25話「新たな分かれ道」
25話「新たな分かれ道」
「やはり驚かせてしまったかな?」
驚きすぎて言葉が出なくなってしまった響とは反対に、和歌はとても愉快そうに微笑んでいる。きっと内緒にしていたのさ響を驚かせなかったからなのだろう。それがわかり、響は苦笑しながら「驚きましたよ、もちろん!」と返事をした。
「もしかして、漣さんは和歌さんがどんな仕事をしているのか知らなかったのかな?」
「………はい。作家のお仕事とは聞いたのですが……」
「なるほど。和歌さんは作家でありながら、舞台の脚本家でもあるんだよ。しかも、手掛けた舞台は全て大人気!制作会社からも役者からもオファーがほしくて仕方がないという有名人なんだ」
「関さん、褒めすぎですよ。私はシナリオこそ書いてますが、それ以外の演出はほとんど口だししませんから。スタッフが優秀なんです」
「いやいや。ストーリーや展開がよくなせればお客さんも演者、スタッフも飽きてしまいますからね。和歌さんの作品だからこそですよ」
「ありがとうございます」
関と和歌は驚いて固まる響をよそに、演劇の話をすすめていた。どうやら、普段からよく会っていた和歌という人間は、すごい人だったようだ。響は更に驚きを感じて、まじまじと和歌を見つめてしまった。
すると、その視線に気づいた和歌は響ににっこりと微笑み、響の顔を覗き込んだ。
「騙していたわけではないのですが………顔バレはあまりしたくなくて。申し訳ないです。ですが、今回はどうしても漣さんにお願いしたくて、ここまで来ました」
「………私が舞台に、ですか?」
響はまだ信じられないような顔で和歌の顔をジッと見返すと、和歌はコクンと小さく頷いた。その表情はとても真剣なとのへと変わっていた。
「今回は時代劇になります。と、言ってもフィクションですし、江戸時代のような武士が出てきても、みんなちょんまげなどはしておりません。日本の昔話を少し変えた、そんな異世界みたいなお話だと思っていただければ」
「ですが、私は舞台に出れるほどの技量はないと思うのですが」
「剣の技を求めているんですよ。台詞もほとんどない登場人物ですが、腕利きの剣士という役なのです。漣さんが稽古にきてくれる事で、他の殺陣のレベルも上がることも期待しているのです。もちろん、こちらの会社の迷惑のならない程度の稽古で構いませんので」
「………ですが………」
響が困って関を見ると、関は優しく頷いてくれる。
「いろいろな経験をしてみるのは良い事だと思うよ。けれど、時間は有限だ。溢れてくるものではないからね。漣さんが本当にしたいと思った事を選ぶといい、と私は思うよ」
「………そうですね」
「和歌さん、漣さんはすぐに返事を決められないだろう。何せ、今まで居た世界から飛びだ出してきたばかりで、この仕事自体にも慣れていない。返事を待ってくれませんか?」
迷う響を見て、関はフォローしてくれる。
すると、和歌は「もちろんです」と返事をした。
「急な話で困惑するのも無理はない。あなたとはいつでも会えますからね。しばらくお待ちます。………いい返事が貰えると期待していますよ」
そう言うと、和歌と関は部屋から出ていった。和歌は来たときと同じように手を振って去っていったのだ。
響は戸惑いの表情が隠せないままに2人を見送った。
「すごいですね、響さん!さすがですっ!」
「さ、斉賀さん?」
後ろでこっそりと聞いていた斉賀が、2人がいなくなった後に勢いよく声を掛けてきた。自分の事のように興奮しているようだ。
「すごいですよ!和歌さんは役者には大人気な脚本を書いてくれるんですよ。すごく面白いし、人気もある。和歌さんの舞台に出て爆発的に人気になった演者は多いんですよ。響さんは前から知名度は高いですが、更に飛躍しちゃいますねー!」
「………そんなすごい人が、何で素人の私を選ぶんだろう。もっとすごい人なら沢山いるはずなのに……。どうしようかな……」
「え、もしかして迷ってるんですか?」
「んー………」
「勿体ないですっ!!」
斉賀のように喜べないのは、きっと自分自身に自信がないからだろう。どんなに周りに褒められても、素直に受け取れないのは経験の少なさと実績がないからだと響もわかっていた。では、和歌の仕事を受け、経験を積んで、実績を上げていけばいいのだろうか。
その選択を選んだ自分を想像してようとしても、頭の中に浮かんでこないのだ。
それに、関がアドバイスをくれた「本当にしたいと思った事」とは何なのか。
それを言われたときに、響はドキッとしてしまった。
私は本当は何がしたいのか決めきれてない。
自分が考えもしていなかった大切な事を、関や和歌にはそれに気づかれているのではないのか。そう感じてしまったのだ。
「よーく考えた方がいいですよー!こんなチャンスはなかなかないと思います!」
「………うん。少し考えてみますね」
斉賀や周りのスタッフが仕事を受けることを期待している中、響は曖昧な気持ちのままに返事をした。
「なるほど。その和歌とか言う作家と会うのが気まずいから俺の家に来たいって言ったんだな。響からそう言うのは珍しいと思った」
「ごめんなさい。………でも、千絃と過ごしたいのも本当の事だよ?」
「わかってるさ」
響は、仕事帰りに千絃の家に来ていた。「泊まりたい」と彼に言うと、千絃は驚いた顔をした。響から誘うの事はほとんどなかったので、彼は何か理由があるとすぐに察知したようだ。
一緒にお風呂に入りながら、今日の出来事を話す。響は彼の体に寄りかかりながら座って話す。千絃の表情は見えないけれど、彼が真剣に聞いてくれているのは伝わってきていた。
「なるほどは………響を勧誘してきたか。きっと動画を見て、決めたんたんだろうな」
「うん。自分を必要としてくれているのは嬉しいんだけど……自分が本当にしたいのかと思うと、まだわからなくて」
「関さんが話したみたいにいろんな経験をするのをいいと思う。けど、それが気が進まないものだったら無理にする必要もないんじゃないか」
「………うん」
「それに、目の病気の事もあるだろう?危険もあるだろうし、ゆっくりする事も大切なんじゃないのか?」
響の病気は目を休ませる事も大切だった。
休ませるために目を閉じる事、眠る事が大事だと説明されていた。そのため、響はなるべくスマホなどは見ないようにしたり、眠る時間を多めにとるようにしていた。
けれど、2つの仕事をこなすとなると多忙になるはずだ。
千絃は何よりも響の体を心配してくれているようだった。
「そうだね………そういう事も考えないといけないよね」
「まだ時間はあるんだろ?少し考えみたらどうだ?相談ならのるから」
「うん。ありがとう、千絃」
熱くなった腕に後ろから抱きしめられる。
彼が動いたので、水音が響き、水面が揺れる。
どんな結果を導き出しても、彼が傍にいてくれる。それを感じられると、響の気持ちが少し軽くなったのだった。
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