアは答えた。
すぐに衝撃があった。
爆発の煙が格納庫の中を満たし、何かの破片や塵が床の上に飛び散った。煙が収まるとシャッターには直径2mほどの破孔が開き、そこから青空の明るさが差し込んでいるのが見えた。シャッターの厚み、破孔の大きさからしてかなり大口径の対戦車ロケットだろう。本来人間が生身で扱う規格のものではないかもしれない。
その穴に顔を突っ込んで「大丈夫?」とモルが聞いた。
「平気。ありがとう。いま出るから、引っ込まないと危ないよ」クローディアはスロットルを踏み込んでエンジンに火を入れた。
カイは排気避けのためにコンテナの上に登っていた。カイがしゃがむとジェットテールを履いたクローディアと同じくらいの目の高さになった。
「クローディア、あのグリフォンはキアラの弱点だ。ただの道具じゃない」カイは言った。「いま役に立ちそうな情報はそれくらいだな」
クローディアは少しだけ時間をかけてその意味を吟味した。キアラはあのグリフォンに思い入れがあるのだろう。つまり、私にその弱点を利用しろというわけか。そしてその判断を私に任せるのか。
「あなたって残酷なのね」
「キアラには悪いけど、君の方が大事なんだ」
「わかったわ。ありがとう」
「気を付けて」
少し迷ってから拳をぶつけあって離れた。
破孔を抜けると両脇で待っていたヴィカとモルがついてきた。いわゆる3機編隊の位置だ。
「クローディア、ライフルを」とモルは肩から吊るしていた対物ライフルを持ち上げた。
「モル、そいつ任せられない?」
「え?」
「キアラはたぶん私だけを狙ってくる。グリフォンは任せなきゃいけないから、サブマシンガンの方が勝手がいいんだ」
サブマシンガンはいわば大きな拳銃だ。形はライフルに似ているが弾は拳銃弾。射程は短いが軽くて振り回しやすい。射撃も拳銃よりは安定する。
「そういうことなら、マシンガンのマガジンも足してきたから、持ってって」
2人は慎重に距離を詰め、まるで干物のようにベルトに繋がれたマガジンを受け渡した。
「上からくるぞ」周囲を警戒していたヴィカが言った。
ハーフロールで背面飛行、頭上に目を向けると、アネモスに追われて術式陣を光らせながらグリフォンのシルエットが太陽を遮り、翼を畳んで降下で向かってくるのが見えた。
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