異世界で男娼になりました ~異世界で体を売ってなんとか生きヌいてます~

山田 マイク

一人目 女勇者


 ある日。

 俺はいきなり異世界に放り出された。


 俺には何の能力もなかった。

 魔力もなければチートなスキルもない。

 最強の盾もなければろくに剣も扱えない。


 そんな俺に唯一あるもの。

 それは有り余る“性欲”だった。


 自慢じゃないが、俺はその気になれば一日に10回は軽くデキる。

 そして、短時間に復活もできる。


 俺はその特技を使い、異世界で生き抜いている。

 いわゆる“男娼だんしょう”という奴だ。

 幸い、俺は誰からも愛されるような顔立ちをしているらしい。

 肉体もほどよく締まっていて、アッチの方も具合がいいらしい。

 俺の“性”はよく売れる。


 そして、俺も客は選ばない。

 申し訳ないが同性だけは無理だが、女性であればだれでもござれ。

 年齢も体型も性癖も、なんでもイケる。

 全ての女性が愛しいのだ。

 

 異世界には色んな人間がいる。

 いいや、違うか。

 人間“以外”もたくさんいる。

 それはきっと、ソッチの世界で生きているあんたたちの想像を超えたものたちが、いっぱいね。

 俺は彼女たちの全てが愛しい。

 つまり天職ってわけ。


 これから、ちょっとお客さんたちの話をしていこうと思う。

 どうやらソッチも大変そうだし、少しでも暇つぶしになれば、と思ってね。


 Δ


 遥か向こうに王城を臨む王都『ソクラティス』。

 その城下町から郊外へと向かう途中に、小さな森がある。

 そこには一本の道が通っているが、森は昼間でも薄暗く気味が悪い。


 ただでさえ人通りは少なかったが、最近になって王政府によって区画整理がなされ、新しい道が出来てからは、もうほとんど往来を往く者はいない。

 人が使わなければモノというものは朽ちていく。

 それは“道路”であっても同じであるようで、森へ向かうあぜ道は雑草が茂り、徐々に荒れていった。


 しかし、その荒廃した道には、今でも夜になるとぽつんぽつんと人影が現れる。

 小さな松明を掲げながら所在なさげに立ち、一定の間隔をあけて、“客”から声をかけられるのを待っている。

 暗がりにぽつんぽつんと光ることから“ホタル”なんて言われてる。


 彼らはみな、俺と同じ“男娼”だ。


 この森の近くには旅籠街がある。

 いつから始まったのか分からないが、ここにはそこに泊まる客目当てに男の夜鷹が立ちんぼをするようになった。

 そして小金を持った旅籠の客が、時々この道を、男たちを品定めしながら歩くわけだ。


 客は男もいれば女もいる。

 俺は女性の客しかとらないが、男の客しかとらないものもいれば、男女両方を相手に商売するものもいる。

 客も様々なら、男娼も様々というわけだ。


 俺たちのほとんどは人生の落ちこぼれだ。

 生まれや育ち、或いは環境など、色んな理由によって真っ当に生きられなかった奴ら。

 だけど、中には変わり者もいて、わざと人生の道を踏み外した奴もいる。

 驚くべきことに、元貴族の人間もいるんだ。

 他に生きる道があるのに、好きこのんでこの森で体を売っている。

 俺は――どうかな。

 多分、両方だ。


 ちなみにこの国でも、売春も買春も違法だ。

 女衒などを使って組織的に商売をやっているとすぐに自警団にとっつかまる。

 しかし、個人でやっている限りは、どうやら見逃されているようなんだ。


 そういう事情もあって、俺たちはこの森以外で“営業”はしない。

 目立たず、ひっそりと。

 そうやって官憲に見逃されているおかげで、なんとか俺たちは食っていけているわけだ。


 前置きが長くなっちまったな。

 それじゃあ、そろそろ一人目の話に入ろうか。


 Δ


 あれは満月の夜だった。

 俺は美しい月に見惚れて空を眺めていると、声をかけられた。


「……あの」

  

