アマチュア・ファイター
旋回するアネモスの後方に1機のアルサクルが食いつこうとしていた。
しかしさらに後ろに別のアネモスが回り込んで牽制、1対1に持ち込む。
フリーになった最初のアネモスは旋回を終えて中層甲板にまっすぐ機首を向けた。
その機影が甲板の陰に隠れたのとほぼ同時に、分厚い布を力任せに引き裂いたようなガトリングの発砲音がこだました。
ベイロンの空挺機を狙ったのか?
クローディアを連れて行ったあの男たちは空挺機に乗ってきたんじゃないのか?
カイは気が気でないまま起き上がって走り出し、中層甲板まで6,7階分の階段を駆け上がった。
中層甲板に出ると上空の戦闘の様子が目に入った。上層から降下してきた空挺機がかなり無理な空戦機動をやりながら側面銃座でアネモスを狙っていた。
エトルキアは戦闘機4機。ベイロンは戦闘機4機と空挺機2機だが、空中にいるのはちょうど半分、もう半分はまだ飛行場だった。どうやってもアネモス1機はフリーになってしまう。それがさっきの発砲音の主だ。
中層に着陸中の空挺機は無事のようだ。
赤いジャンパーを着たクローディアが空挺機のキャビンに押し込まれるのが見えた。白服の男も一緒だった。
すでに準備を終えていたアルサクル1機が先に飛び、次いで空挺機も離陸した。
だがもう1機のアルサクルがもたついていた。
何かと思ったが、給油の最中だったらしい。急に止めろと言われても燃料が漏れるから簡単にホースを抜けないのだ。パイロットと飛行場の給油係がモメている間にフリーのアネモスが旋回して戻ってきた。
とうとう給油係は逃げ出したが、パイロットは機体から離れるべきかどうか一瞬迷った。
アネモスの銃弾が甲板に当たって火花が走り、次いでパイロットの肩と頭に当たった。
貫通などという話ではなかった。
当たった周り20cm程度が空間のねじれに食われたかのように消し飛んでしまったのだ。
即死だった。
銃弾は彼のアルサクルにも当たり、いくつか破片が飛ぶのが見えた。
フリーのアネモスはそのまま離陸したばかりのアルサクルに機首を向け、狙い澄ましたようにミサイルを放って撃墜した。
「どうなってるの?」アルルはカイを追ってきて息を切らせながら訊いた。
「アルサクルが2機やられた。あと2機。アネモスは3機残ってる」
「エトルキアが勝ってるのね。クローディアは?」
「あのタニンに乗ってる」
空挺機は各々に回避機動を取りながら互いに少しずつ近づいていた。銃座を持つ飛行機は編隊を組んだ方が死角がなくなって攻撃力が高まるからだ。
しかしだからといって戦闘機相手に不利は変わりない。
「まずいんじゃない?」とアルル。
確かにエトルキア軍機の動きはクローディアを奪いに来たというより単に領空を犯した敵を始末しにきたといった感じだった。空挺機も問答無用で墜とされてしまうかもしれない。
この状況で何か手段があるなら、むしろベイロン側を支援しなければ……。
何か?
対空砲? 携行対空ミサイル?
いや、そんなものはない。
強いて言えば、俺に扱えるのは飛行機だ。
その時カイの頭の中で何かがつながった。
「あのアルサクル、まだ生きてるんじゃないか」カイは先ほど掃射を受けてパイロットを失ったアルサクルに目を向けていた。
少なくとも燃えたり擱座したりはしていない。翼の下にはまだ何発もミサイルを吊るしていた。
カイは走り出した。
「やめて!」アルルが手を掴んで引き留めた。「戦闘機なんて乗ったことないでしょ」
「飛行機は飛行機さ」
「生身で入り込んでいい状態じゃないわ」
「クローディアだって生身だ。大丈夫、死んだりしないよ」カイはそう言ってアルルの手の甲に軽くキスをした。
力の抜けた手からすり抜けて滑走路を走った。
パイロットをやって満足したのか、フリーだったアネモスは地上掃射に興味を失って空戦に参加しようとしていた。今なら狙われる心配はない。
カイは1機残されたアルサクルに飛びつくなりタラップを伝って機首に上った。
上から見ると主翼にいくつも穴が開いていたが、エンジン周りは無事のようだ。というかエンジンのファンの音が聞こえた。回っているということは無事に違いない。
カイはコクピットに入った。
計器は全て1枚の大きなディスプレイに映され、操縦桿とスロットルレバーには目が回りそうなほどのボタンとスイッチがくっついていた。ボンネットには奇妙なガラス板が立ち上がっていた。HUD(ヘッドアップディスプレイ)というやつだ。
実物を見るのは初めてだったが、どれが何の機能が果たすものなのかはだいたい察しがついた。レシプロだろうがジェットだろうが同じ飛行機だ。スロットルを押し込んでスピードをつければ飛ぶはずだ。
操縦桿を回して舵を確認。きちんと動いたが手応えがない不思議な感触だった。
カイは上に開いたキャノピーの縁を掴み、力任せに引き下げてロックした。本来は電動なのだろうがボタンがわからない。
ベルトを締める。
スロットルを押してパワーを上げると車輪が車止めを乗り越えてガコンと揺れ、給油車から伸びたホースを引きちぎって走り出した。
そのまま加速、滑走路を無視して目の前の甲板の縁から空に躍り出た。
体が空に投げ出されてふわりと浮かぶ。
左に旋回して中層甲板の下を飛びながら着陸脚を格納した。そのレバーは存在感があってひと目でわかった。
しかしどうやって敵を探す?
