第4話

千郷は後悔していた。

歪んでしまった自分。

そのせいで俺を傷付けてしまった事。

彼女はずっと悔やんでいたのだろうか。


悔やんでいるはずがないと思っていた。

千郷は傲慢で自尊心が強く、自らを省みる事を知らない。

そういう奴だと思っていた。

だから、今では俺の事などすっかり忘れて、従順な旦那を見つけているのだろう、と考えていたのだ。

だが、俺は至極当たり前の事を忘れていたのかもしれない。



人は変わるのだ。



人は変わる、当然のことだ。

だが俺は、千郷が変わる訳がない、彼女は一生このままだと思い込んでいた。

あまりにも一方的な固定観念で千郷を縛りつけ、彼女を見ようとしなかった。

これが、俺の後悔の正体か。


思えば千郷だって昔から傲慢で不遜な性格だった訳ではないのだ。


そんなこと、誰よりも知っているはずだったのに。


頭の中でドロドロした思考が渦巻いている。

こんなところで過去を悔やんで何になるというのか。

だが考えずにはいられなかった。



俺はどうしたいのだろうか。

千郷はどうしたいのだろうか。

自分の心がわからない。

啜り泣く彼女の気持ちがわからない。


後悔している。

それはわかる。

だがその先は?


彼女は俺に何かを望んでいるのか。

俺は彼女に何かを望んでいるのだろうか。



ただ無言で目の前のグラスを眺める。

見ているようで見ていない。

でも隣にいる千郷の事は、見ていないのに見えていた。

止め処ない思考の波。



やがて、一つの結論を導き出した。



そしてそれは、彼女も同じであった。






千郷の目が俺を捉える。

彼女の瞳は揺れていた。


やがて、震える唇で話し出した。


「懐人…私……私、ね……」


「あぁ」


「私……貴方が好きよ。」


潤む瞳が俺を見る。

けれど力強い視線ではなく、惑うように揺れている。


「今でも…か?」


「今でも…よ。」


「…もう何年も会っていなかったじゃないか。」


「そうね…でも、考えてた。」


俺は彼女を正面から見返す事ができない。


「ずっと考えてた。」


千郷が俺の手に重ねるように自分の手を置いた。


「懐人を忘れた事なんてなかった。」


「他に彼氏ができてもか?」


「他に誰と付き合おうとも、よ。」


「そんなの不誠実だ。」


「私が誠実な人間だと?」


「……………。」


「そこで黙られるのも微妙な気分ね。」


「千郷が黙らせたんだろ。」


「ふふっ、そうね。」


彼女は笑った。

楽しそうに、寂しそうに、遠くを見据えるように。



「ねぇ、懐人はどう?」


千郷が繋いだ手を愛おしげに見つめる。


「懐人は今でも……私が好き?」


暫しの無言。


俺が千郷を好き?

冗談じゃねぇ。

あの日、あの時、俺は知ったはずだ。

千郷は俺のことなんかまともに見てなくて、俺が一方的に盲従してただけだったんだって。


でも、彼女が変わったとしたら?

かつて俺に告白してくれた時のように、また俺を見てくれるのだとしたら。

それでも俺は、千郷を振り払う事ができるだろうか。

こんな事で悩む時点で、俺の心は決まっているのではなかろうか。


結論は既に出したはずだ。


だが悩む。

俺の気持ちは……



「俺は…………」

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