33話「溶けたアイスクリーム」
33話「溶けたアイスクリーム」
「とても似合っていますね。かぐや姫を初めて見た男性はこんな気持ちなのかもしれませんね」
「…………和歌さん、ふざけすぎです」
「私はいつでも正直者ですよ」
響は照れ隠しでそう言ったけれど、それも上手くかわされてしまい、ぎこちない笑みを返すしか出来なかった。
響は、改めて着物を見つめる。うぐいす色の淡い緑に黄色やピンクなどの花が描かれ、小鳥も飛んでいる生地はとても華やかだった。明るすぎない色は落ち着きを感じさせる。帯は白いもので、こちらも花に刺繍が入っていた。どことなく和歌のものと雰囲気が似ているなと思い、ちらりと彼の帯に目を向けると和歌はそれに気づいてにっこりと笑った。
「たぶん、その帯は私と同じ人が作ったものでしょうね。私が好きなものです」
「わかっていただけましたか。先生が大好きた柄だと思って。帯はお揃いにしましたのよ」
「それは嬉しいですね」
「とってもお似合いですわ。やはり私の見立ては完璧です」
「えぇ、本当に。では、頼んでいた足袋はこちらの住所にお願いします」
そう言うと、和歌はさっさと手続きや会計を済ませてしまう。仕事の支払いだと言っていたが、きっと響の着物は和歌自身の買い物になるはずだ。この場で断りを入れるのは良くないと思い、響は着物を選んでくれた女性に見送られた後、すぐに和歌に声を掛けた。
「和歌さん、このお着物……買っていただくわけには………」
「いいんですよ。袴姿ではなく着物に身を包んだあなたが見てみたかっただけなのですよ。なので、私の我が儘なのです。それに……仕事の話もありますし」
「仕事、ですか?」
「えぇ。その事については美味しいものを食べながらしましょう」
「………はい」
気づくと、和歌に買って貰ってしまったという話は流れてしまっている。彼はとても女性なれしているなと感じた。
けれど、ここで終わりにすることなど出来ず、話を戻すのは申し訳ないが響はまた口を開いた。
「和歌さん、素敵なお着物ありがとうございます。……浴衣以外の和装だなんて、剣道着か成人式でしか着た事がないので……。とても嬉しいです。大切にさせていただきますね」
「こちらこそ、サプライズがしたかったとは言えど、何も言わずに無理矢理させてしまって申し訳なかった。………けれど、やはり漣さんは素敵ですね」
「え…………?」
和歌の手がこちらに伸びて来て、中庭の花を愛でるように響の髪を優しく触れた。
「男は単純な生き物なんです。好きな人に贈り物をしたい。そして、その人に喜んでもらえればとても嬉しいものなのですよ。こちらこそ、ありがとう、と言いたいぐらいにね」
響が着物を素直に受け取ってくれたのが嬉しかったのだろうか。そう言って、和歌は目を細めて優しく微笑んだ。
「さて、デートの続きをしましょうか」
「……仕事の買い出しです」
「そうでしたね。では休憩をしましょう」
和歌は楽しそうに笑うと、ゆっくりと歩き始めた。着物姿の2人は肩を並べて歩く。草履まで準備してくれた和歌だったが、響が慣れていないのをわかってか歩みを遅くしてくれる。
そんな2人を街の人達は、珍しいものを見るように視線を向けてくる。けれど、どれもにこやかで、微笑みかけるようなものばかりだった。
その視線を感じながら、自分と和歌はどのような関係で見られているのだろうかと響は考えてしまう。きっと、恋人同士に見られているのではないかと思うと、妙にそわそわしてしまう。
けれど、他人の目は気にしないと決め、響は仕事の事について集中した。先程和歌が話していたその着物についても気になる。カフェについたら、すぐに聞こう、響はそう考えた。
けれど、その気持ちは誘惑に負けてしまう。
「わぁー!この黒蜜の餡蜜美味しいです!抹茶アイスとほうじ茶も合いますね」
響は運ばれてきた餡蜜とほうじ茶のセットを堪能しており、感動で思わず声が漏れてしまった。
和歌が案内したのは古民家を改装して作った平屋の和風カフェだった。歴史ある木造住宅と広い庭園があり、店内はガラス張りになっているため、外の景色を堪能しながら美味しいお茶やコーヒー、そして和菓子やケーキなどが楽しめるお店になっていた。店内は女性やカップルが多かったが、店員は皆男性のようだった。