HUDにはそれらしいマーカーなどない。自機の姿勢を詳しく表示しているだけ。おそらく航法モードだ。
カイは操縦桿のスイッチを適当に押したり引いたりした。
するとあるところで機首からガトリングの弾が飛び出した。曳光弾の軌跡がはっきり見えた。
HUDは二重円の表示に変わっていた。しかも下の隅に拳銃のようなアイコンが光っていた。武装選択によって自動でモードが変わるのかもしれない。
操縦桿のスイッチをいくつか押してアイコンが切り替わるものを探した。
あった。
アイコンがミサイルに変わった。
この状態で機首を敵に合わせればロックできるんじゃないのか。
よし、行ける。
カイはスロットルレバーが100%を超えて固くなるところまで押し込んだ。
レスポンスこそ鈍いが、凄まじい勢いで加速していく。
まるで何十頭もの恐ろしく大きな獣に背中をどつかれているような気分だった。
アルサクルは全長20mに達する大型の双発戦闘機だが、エンジン1基あたり20トンに及ぶ推力がその巨体に似合わない機動力を与えていた。
上昇。
空挺機の弾幕が指す方角を探した。
アネモスも見えた。
1機、2機。
もう1機はどこだ?
アラームが鳴った。
振り返って操縦桿を引いた。
いた。
背後だ。
カイは普段のことを思い出した。
いつも通り空軍機を巻いてみせろ。
左右にフェイントをかけて降下。
タールベルグの工場群に突っ込むつもりで早めに機首を上げた。
慣性が真下に流れ、なかなか前に戻らない。
ヤバイ、と思って操縦桿を思い切り引きつけた。
背中一杯に地面の気配が広がり、それでもどうにか持ちこたえて上昇に移った。
ナイブスの10倍くらいはスケールの大きい旋回を強いられている感触だった。
カイはHUDの中を丸いマーカーが通り過ぎたことに気づいた。
敵機は?
いや、そのマーカーの中に見えたのがアネモスだった。
期せずして今の旋回で押し出しが決まっていた。
おそらくまともにカイを追いかけたら甲板にぶつかると思って先に上昇に移ったのだろう。
カイは敵をHUDに捉え直し、マーカーの色が変わるのを待ってさっきガトリングを撃ったのと同じボタンを押し込んだ。
手応えがない、と思って長押ししているうちに主翼の左右から1発ずつミサイルが飛び出した。
ロケットモーターの白煙がまるで釣り糸のように伸びていき、敵を捉えた。
爆発。
真っ青な空に黒いシミが爆ぜた。
やったのか?
