18話「自慢の彼」
18話「自慢の彼」
☆☆☆
千絃が話してくれてのは、とても懐かしい話。思い出したくないけれど、当時の彼の気持ちが知れるのは、恥ずかしくも嬉しかった。
千絃が自分を大切に思ってくれていた事などわかっていたはずなのに、彼の1つの言葉や行動で傷ついて千絃の本当の気持ちを知ろうともしなかったのだ。
響は今までの自分の態度や気持ちがとても情けないものだと改めて思った。
「千絃がどうして剣道をやめてしまったのか?教えてくれる……?」
「………あぁ………。俺は響と稽古をした後も、実は走り込みや筋トレとかしてたんだ。今考えても何かに取り憑かれたかのように、鍛える事ばかり考えてたよ。家族にも「やりすぎだ」と止められたけど。それではダメだと焦っていた。………この1年で結果を出さないといけないと思ってた」
「…………千絃」
その当時、2人はかなりキツイ稽古をしたりトレーニングを続けていた。今、それをやれと言われたら体を壊してしまうだろうと思うほどだ。その時の響は、帰宅後すぐに食事をして、ウトウトしながら宿題をこなし、お風呂に入った後には倒れるように寝てしまう毎日だった。帰宅後に更に稽古をするなど考えられない事だった。
それを、千絃はこなしていたのだ。
毎日毎日。
響との約束を果たすために。
「高校3年になる前の春休みだったよ。いつもみたいに帰宅後にロードワークに出掛けた。長い距離を走り河川敷を通って帰る時だった。週末だったこともあって、結構疲れていて集中力がなかった。ぼーっと走っているところに、車が来て……ぶつかったんだ」
「え………そんな事、聞いてないよ!?」
「言ってないからな。家族にも口止めしておいたし」
「どうして話してくれなかったの?」
「………心配するだろ?おまえ。………それに、練習だってさせてくれなくなっただろうし」
「………当たり前じゃない。怪我をしたならなおさらよ」
「だからだ。あの時の俺は焦ってたんだよ。1日でも練習に出れない事で周りと差が出来るのが怖くてしかたがなかったんだ」
千絃は前髪をかけあげながら、ため息をつきそう言った。後ろめたいのか、千絃の視線は先ほどからずっと下を向いていた。
そのまま独り言を言うように囁くように過去の事を話してくれる。
「ぶつかったって言っても車もあまりスピードも出ていなかったし、大した怪我じゃないと思ってた。事故に遭った後もすぐに動けたし、ぶつけた膝が痛いのもすぐになくなると思ってた。だから、次の日も練習を続けたけど……治らなかったんだ。ますます痛くなるだけだった」
「そんな………」
最近起こった事故ではない。
けれど、当時の千絃の気持ちを考えると、響は胸の奥が締め付けられる思いだった。
怪我により思うように動けない苦しみや痛み。そして、これからどうなってしまうのかという不安が高校3年生という彼に突きつけられた。
「………医者に行ったら怒られたよ。なんでもっと早く通院しなかったのか。練習を止めなかったのかってね。そして、その時に治療をしないと治らないかもしれない。治療をしても完治はしないかもしれない、って」
「………っっ………」
「だから、俺は稽古を続ける事を選んだ。痛み止を貰って普段通りにしていたんだ。この時だけでも、3年の全国大会だけでも響と出たかった。………俺が優勝すれば強くなれる、響を不安から守れるんじゃないかって思ってたんだ。けど、怪我に気づいたの顧問だったよ。そして、もちろん進学先の大学にも怪我の事も言わなければいけない。……2年の時からオファーはあったけど、怪我をしたことを伝えたそれも白紙になったんだ」
「……………」
想像もしていなかった辛い彼の過去に、響は言葉が出なかった。
そして、そんな事にも気づかなかった過去の響、自分の事でいっぱいいっぱいになり、彼を追い詰めてしまっていた事に愕然としてしまった。
けれど、目の前の千絃は響を責める事なく、むしろ響が流した涙を指で拭いながら「なんで泣いてるんだよ」と、優しく微笑んでくれている。昔と変わらない、響を見つめる柔らかな瞳だ。
「さすがに響と同じ大学に行けないこととか、予想していた未来がなくなってしまった事はショックだったよ。それに響との約束も守れなくなってしまった。ずっとずっと悩んで。そして、今剣道をやめるべきなのか……」
「ごめんなさい………千絃……」
「響?どうした?」
そこまで話を聞き、もう耐えられなくなってしまい響は口を開いた。
「私、自分の事しか考えてなかった。自分が目が見えなくなるのが辛いって事ばかりで、千絃の変化に気がつけなかった。甘えてばかりだった。………それなのに、私は酷い事を言ったよね。今も昔も………千絃は私のために頑張ってくれてたのに……痛いのも辛いのも我慢してたのに。ごめんなさい。………本当にごめん」
「……響は気にしなくいいんだ。俺は、そんな事全く思ってなかった」
「でもっ!」
「響は俺だけに甘えてくれた。それが嬉しかったんだ。頼ってくれて、弱いところを見せてくれた。惚れてる相手がそんな風に自分を認めて信頼してくれてるんだから、嬉しかったんだ」
千絃は少し恥ずかしそうにしながらも、そう言い切り、響の顔を覗き込みながら近づける。
そして、尚もながれる涙をペロリと舐めた。
「っっ!千絃っ!」
驚いて思わず顔に手を当てる。そんな様子を見て、千絃はとても楽しそうに笑っている。昔の辛い話をしていたとは思えないほどの笑顔だった。
千絃の行動とその笑顔に、響に言葉を失ってしまう。
そんな響を見つめながらな、千絃はまた話を続けた。まだ不安な気持ちを隠せない響の手を握りしめ、安心出来るようにしながら。
「それに、俺は強くなるだけがおまえを守る手段じゃないって思ったんだ。……響はいつかは剣道が出来なくなる。それならば、その時の居場所が必要だと思ったんだ。そして、おまえの剣の美しさをいかせる場所が他にもあるんじゃないかって」
「………居場所……」
「あぁ。まぁ、いざとなれば俺が迎えにいって、不自由なく暮らせるようにしていければいいとも思ったが、響はそういうタイプじゃないだろ?きっと、剣を握っていたいと願うはずだって思ったんだ。それでいろいろ考えてゲーム会社にしたんだ。今は盛り上がっている分野だし、響の剣技を取り入れたら絶対にかっこいいだろうって思った。もちろん、まだまだやってみるべき事はあると思ってるよ。………そして、剣道が出来なくなった時の居場所をそれまでに作ろうって思ったんだ」
「だから、剣道部をやめたの?そして、この会社に?」
「あぁ………まぁ、少しは役に立てただろ?」
得意気に笑う千絃の笑顔は、今までで一番誇らしげで、とても嬉しそうだったように響は見えた。
「………千絃はずるい。そうやってかっこいい事ばかりするんだから」
「そんな事ないだろ」
「……してるよ。だから、私も好きだったんだと思う」
「…………それを聞いて安心した」
「怒ってない?」
「俺が怒ってる顔に見えるか?」
「…………私の大好きな笑顔だよ」
「…………おまえも同じだ」
千絃はそう言うと、響の事を抱きよせ、小さなキスをする。そのキスは、今までの何よりも優しく、そして響の心を晴れ晴れとさせるものだった。
彼は強気で俺様な幼馴染み。
けれど、今は少しだけ変わった。
響にとってとても誇らしく、沢山の人に自慢したい恋人となった。
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