第24話 意外な人物、不幸の訪れ

 比較的頑丈な身体をしている俺とは違い、華奢なアイシャの具合はあまりよくはなかった。本人はなんでもないと言うが、身体の至るところに打ち身からくる青あざが目立っていた。幸い、痕が残るような傷はないらしいが、それでも俺をかばって負った傷だ。なにかあれば責任をとる必要があるだろう。今はサーシャが付きっきりで看病をしてくれているらしい。早く元気になってほしいものだ。


 そんなことを考えながらショコラでクロエ先輩と他のメンバーが来るのを待っていると、意外な人物が俺達の前に現れた。グレイである。彼は何食わぬ顔で俺達のテーブルに腰を下ろし、コーヒーを注文するとこう言った。


「最近、慌ただしいようだな」

「そう思うのならどこかに行ってくれないかしら。私達、暇じゃないの」

「男にうつつを抜かしている時間はあるようだがな」

 確執のある二人が同席になったから、当たり前のように険悪なムードが漂う。

「まあまあ。わざわざ俺達の席に座ったんだから理由があるんすよね?」

「理由と言うほどじゃない。ただ、気になっただけだ」

「と、言うと?」

「どうするつもりなんだ?」


 主語がないが、最近の問題といえばジョージの件しかない。それに対する質問だろう。


「近い内やり返しますよ。派手にね」

「そうか」

「どういう風の吹き回しかしら? 貴方に心配されるような間柄だったかしら、私達」

「なに、お前達の評判が下がると俺の評判も下がるんでな。特にエル、お前は仮にも俺に勝ったんだ。負けてもらっては困る」

「負けませんよ。あんな卑怯な野郎には」

「ならいい」

 グレイはそう言って届けられたコーヒーに口をつけた。


「……それだけ? まさか本当に心配になったから見に来ただけって言うつもり?」

「俺がそんなことをする人間に見えるか?」

「見えないから聞いているのよ。私達友人だったかしら?」


 状況的には完璧に困っている友人を心配して様子を見に来た形だ。これが別の人間であればまだわかるが、相手はグレイだ。今までの経緯も加味すると、立ち位置的には敵だ。クロエ先輩がそう聞いてしまう気持ちもわかる。


「友人になどなった覚えはない」

 どう考えても心配になって様子を見に来ただけなのだが、過去の因縁から素直にそう言えないのだろう。というか、そんなキャラじゃないだろうし。だからぶっきらぼうにこう言うしかないのだろう。


「はあ、貴方にそんな人間らしいところがあるとは思わなかったわ。今日は雨が振るわね」

「……なにを勘違いしているのか知らんが、俺は自分のために来ただけだ。心配などしていない」

 本人言っちゃったよ。絶対心配してんじゃん。


「じゃあなにをしに来たって言うのかしらね。わざわざ私達の席に座ってまで」

 クロエ先輩渾身の追い打ち。対するグレイは無言でコーヒーをすするしかない。助け舟を出してあげたいが黙ってた方が面白い気がする。


「男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったものね。そんなにエルに負けたのが堪えたのかしら。ずいぶんな変わりようじゃないの。今の貴方、可愛いわよ」

「……そう言うお前こそ、ずいぶんな変わりようじゃないか。そんなに笑顔を振りまく性格だったか? 誰にでも尻尾を振るメス犬みたいだぞ」

「誰にでもは振らないわよ。私はエル以外の相手には振らないわ」


 ここでまさかのキラーパス。事の推移を見守っていた俺に注目がいく。


「たしかに、エルと戦ったことで俺は変わったのかもしれないな。だが、俺は決して心配などしていない」

「認めないわね。貴方がどう言っても状況が物語っているのよ。諦めなさい」

「いいや認めない。俺は俺のために行動しているに過ぎない。ここに来たのもたまたまお前達の姿を見つけたからだ」

「ピンポイントでショコラに来るなんてとんでもない偶然があったものね。場違い感すごいわよ、貴方。そんないかつい見た目した客、他にいるかしら?」


 口を開けば開くほどボロが出る。ひょっとしてグレイが無口なのって口下手だからなんじゃなかろうか。


 いよいよ旗色の悪くなったグレイは残ったコーヒーを一息に飲み干して、「もう用は済んだ」と言って伝票片手に去っていった。


「なかなか責めますね、先輩」

「こんな時じゃないとやり返せないもの。彼には今まで散々煮え湯を飲まされてきたから、少しはやり返さないと気が済まないわ」

「ははは……なんだかグレイとやり合ったのが懐かしいですよ。やっぱり、本気でぶつかると少しはわかり合えるもんなんですかねえ」

「なにほだされてるのよ。いい? 今の貴方が感じてる感情は、不良がちょっと良いことをしたからこの人実は良い人なんじゃないか、っていうものよ。グレイの本質はならず者よ。忘れてはいけないわ」