そう、間違いない。
シミが消えると機影もなくなっていた。
HUDのマーカーも映らない。
撃墜だった。
カイは空挺機を探した。
4時方向やや下に見えた。
降下していくとその後方でアネモス2機とアルサクル1機がドッグファイトをしているのが見えた。
HUDを通して見るとアネモスは先ほどと同じマーカー、アルサクルはそれに×マークが被せられ、いくら待っても色は変わらなかった。味方はロックオンできないようになっているらしい。
カイは再び発射ボタンを押した。
軌跡が伸びていく。
1発は命中、もう1発は外れたが、外れた方のアネモスも回避機動を強いられた。
その隙を狙ってもう1機のアルサクルが大きく機首を振り、その姿勢のままミサイルを放った。
ミサイルはアネモスを貫くようにぶちあたり、進入方向前方に鋭く破片をまき散らした。
鳴りっぱなしだったレーダーアラームが消えた。
アネモス4機は全て撃墜、アルサクルは2機撃墜され、アルサクル2機と空挺機2機が残った。
エトルキアの負けだった。
撃墜された2機のアネモスからパイロットが飛び出し、ジェットパックの細長い翼を展開してタールベルグに向かって飛び始めた。もはや戦闘力はない。近くの島まで逃げ延びるためだけの装備だ。
するともう1機のアルサクルは彼らの上空200mほどのところに向かって行った。
何をするんだ?
そう思ったのも束の間、アルサクルはくるりと下向きに翻ってエトルキアのパイロットに機首を向け、ガトリングで撃ち抜いた。
ジェットパックの翼が割れ、曳光弾が燃料に引火、しかし燃える間もなくパイロットの肉体は粉々の肉片になってフラムスフィアの乱雲に向かって落ちていった。
アルサクルは再び上昇してもう1人も同じように始末した。
怖ろしい光景だった。
なんだか自分も獲物にされるんじゃないかという気がしてきたが、カイには「味方」と戦う方法がわからなかった。このアルサクルではあのアルサクルをロックオンできない。相手はその抜け道を知っているかもしれない。自分から手を出すのはバカだ。
カイは空挺機に追いつき、ゆっくりと横に並んだ。
外側にもう1機のアルサクルが並び、パイロットがキャノピーの中で何か合図を出していた。
かなり大きな動きだがまるで理解できない。
カイがぽかんとしていると相手は痺れを切らしてどこからか取り出した黒板に"turn on speaker"と書いて見せた。
カイは自分がヘッドセットをしていないことに気づいた。どうりで静かだと思ったら無線が入っていなかったのだ。興奮して失念していたみたいだ。
左手のラジオコンソールを探してハンズフリーのスイッチを見つけた。エンジン音などのノイズを拾ってしまうので普段は使わないものだろうけど、この際仕方がない。
「カイ・エバート、君だな?」その声は白服の男のものだった。男は空挺機の方に乗っているはずだ。
「そうだ」カイは答えた。だがこっちの声は入るのか?
「なんだって? よく聞こえない」
カイはマイクを探した。あるにはあるらしいが……これか。ヘッドセット端子の横に小さな穴がついていた。
「そうだよ、カイ・エバートだ」カイはマイクに顔を近づけて吹き込んだ。
屈んだせいで操縦桿に力がかかって機体が左に切れていた。
左に並んでいたアルサクルが大慌てで回避してくるりとロールするのが見えた。
「す、すまない」
カイは謝ったがそれについての反応は特になかった。いっそ責めてもらった方が気が楽だった……。
「君には礼を言う。敵の油断を突いたとはいえ2機撃墜は重大な貢献だ。しかし、だ。君にその飛行機を与えるわけにもいかないし、かといって君を帰すために引き返せばエトルキアの増援に囲まれかねない。こちらとしても不本意だが、君が今その機体を操っている以上、ベイロンまで来てもらわなければならない」
「クローディアは無事なのか?」
「なるほど、話したいか」
そのあとがさごそと物音があってどうやらマイクの受け渡しをやっているらしかった。
「カイ?」クローディアの声だ。かなり心配している様子だった。
「よかった。ケガは?」
「平気。それより、ねえ、どうしてここまでしてくれるの? 私は手当てをしてもらってそれで十分だった。それ以上あなたを危険な目に遭わせるのは違うと思うの」
「君の回復を見届けるってアルルと約束したんだよ。それに、見てみたいじゃないか。そのケガが治って、君が自分の翼で飛ぶところを。たとえ命懸けだとしても、君がどうなったのか知らないまま歳を取って死んでいくよりずっといいよ」
クローディアは少し沈黙した。
だが彼女の言葉を待たずにまたマイクが切り替わった。
「さあ、私にも君の意志を聞かせてもらおう」
カイは振り返った。タールベルグのシルエットはすでに大気の霞みに混じりつつあった。やはり戦闘機は速い。
せめてアルルにはもう少しきちんと挨拶をしていきたかった。
でも今は……。
「ああ、もちろん行くさ。望むところだ」カイは答えた。
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