第21話

「ただいま」

「おかえりー。早かったね。もっと遅れるかと」

「ああ、まあな……。——今、大事な話をしても大丈夫か?」


 俺は帰ってきて早速結衣に話を切り出した。


「え? 別に大丈夫だけど。どうしたの? 急に改まって」


 結衣は俺の言動を少し不審に思っているみたいだ。

 でもそんなことを気にしている場合ではない。

 俺は一つ大きな深呼吸をしてから口を開いた。


「結衣、俺と付き合ってくれ!」


 ようやく言うことになった言葉。俺が結衣を好きという感情を、気づかないフリして絶対に言わないと思っていた言葉だ。


「…………」


 その言葉を聞いた結衣は唖然としていた。しかし少しすると正気を取り戻して、言葉を発した。


「い、いきなりどうしたの? じょ、冗談、だよねー……。あははー……」


 結衣は顔を真っ赤に染め上げてそう言った。明らかに動揺している声。


「いや。これは本気だ。もちろん嫌だったら断ってくれても良い。これは幼馴染の笹原結衣じゃなくて、一人の女性の笹原結衣に言ってる」

「そ、そんな……」


 言ってる俺はとても恥ずかしいし、結衣もずっと恥ずかしそうにしている。今にも逃げ出したいくらいだ。


 でも俺は絶対に逃げない。ここまで送り届けてくれた聡太のためにも。

 俺がしんどい時にずっとそばにいてくれた結衣を幸せにするために。


「どうだ? 付き合って、くれるか?」


 俺は結衣にそう問いかけた。

 結衣の瞳が揺らぐ。どうしたら良いのかわからない感じで、俯いた。しかし下を向いていた結衣は、こっちを向いた。


「駄目だよ! 私が一緒にいたらまたけいくんが壊れちゃうかもしれない。今はこうやって一緒に入れてる事が奇跡なんだよ……」


 結衣の言葉がどんどん弱くなっていった。


「結衣は俺のことが嫌いか?」


 俺はさっきの結衣の言葉を聞いて、そう結衣に訊いた。


「嫌いなわけない! 大好き! この世界の誰よりもけいくんのことが好き! でも、だからこそ大事に想ってるからこそ、付き合えない」


 俺の問いかけに結衣は今日聞いた中の、どんな言葉よりも強い口調でそう答えた。


「結衣は俺のことが好き。俺は結衣のことが好き。それだけでいいじゃないか。俺が壊れる? そんなわけない!  誰よりも好きな結衣のことを悲しませることだけは絶対にしない!」


 俺が結衣の目を見て、今までで一番真剣な顔でそう答えた。

 そのあと落ち着いたトーンで続けた。

 

「俺はあの時のこと結衣のせいだと1ミリたりとも思ってない」

「何で! 私のせいにさせてよ! あの時のけいくんが避けてた理由も気づかずに、私は自分の自己満で近づいて、結果けいくんを倒れさせた。私もけいくんをいじめてた奴らと同罪なんだよ」

「それだけは違う!」


 結衣の言葉を俺は否定した。あいつらと同じ? それだけは絶対にない。


「結衣はあいつらとはまったく違う。あの時の事で罪悪感を一番感じてる結衣があいつらと一緒であっていいはずがない!」


 俺をいじめてた奴らは俺が倒れた後、いじめはしなくなった。死なれたら困るからだろうか。でもかわりに結衣に近づいていたらしい。


「結衣は俺をいじめてた奴に言い寄られても、頑張って耐えてくれた。俺がまたいじめの対象にならないように。本当は吐き気がするほど嫌だったのに」


 結衣は俺が倒れたことによる罪悪感と、言い寄られたことによるストレスで体調をよく壊すようになった。


「当たり前だよ! もしそれで本当にけいくんに死なれたら、私は立ち直れない。自殺だってしてたかもしれない。それに比べたらあれくらいの辛さなんて」

「それなら俺も一緒だ。結衣が死ぬくらいなら俺が犠牲になる。そういう人間なんだよ。俺たちは。どっちかが居ないと生きていけない」

「それは、そうかもしれないけど、でもやっぱり……」


 そこで結衣が言い淀む。


「俺はもう一生壊れないし、結衣も壊さない! それだけは絶対に約束する」

「…………」

「俺は、俺は絶対に結衣のことを幸せにする」


 俺は結衣に向かってそう囁いた。


「でも……」


 結衣はまだ迷っていた。


「もう俺たちを苦しめる奴なんていない。あれで終わりなんだよ。あそこまで悲しい思いをした俺たちが幸せになって何が悪いんだ!」

「けいくん……」


 俺が言った言葉に結衣は一言そう呟いて決心したようにこちらを見た。


「けいくん、もう大丈夫なんだよね」

「ああ」

「もう邪魔する人なんていないんだよね」

「ああ」

「私はあの日からどんなことがあっても、けいくんのことを幸せにするって決めた。どんな形であれ。私以外とくっつくことになっても」

「うん」

「こんな私がけいくんとくっつくなんて卑怯だと思ってた」

「俺もだ」

「でもこんな私でもけいくんのことを好きになって、けいくんの彼女になってもいいのかな」

「当たり前だ」


 結衣の言葉を聞いた俺はもう一度最初の言葉を言った。


「結衣、俺と付き合って、くれるか」

「うん」


 その返事を聞いた瞬間まぶたが熱くなった。俺はそれを隠すように結衣の背中に手を当てて引き寄せた。


「結衣。今までありがとう。そしてこれからも、よろしく」

「けいくん、けいくん」


 結衣はもう大きな声を上げて泣いていた。

 そして俺が結衣を引き寄せた時に結衣もそっと俺の後ろに手を回した。

 その時感じた。結衣の暖かさを。結衣の優しさを。全てを感じることができた。


 俺はそのまま泣いている結衣を抱きしめていた。長い間ずっと。結衣が落ち着くまで。そしてこの結衣の暖かさを忘れないために。

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