「ここの店は私の友人がつくったものなんですよ。だから、漣さんがそんなにも美味しく食べてくれたと知ったらとても喜んでくれるでしょうね」
「そんな……でも、本当においしいので通ってしまいそうです」
「そうですか。私も気分転換によく訪れるので会えるかもしれませんね」
「そうですね。ここはお庭も素敵なので休憩には最適ですよね」
「漣さんがこんなにもここを気に入ってくれたのならば、またぜひ一緒に訪れたいですね。……もちろん、今度はデートとして」
「………和歌さん………」
返事に困ってしまう響を見て、ニッコリと笑うと「冗談ではないので考えておいてくださいね」と言ったので、更に響は戸惑ってしまうのだった。
「さて……仕事中なので、仕事の話をしなければならないですね。響さんに着ていただいているその着物を購入した理由ですが、こんど宮田さんと金剛さん、そして響さんとで公開直前のテレビの特集でインタビューがあるのですがそれに主演していただく事になったのです」
「以前お話していたものですね」
舞台に出演が決まった際に、インタビューをする時間を作る事で騒ぎにならないようにしたという話を聞いていた。そのため響が驚くことはなかった。それに、ヒロイン役である金剛と一緒ならば力強いとさえ思えた。
「その時に響さんにも和装で出て欲しいのです。2人は舞台でも使っている衣装を使うのですが、響さんの役どころは見てくれた人のみ知るようにしたいので真っ黒の衣装は来たくないのです。なので、宮田さんと金剛さんに合わせて和装にしてほうがいいと思って、今回準備したのですよ」
「そうだったんですね。舞台も和装が多いので、イメージにピッタリですね。ですが、インタビューだけのためにこんな高価なものを……」
「いいんですよ。今回だけではなく、また着てみせていただければ。もちろん、着付けは私も出来ますのでお任せください」
「………それは、その……恥ずかしいです」
「毎日着物を着ている私は綺麗に着付けられるのに残念です」
クスクスと笑い、和歌は両手で抹茶を飲んだ。彼は抹茶とほうじ茶のシフォンケーキを頼んでいた。「ここはケーキもおいしいのですよ」と、和歌は絶賛していたのだ。
そして、一息入れたところで、和歌は再び口を開いた。
「では、仕事の話はおしまいです。漣さんに1つお聞きしたかったのですが………恋人とはお別れになったのですか?」
「………え………」
突然、千絃の話になり響は驚いて持ってたスプーンを落としそうになった。
そして、響と千絃の関係が上手くいっていない事に気づいていたのだ。
今1番響が心配している事を言い当てられてしまい、響はすぐに顔色が変わってしまう。「そんなことないですよ」と言ったとしても、説得力はない表情だっただろう。
「少し前まで仕事の送り迎えもしてもらっていたのを何回か目撃していましたが、最近は見ていなかったですし、彼の姿も拝見していなかったので……。あぁ、ずっと見ていたわけじゃないですよ。管理人として玄関先に居る事が多いので、少しでも変化があると気づいてしまうもので…………すみません。気になってしまって」
「いえ………大丈夫です」
和歌はアパートの玄関の掃除や中庭の手入れなどで敷地内に居る事が多いのだ。住人の様子を知ってしまうのは、当たり前だろう。
それに彼といざこざがあってから、響の生活は変わってしまったのだ。和歌が気づくのも仕方がない事なのだ。
けれど、第三者に2人の事を問われてしまうと、どうしても胸が苦しくなってしまうものだ。
「……すみません。聞くべき話ではなかったですね。申し訳ないです」
「いえ………」
響の言葉が止まってしまい、戸惑っているのがわかったのだろう。和歌はそれ以上追求する事はなかった。
けれど、響の鼓動は早くなり、和歌と目が合わせられなくなった。
先ほどまで美味しいと思っていた甘味は、もう全く味がわからなくなってしまっていたのだった。
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