26話「急展開」
26話「急展開」
しかし、穏やかな時間はすぐに終わってしまうものだ。
抱きしめられるように眠っていた響だったが、ピピピッと高い音で鳴る着信音に起こされた。もちろん、千絃も眠っていたが起こされたようで、モゾモゾと体を動かしながら、スマホが置いてある台まで手を伸ばした。
響が目を覚まして、彼を見つめると千絃は困った顔をして微笑んだ。
「悪いな。……関さんからだ」
「ん………」
響は、目を擦りながら彼を見て「ここで出ていいから」と言うと、千絃は頷き画面の通話ボタンに触れた。
すると、慌てた様子の関の声が少しだけ漏れて聞こえてきた。内容まではわからないが、あまり良い雰囲気ではないようだった。
「おはようございます。………はい。……………わかりました。響には俺が迎えにいきます、はい。大丈夫ですよ。上手くやります」
「…………」
彼の口から自分の名前が出てきて、響はドキッとしてしまう。響は心配しながら千絃を見つめる。その表情は少しずつ険しくなっていった。
「…………千絃………何かあったの?」
「おまえはしばらくこの家に泊まることになった」
「え………。どうして?」
千絃は心配させないように冗談でも言ってるのかと思った。だが、彼の顔は険しいままだ。
何かがあったのだと、身構えてしまう。
もうすっかり眠気も飛んでしまった。
「やられたな。………響が今日来た管理人の舞台に出るという情報がリークされた」
「え………」
響は驚きすぎて、小さな声が出ただけで固まってしまう。
まだ正式に返事もしていない、内々だけの話だったはずだ。響自身もまだやるとは決めてないのだ。
「どうしてそんな事が………」
「さぁな……誰かが情報を売ったんだろう。それに響嵩が舞台に出るという情報だけなら、舞台素人の人間なんだ、そこまで重要視されなかったかもしれないが………。今回リークされたのは、舞台の主演男優が今有名な宮田春(みやた しゅん)って男なんだ」
「あのいろんな映画やCMにも出て、主演男優賞とか受賞した!?」
「そうだ。………それもあって、この舞台はリーク情報がアップされたと同時にかなり話題になっているみたいなんだ。それにきて、響が出演となっている。女性キャストはまだ響だけだから、騒ぎになっているみたいでな。会社の方にも明日は電話やら取材の申し込みが殺到するだろうって話だ」
「………そんな………」
おろおろとする響だったけれど、千絃は少し苦笑いを浮かべて、響の頭をポンポンッと撫でた。
「さすがにこの時間に記者が待機しているはずもないだろうから……早いが起きて荷物を取りに行くか?」
「うん………もう眠れないものね」
「わかった。すぐに出掛けよう」
2人はそう決めるとすぐにベットから起き上がり、まだうっすらと明るくなりつつある空の下、車を走らせた。
響は千絃から借りたキャップ、そしてマスクをして自分の部屋へと向かった。
まだ記者の姿もなかったので、響は安心していたが、こそこそと行動しなければいけない事に、まるで悪い事でもしているようだなっと思った。
自分は元剣道の選手であり、剣道もメジャーなものではない。確かに応援してくれていた人が多く、試合の後にサインなど求められる事もあった。けれど、ここまで心配しなければいけなくなったのかと思うと、自分が飛び込んだ世界は何もかもが違うのだなと感じた。
マンションの前に車を停めてもらい、響一人で部屋へ向かった。和歌を心配してか、千絃も一緒に行くと言ってくれたけれど、響は「大丈夫よ」と言って、車の中で待っているように伝えた。
まだ薄暗い時間のためか、マンション内も静まり返っている。けれど、中庭だけがそよそよと風に合わせて木や草花が囁いている。その場所にはきっと彼が居る。そう思って中庭に視線を向けると、思った通り和歌の姿があった。
今日は紺色の和装姿で、彼だけが庭の中で夜のように真っ黒に見えた。
「おはようございます、和歌さん」
「あぁ。漣さん、おはよう。今日は特別早いね」
「きっと、和歌さんが今から寝る時間だと思ったので来てみました」
「君は僕の事をよく知っていてくれるね。その通り、締め切りや舞台関係の事で仕事が山積みでね」
「…………和歌さん、昨日の話ですが………」
響が中庭に降り、和歌に近づく。
すると、庭に向けていた体をこちらに向けて、いつものように笑いかけてくれる。けれど、響はその笑みがいつもと違うように感じてしまった。
「昨日は突然すみませんでした。それに、ネットニュースも拝見しました。私のところにも連絡が沢山来てまして。もう面倒なので、スマホやパソコンから逃げて、庭まで来てしまいました。けれど、漣さんには悪い事をしてしまいました。お話をしたばかりだったのに」
「和歌さん、その話なんですが」
「けれど、調度よかった」
「え………」
響の言葉を遮るように話し始めたのだ。響の次の言葉をまるでわかっており、言わせないためなのだと。だが、和歌の「調度いい」の言葉の次に来るものが全くわからずに「どういう事ですか?」問い返してしまう。けれど、その瞬間に彼が口元をニヤリとさせたのを見て、響は「しまった」と思った。が、それは後の祭りだ。
「あのゲーム会社にも僕の舞台も、宣伝にはなったみたいでね。問い合わせが殺到しているみたいなんだ。漣さんは人気者なんですね」
「そんな事は………」
「漣さんが出てくれれば、あのゲームも大成功になるのでしょうね」
「…………そう、でしょうか?」
「えぇ、もちろん。僕は、漣さんに惚れ込んでお誘いしましたしね。必ず成功させてみせますよ。なので、一緒に頑張ってみませんか?」
和歌が話したことは一理あることだった。
この話題性が続けば舞台とゲームに興味を持ってくれる人は多いだろう。チケットを買って足を運ばなければいけない舞台よりもゲームは身近なものだ。それに舞台を見て、少しでも興味を持ってくれればゲームを購入してくれる人が増えるかもしれない。「漣響」という商品価値が上がれば、千絃達と共に作り上げているゲームを知ってもらえるチャンスになるのではないか。
そう思ったのだ。
きっと、千絃も喜んでくれる。成功すれば、自分自身もとても嬉しいのだ。
「………わかりました。少しの役でしたらやらせてください。今度詳しいお話をさせてくれませんか?」
気づくと、響はそんな答えを出していた。
ギュッと手を強く握りしめながら、和歌を見つめると、和歌はにっこりと笑ってこちらに近づいてきた。
「嬉しいです。一緒に頑張りましょう」
そう優しく語りかけるように言葉を発し、響の頭を優しく撫でた。けれど、安心するどころが体が強張ってしまうほどの力があるように感じられたのだった。
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