15話「過去の後悔」






   15話「過去の後悔」





 千絃は何回か小さなキスを繰り返した後、また優しく響を抱きしめた。

 あんなにぶっきらぼうで少し強引なキスをしてきた人だとは思えないほどだった。千絃は「傷は大丈夫か?」と、耳元で囁いてくれる。響は小さく頷くと、千絃は「そうか」と、安心したように微笑んでくれた。



 「怪我をしたんだ。今日は送っていく」

 「でも………千絃も怪我をしたでしょ?大丈夫なの?」

 「………痛くて家事もお風呂も入れない」

 「え?」

 「だから、俺の家に来てくれるか?」



 突然の誘いに響は驚いてしまい、すぐに反応出来なかった。恋愛は久々であるし、幼馴染みだった千絃と恋人になったと思うと、どうしていいのかわからなくなってしまったのだ。



 「ち、千絃は仕事あるでしょっ?」

 「俺も怪我したからそのまま帰っていいって言われてるんだ。有休もほとんど使わないで働いてたから、関さんに休んでこいって命令された。………おまえ来たくないの?」

 「だっ……だって恋人になれると思ってなかったからいろいろと心の準備が………」



 オロオロしていると、千絃はクククッと笑い始めた。

 突然笑い出した千絃を見て、響はまた声を上げた。



 「な、なんで笑うの!?必死に考えているのに……」

 「いや。可愛いなって思って」

 「………なっ………」




 甘い言葉など無縁だと思っていた千絃から「可愛い」と言われてしまっては、響は驚き顔を真っ赤にさせてしまった。




 「怪我人だから何もしない。それとも、して欲しかったとか?」

 「そんなはずないでしょ!?」

 「まぁ、部屋に来たら、泊まってもらって一緒のベッドで寝て、キスぐらいはさせてもらうけどな」

 「つ、付き合い初めてその日のうちにそんな事しないわよ!」

 「いい大人なんだから気にしすぎだろ?それに、おまえも俺と居たいんじゃないかと思ったんだけどな」

 「…………ずるいわ」




 千絃の部屋になんか行きたくない、と言えてしまえばよかったのかもしれないが。そんな事を言えるはずがなった。

 響だって、彼とまだ離れたくないのだ。せっかく恋人になったのだから、近づいていたいと思うのは男女同じ想いのはずだ。




 「じゃあ、決まりだな」

 


 そう言って、響の額に唇を落とすと千絃は響から離れて運転をスタートさせた。

 彼がこんなにも甘い態度を見せる事と、千絃が離れた事で寂しくなってしまった自分の感情に驚きながら、響はシートベルトをしめたのだった。










 「入って」

 「………うん。お邪魔します」

 「そんなに緊張しなくていい」



 体を固くしながら挨拶をすると、千絃はクククッと楽しそうに笑った。

 千絃の部屋は男性らしくシルバーの家具で統一されていた。リビングにさゲーム雑誌やゲーム機が置いてあったり、様々なイラストも乱雑に置いてあった。けれど、それ以外はとても綺麗に整理されていた。



 「ソファに座って。飲み物と準備する」

 「あ、私も手伝うよ」

 「怪我人は座ってろ」

 「………千絃も怪我人じゃない」



 呟いた響の言葉は無視され、千絃はさっさとキッチンに向かってしまう。響は苦笑しながらも、彼の心遣いに感謝をしてソファに座った。

 肌触りのいい灰色のカバーがついたソファに座る。目の前には大きなテレビの画面と本棚があった。そこに目を向けると、本棚にはアニメやゲームのものだけではなく、武道書もあった。ゲームに関係しているのかもしれないが、きっとそれだけではないのだと響は思った。

 千絃は本当に剣道が大好きだったのだから。




 それなのに、彼は剣道から離れている。

 その理由はきっと響との約束を破った訳にも繋がるのではないか。響はそう考えた。

 温めたテイクアウトの料理とお茶を持って来た千絃を見つめる。


 やはり、今聞いておかなければいけない。




 ずっと悲しい思いをした原因が彼との約束でもある事を。

 恋人になったのならば特に知っておかなければいけないのだ。千絃が自分から離れていってしまった事で、とても大きな傷を負っていたのだから。



 彼が準備したのは紅茶だろうか。少し甘い香りがするお茶だった。カップから立つ湯気を見つめ、少し気持ちを落ち着けた後にゆっくりと彼に話を掛けた。




 「ねぇ、千絃。聞いておきたいことがあるの。ずっと知りたくて、でも怖くて聞けなかったこと」

 「…………あの約束の事だな」

 「うん。そうだよ」



 響の神妙な雰囲気を察知したのか、聞かれることを予想していたのか。千絃は驚く事もなく当然のように頷いた。




 「知るのが怖かったのは、千絃に嫌われたと思ってたから。だから私の方が忘れようって逃げてたのかもしれないんだ。だから、今は恋人になれたから、少し安心して聞けるって思ってしまったのは………私の弱さだと思う。けど、聞きたいの。千絃が剣道を止めてしまった理由を。私たちの約束を破ったわけも」




 自分の気持ちをゆっくりと言葉で伝える。彼の視線はまっすぐ響を見つめている。彼は真剣に話しを聞き、答えてくれようとしてくれるのが伝わってくる。だから、安心して言えるのだ。


 「昔のあなたを教えて」と。



 逃げてしまった自分を許してくれとは言わない。今更、昔の千絃の気持ちと寄り添おうとしても遅いかもしれない。


 けれど、やっと好きだとわかった相手の事を知りたいと思ってしまうのだ。

 大切な幼馴染みであり、恋人の千絃の事を。




 すると、千絃はすぐに口を開き「わかったよ」と、優しく返事をしてくれる。



 ずっとずっと知りたいと思っていた事が知れるとなると、やはり緊張してしまうもので千絃の言葉を耳にするまで、鼓動が大きくなったように思えた。




 「………結論から言うと、俺は剣道が出来なくなったから止めた」

 「出来なくなった?」

 「あぁ………右膝を怪我した。剣道も出来ないと言われたんだ」

 



 千絃自身はいつものように無表情で話せていると、思っていたのかもしれない。

 けれど、彼の言葉と表情からは苦しさが伝わってきた。




 響は知らなかった昔の真実に驚き、そして強くつよく後悔をしたのだった。







 

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