32話「サプライズ」
32話「サプライズ」
「デ、デートですか?」
突然の誘いに響は動揺して、舌が上手くまわらなくなってしまう。戸惑う様子を見て、和歌は楽しそうに笑っている。ワタワタしている響を見るのが面白いため、わざと言っているのではないかと思ってしまう。
「えぇ。もし、よろしければ」
「私、恋人がいますのでそれはちょっと………」
「では………舞台に必要な買い出しを手伝ってくれませんか?」
「買い出し………」
「はい。足袋で稽古をしていますから、やはり傷んでしまって。買い足したいのです。あと、頼んでいた着物も取りに行きたくて。デートではなく、上司の付き合いというのではダメですか?」
「………そういう事ならば………」
デートではない仕事上での依頼なのではあればいいだろうそう思って返事をする。けれど、もしこれが千絃に知れたら怒られるかなと思いつつも、彼との現在の状況を考えると、またため息が出そうにもなる。もう何週間も話してもいないし、2人だけの時間もないのだ。
けれど、響が舞台の仕事を辞めない限り、彼は許してはくれないのだろう。そのため、響からはどうもする事が出来なかった。
「では明日……待ち合わせは玄関でいいですね。同じマンションに住んでいるのに待ち合わせもないですが」
「確かに、そうですね」
クスクスと笑うと、和歌は目を細めて安心そうに微笑んだ。
「………よかった」
「え………」
「私があなたに告白してから、私と話す漣さんは少し緊張しているようだったので……そうやって笑ってくれて安心しました」
「………すみません……」
「いいんですよ。私が悪いのですから………では………」
そう言って、和歌は部屋から出ていってしまった。静かな部屋に残された響は和歌が言う「悪い」という言葉の意味がよくわからなかった。
「これはデートじゃないから大丈夫。………それに、もう恋人と言えるのかわからないもの……」
連絡を取り合うこともなく、目があってもどちらかが逸らし、話すときも気まずい雰囲気に包まれ、恋人のように触れあうことすらないのだ。響が不安になるのも仕方がない事だった。
けれど、解決方法がわからないままに、ずるずるとここまで来てしまった。
もう、付き合っていると言えるのだろうか。
彼の中では、自分は恋人ではないのでは。そんな考えが少しずつ増え始めていったのだ。
恋人と上手くいっていないから、他の男性と会うのだろうか。それは違う。仕事だから、そんな思いをしなくてもいいのだ。
そう自分に言い聞かせて、何とか気持ちを保っていた。
次の日は行楽日和の天気だった。
そんな日に悩んでウジウジと部屋で過ごすより、外に出掛けて気分転換出来て良いかもしれない。そう思い、和歌に感謝しながら出掛ける準備をした。
あまりおしゃれをしすぎてもいけないと思い、ロングのスカートにブラウス、そして足元は歩きやすいようにシューズ、そんなカジュアルなものにした。
「おはようございます」
そう言ってマンションの玄関には和服姿の和歌が立っていた。今日は深い紺色の着物に身を包んでいた。明るい灰色の帯には、白と金の糸で刺繍が施されている。そして、今日はしっかりと髪を整え、白い紐で結ばれており、純白の紐は少し長く、彼が動くと、後ろ肩でゆらゆらと揺れていた。
響は和歌に駆け寄り、「おはようございます」と挨拶を返す。すると、「今日は天気がいいので車より歩きたいのですが、よろしいですか?」と、聞かれたので響は「もちろんです」と、喜んで返事をした。
響は歩くのが好きなので、こんないい天気に車は勿体ないなと思っていたところだった。
2人は並んでゆっくりと歩き始めた。
「着物屋さんは近いのですか?」
「隣町にあるので、電車を使いますが一駅ですし、そこからはすぐに着きますよ。その近くに美味しい和風カフェがあって、和菓子がとても美味しいんです。買い出しが終わったら寄ってみませんか?」
「わぁ………ぜひ行ってみたいです!」
「では決まりですね」
穏やかな会話を交わしながら歩いていくと、あっという間にお店に到着した。
商店街の入り口にある平屋の小さなお店は、とても雰囲気があった。
和歌が「ごめんくださ」と言い中に入ると、「先生!お待ちしておりました」と、和服姿の女性が出迎えてくれた。響の両親ぐらいの年齢だろうか。ニコニコした目や口元にはシワがあったが、とても可愛らしい小柄な女性だった。
「お邪魔します」
「あら……もしかしてこの方が?」
「えぇ。よろしくお願いします」
「もちろん!任せてくださいな」
響を見つめ、ニコニコしながら和歌と会話をする女性。2人が何を話しているのわからなかったが、どうやら響がここに来るのを伝えていたようだ。
「では、お嬢さん。こちらへどうぞ」
「え?」
「漣さん、いってらっしゃい」
「あ、あの!どういう事ですか?」
「さぁさぁ。こちらへ。私がお話させていただきますよ」
「あっ!ちょっと……待ってください!」
状況がのみ込めないまま、女性に腕を引っ張られて、店の奥まで連れていかれてしまう。響が和歌の方を振り返ると、彼は楽しそうに手を振って見送っている。訳がわからないまま、響は彼女について行くしかなかった。
響が案内されたのは、畳の部屋だった。
そこには、何着もの着物が並べられていた。
色とりどりの着物はキラキラと華やかで、まるでどこかの庭園に来ているようだった。
「あの………ここは?」
「着物を売るときは、お客様にここに来ていただいてゆっくりと決めていただくの。先生から、女の子を連れていくから似合う着物を見繕ってくれと頼まれましてね」
「え…私に?着物を?」
「えぇ。お嬢さんに会った瞬間にこれだって決めたお着物がありますの。さ、着付けをしましょう。お召し物を脱いでください」
「あの……どうして私に着物なんか……」
「先生が着物でお揃いデートがしたいんじゃないかしら?」
「えぇ!?」
「はいはい!さぁ、脱いじゃいましょうね」
戸惑う響をよそに、女性はさっさと着付けの準備を始めてしまう。響はこの状況が理解出来ないままに、大人しく流されていくしかなかったのだった。
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