 たしかにいかつい見た目した不良が捨て猫を拾ってたりすると実はイイヤツなんじゃないかって思ってしまう。そう言われてしまうとそれで終わってしまうが、案外グレイも悪いヤツじゃないんじゃないかなあ。先輩のネックレスを狙ったのも実は理由があったりして……なんて、口に出したら先輩に怒られるな。


「まあでも、本気でぶつかってもわかり合えそうにない奴もいますけどね。ジョージとか」

「彼はそのタイプでしょうね。性根が腐っているもの。親の力を利用してのし上がろうとするでもなく、七光で威張り散らしているだけだもの」

「ですね。流石に昨日の一件は許せないです。あれで完全にこいつとはわかり合えないって完膚なきまでに理解させられました。それまでは、なんだかんだ言ってもわかり合えると思ってたけどアイシャに手を出したのは俺の中で譲れない一線でした」

「貴方人が良すぎるのよ。誰彼構わず助けようとするし、すぐに人を信用するんだもの。いつか痛い目を見るわよ?」


「そん時はそん時です。自分のケツは自分で拭きますよ」

「今回の件、私達も助けてあげてることを忘れないように」

「あ、そうでした。ははは、すいません」

「はあ、そこがエルの良いところでもあり悪いところでもあるわね。やっぱり、貴方の側には誰かがついていないと不安だわ。アイシャの苦労がわかるというものね」

「そんなに人に頼ってるつもりはないんだけどなあ……」

「貴方はそうかも知れないけど、すぐ側で見てる私達からしたら危なっかしくてしょうがないの。まるで赤ちゃんの面倒を見てるみたいだわ」

「赤子扱いは酷いですよ」


 チューっとストローでグラスの中身を吸う。オレンジジュースを頼んだのだが、すっかりと氷が解けてしまって味が薄くなってしまっていた。店員に新しいものを注文する。


「俺ちゃんさんじょう~」


 のんびりと注文の品を待っていると、フレッドが他のメンバーを連れて現れた。サーシャはアイシャの治療で共に不在だが、これで今集まれるメンバー全員が揃った。


「ずいぶん早かったな。約束の時間より30分も前だぞ」

「生徒会が思いの外早く終わってな」

「しっかりとお嬢様方のエスコートをこなしたぜえ」

 ふざけて言っているのだろうがリッカは本当にいいとこのお嬢様だから困る。


「あたしも魔導具作りのキリがよかったからねー」

「俺達の魔導具作成は順調なんですか?」

「エルくんとフレッドくんのはもーちょいで完成かなー。その時をお楽しみに」


 席についたフレッド達は各々注文をした。今回集まったのは他でもない、ジョージの件で進展があるというフレッドの話を聞くためだった。


「で? 話ってなんだよ?」

「まーそー慌てるでない。良いニュースを2つ程持ってきてやったぜ。一個はジョージの野郎関連、もう一個はエル、お前が喜ぶことだ」

「俺が喜ぶこと?」

「そ。お前この間アイリちゃんに手紙出したろ? たまたま自治会に用事があったからそん時にお前宛の手紙を持ってきてやったのよ」


 なんてことだ。これはたしかに俺大歓喜だ。ウチの学園は、通常外部からの届け物は一度自治会に集められて、そこから各自の元へと渡るシステムになっている。フレッドは自治会から配達されるまでの時間を短縮してくれたのだ。ありがたいぜ。


「でかした! ぜひ手紙を見せてくれ」

「ほいほいっと」


 フレッドは懐から手紙を取り出した。そこで、俺にとって特大級の不幸が発生した。

 突風が来てフレッドが手にした手紙が風に乗って飛んで行ってしまったのだ。


「バカ野郎! 大切に扱え!」

「わ、悪い悪い。そんなキレんなよ。今拾ってくるから」

「いやお前に任せておけない。俺が行く」


 ここまでならただの不幸な一幕で終わっていた。だがこれは、ただの不幸ではなく「特大級」の不幸だった。

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