黄色いドレスの彼女

中柴ささみ

一.

 S川に架かるとある橋の下には、川面に浮かぶ巨大なQRコードがある。


わたしが「それ」を最初に見つけたのは去年の十二月、寒い朝のことだった。その頃のわたしは学校にも通わず、バイトも辞め、毎日午後三時頃に起きてコンビニ飯を食べ、インターネットで暇を潰して午前五時頃に眠りにつく、という笑い話にもならないような酷い生活で十九歳の冬を無価値に消費していた。

 しかしその日の早朝六時半、わたしは中学時代から寝巻きとして愛用しているボロボロのジャージを着、これもまた随分昔から愛用しているボロボロのスニーカーを履いて、S川沿いで見様見真似のストレッチを行なっていた。というのも、自堕落の底の底まで堕ちたことがある者の多くがこのような経験があるのではないだろうか、その日わたしは急に思い立ったのである。「このままではいけない」と。腐敗しきった生活を送っている者は得てして定期的にこのような焦りに駆られがちである。何か行動を起こさなくては。このままの生活を続けていては行先は破滅しかない。何とかしなくては! ……しかしその焦りが行動に結びつくことは滅多になく、大抵は布団の中で今後の社会復帰計画とやら(もちろん実行されることはない)を綿密に練って満足するだけに留まる。が、どういった風の吹き回しか、その日のわたしは行動を起こしていた。泥水のような生活で落ちに落ちた体力を取り戻すべく、早朝のランニングを決行しようとしていたのである。今思えば、その気力で学校に復帰するなりバイトに応募するなりもっと他にするべきことはたくさんあったのだが、そのときのわたしはなぜか、このランニングで全てが好転するだろうという根拠のない希望を胸に抱いていた。そして後に起こった出来事を考えると、その目算もあながち間違いではなかった、と言えるかもしれないし、言えないかもしれない。


 そして十分後、わたしは打ちひしがれて川辺を歩いていた。そう、「歩いて」いたのである。わたしの体力は自身の想像を遥かに超えて壊滅しており、まともにランニングを遂行することができなかった。走り始めて二メートル程で脇腹が強烈に痛み初め、十メートル程で息が異常に苦しくなり、二十メートルに差し掛かった頃には走り続けるのはもう不可能であると判断せざるを得なかったのだ。しかし折角着替えて準備運動までしたのに数十秒のランニング(と呼んでいいのかすら疑問だが)だけですごすご家に帰るのはあまりにも情けなさすぎる。そこでわたしは当初の予定を変更して川辺をウォーキングすることにしたのである。S川沿いはランニングや犬の散歩などのコースとして地元の人々に広く利用されており、その日も老若男女様々な人々がのろのろと歩くわたしの横を颯爽と通り抜けていった。

 そうして未だに痛む脇腹を抑えつつ、なけなしのプライドだけをエネルギーに川辺を歩いているうちに、わたしはとある橋の下を通りかかった。二車線の道路と両端に歩道が設けられており、常に車や人通りの絶えないようなそれなりに大きな橋である。わたしはその橋の下の薄暗さと上を通る車や人々による程良い喧騒が気に入り、橋脚にもたれてしばし休憩をとることにした。たいした運動はしていないにも関わらず、体力の落ち切ったわたしはかなり疲れてしまっていた。冷たいコンクリートの柱にもたれかかり、深く息をつく。そういえばS川へ来たのは随分久しぶりである。川面には鴨が数匹連れ立って尻を振り振り泳いでいた。と、そのとき、わたしは視界の端、足元のあたりで何かゆっくりと動くものを捉えた。視線を向けてみると、直径二十センチメートル程の亀である。なるほど、S川には亀も住みついているのか。何の気なしに眺めていると、亀はゆっくりとした歩みで川面の方へ向かって行く。そしてわたしは、それがたっぷり数分はかけて数メートルの大冒険をやり遂げ、ゆっくりゆっくりと頭から川へ入って行き、その小さな尻尾まで水中に入って見えなくなるまでの一部始終を見守っていた。亀というのは中々に難儀そうな生き物である。人間であれば、川面までのせいぜい三メートル程の距離を移動するのには一瞬で事足りるであろう。いくらわたしの体力が不足しているとは言っても、亀よりかは幾分か生きやすいだろう。人間として産まれた以上、そう悲観する必要はないのかもしれない……そんなことを考えながらさっきの亀が入って行った川面の辺りを見ると、あれっと思った。何か妙である。その辺りだけ周囲の水と比べると不自然に黒い。ただ真っ黒に塗りつぶされているというわけではなく、何か複雑に模様が描かれているような……そうだ、わたしはあのような黒い模様を何度も見たことがある。わたしは発見したのである。橋の真下、そこそこ水質の良い川の水面に浮かぶ、真っ黒い巨大なQRコードを。

 「それ」は確かにそこに存在していた。ごちゃごちゃした黒い模様が正方形状にこまごまと描かれている。どこからどう見ても、QRコードだった。しかし異常なのはサイズである。「それ」はどう見積もっても二メートル四方ほどはあり、今まで見たどのQRコードよりも遥かに大きかった。わたしが「それ」を凝視している間に橋の下(橋脚にもたれたわたしと「それ」の浮かび上がった川面の間)を通り過ぎて行った何人かの人々は、誰ひとりとして「それ」に気づいている様子はない。もしかして、わたしにしか見えていないのだろうか? いや、漫画や小説でもあるまいし、そんな物語じみた現象が現実で起こるわけがない……などと考えながらわたしは恐る恐る川面に近づいて、しゃがんだり立ち上がったり、少し横に移動したり、様々な角度から「それ」を見てみたが、「それ」は一瞬たりとも消えることなく存在し続けている。光の加減によって偶然QRコードに似た模様が見えている、というわけではなさそうだ。水面の模様の浮かび上がっている部分に右手を差し入れてみる。そのまま手を左右に動かしてみると、水面には波紋が広がり、「それ」をゆらゆらと波立たせた。ゆらめくQRコードというなかなかに珍しい光景が面白く、わたしはしばらくバシャバシャと川面を波立たせて遊んでいた。

 と、そのときだった。年甲斐もなく水遊びに勤しんでいたわたしは何者かに肩の辺りを後ろからグイと引っ張られ、そのまま地面にドスンと尻餅をついてしまった。大層驚いたわたしは誰が何の目的でこんなことをしたのか確かめ問いただすべく即座に後ろを振り向いたのだが、そこには誰もいなかった。そして視線を前方に戻すと、水面のQRコードは跡形もなく消え失せてしまっていた。

 十二月の冷たい川の水に手を浸していたせいでわたしの身体はすっかり凍えていたようで、今更のように寒さを自覚したのかブルブルと震え出していた。狐につままれたとは正にこういうことであろう、一連の不思議な出来事は全くもって説明不能であり自身の理解の及ぶものではない、と判断したわたしは考えることを放棄して大きな伸びをし、兎にも角にも暖かな自室へと帰還することにした。

 その後自宅にたどり着いたわたしは玄関前でポケットをまさぐると、家の鍵を何処かに落として紛失してしまっているらしいことに気付いた。それはわたしにとって、先程の不可思議な出来事よりももっと重大で、煩わしいことのように感じた。わたしはこれ以上ない程にくたくたになっていたのである。

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