 可愛らしい少女だった。

 綺麗な黒髪をしていて、屈託のない澄んだ目が印象的だった。

 一目で買春は初めてだと分かった。


「あ、お客さんかな」


 俺はにこりと笑った。

 いきなりとっておきのエンジェルスマイル。

 この商売、第一印象が一番大事だ。


「あ、あの、その」

「あはは。そんな緊張しないでよ」

「ご、ごめんなさい」

「なんなら世間話でもしよっか。ね」

「い、いえ」


 少女はモジモジしたあと、目をつむって、えいっ、とお金を差し出してきた。

 大量の紙幣が握られている。


「こ、これでお願いしますっ!」


 俺はくすりと笑った。


「……こんなにいらないよ」

「え?」

「こんなにもらえないよ。2枚でいいよ」


 俺は差し出されたお金から2枚だけ抜き取った。


「それじゃ、行こうか」


 俺は少女の肩に手を回した。

 彼女はびくりと体を震わせたあと。


 はい、と小さく頷いたのだった。


 Δ


「どうだった?」


 ことが終わると、簡素なベッドの上で俺と少女は向き合って寝ころんでいた。

 二人とも裸のまんまである。

 彼女の小さな胸も、横になっているおかげで少しだけ谷間が出来ている。


「あの……よく、分からなかったです」

「ごめんね。痛かったかな」

「はい。でも」


 少女はそこで言葉を止めて、顔を赤くした。

 俺は優しく微笑んで、彼女の髪を撫でた。


「マリアスちゃんって、不思議な子だよね」


 と、俺は言った。


「不思議?」


 少女――マリアスというらしい――は目をぱちくりさせた。


「うん。あんなに大金を持ってたから、貴族か何かと思ったら、ちょっと様子が違うし」

「……頑張って貯めたんです」

「働いてるの?」

「はい」

「なにしてるの?」

「……それは」


 マリアスは口ごもった。


 俺はちらりと彼女が脱いだ服を見やった。

 粗末な朝の服に、それとは不相応な剣と盾。

 そして――見覚えのある意匠のついた髪飾り。


 あの紋章は、伝説の勇者のものだ。


「言いたくなかったらいいよ」

 俺はマリアスの額にキスをした。

「でも、俺って口堅いよ。だから、言いたいことがあったら遠慮なく喋ってね」


「言いたい……こと?」

「うん。俺たちってそういうのも“仕事”だからさ。お客さんたちの不満の捌け口」


 ニシシ、と俺は笑った。

 マリアスは目を伏せた。

 それから――


 突然、泣き出した。


「どうしたんだい」

「ごめんなさい」

「辛かったんだね」

「ごめ――ごめんなさ」


 俺はマリアスを抱き寄せた。


 彼女はしばらく泣いていた。

 俺は無言で彼女の髪の毛にキスをした。

 いつまでもそうしていた。


 Δ


「……私は普通の人間なんです」


 ぽつりと、マリアスは口を開いた。


「私は生まれた時から魔法が使えて、剣捌きも上手でした。なぜか人々に好かれたし、動物や時には魔物にも懐かれました。君は勇者らしい勇者だとみんなが私を褒めてくれました。私の気持ちなんて関係なしに、私はどんどん勇者様になっていったんです」


 マリアスは下唇を噛んだ。


「私はみんなが期待する“勇者様”でいる必要があったんです。どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、健気に笑ってなきゃいけなかったんです。でも、本当の私はいつも泣いてた。痛いよ。辛いよ。怖いよって。いつも震えてたんです。魔物を殺すのも嫌だったし、世界平和なんて大それたこと、興味もなかった。男の子とも遊びたいし、Hなことにも興味があった。本当は、私はそんなにきれいで立派な人間じゃないんです」


 マリアスはすっかり言ってしまってから、また目を潤ませた。


 そうだよなあと思った。

 考えてみれば、年端もいかない女の子に世界の命運を託すなんて、とんでもない話だよな。

 俺たち無能な人間はただ勇者様勇者様と崇めてればいいんだから楽なもんだ。

 

「辞めてもいいんじゃない」


 と、俺は言った。


「……え?」

「勇者。辞めてもいいと思うよ。嫌になって逃げだしたとしても、誰も文句言えないよ」

「そ――そんなこと、考えたこともなかった」


 マリアスは真っ赤にはらした目を大きく見開いた。

 俺はくすっと笑い、彼女の目に浮かんだ涙をぬぐった。


「いい奴すぎるんだよ、マリアスは。もっとわがままに、もっと偉そうにするべきだよ。だって、実際偉いんだから」

「偉くなんて」

「偉いよ」


 俺はマリアスを遮った。


「誰がなんと言おうと偉いんだ。他の誰も言ってくれないんなら、俺が100万回でも言ってあげる。マリアスは偉い。王様とか金持ちなんて比べ物にならないよ。君は、世界で一番偉い」


 マリアスはまた目を潤ませた。

 よく泣く子だ。


「世界で一番偉いんだから、何やったっていいんだよ」

「でも、それって私が勇者だから偉いわけで……」

「違うってば。マリアスは、マリアスだから偉いんだ」

「それは――どういう意味ですか」

「そのまんまの意味だよ。女の子はみんな、世界一偉いんだ」


 俺はそう言うと、再びマリアスを抱き寄せた。

 彼女はまた、泣いているようだった。


「まったく泣き虫だな、マリアスは」


 と、俺は言った。

 それから「もう一回、しようか」と耳元で囁いた。

 するとマリアスは、小さな声で「うん」と頷いた。


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