第14話ですわ!



「!」

「? ハイル様?」


 突然、前を歩いていたハイル様が立ち止まる。

 先ほどまでニコニコとしておられたのに、険しい表情……。

 なにかあったのでしょうか?

 不思議に思い、暗がりの奥を目を凝らして眺める。


「! あれは……スライム、ですか?」

「ああ、だが大きい。大きすぎる……! 恐らくこの洞窟のボスだな」

「ま、まさかスライムがボスだなんて……」


 それに、松明の光で蠢くシルエットはなにやら黒い。

 えぇと……黒くて大きいスライムというと……。


「ブラックビッグスライムですわね」


 闇属性の大型スライム……はい、名前のまんまのやつです!

 ですが防御力がとても高くて、特に魔法を覚えていないビギナーさんはまず勝てませんわ。

 スライムは基本的に打撃攻撃を無効化、斬撃攻撃も『ビッグ種』になると無効化してしまいますの。

 先程ビギナー向け『スライムの森』があると言いましたが、あの森のスライムは全て同一の『ヨエースライム』というスライムがスライムになる時に脱皮した時のカスが魔力を持って動き出し、その森に引き寄せられたもの……という設定なので物理攻撃でも倒せる檄弱スライムなのです!

 なにを言っているか分からない?

 考えないでくださいまし、感じてください!

 ともかく、スライムを含め通常サイズより巨大なものは『ビッグ種』として括られ、大体ステータスも倍。

 モンスターの種類によってはトップクラスのプレイヤーがレイドを組んで一時間以上かけて挑まねば勝てない……レアボスやイベントボス、フィールトボス、このようにダンジョンボスとして現れますのよ!


「……退こう。あれは俺たちだけでは勝てない」

「はい、そうですね」


 賢明なご判断ですわ、ハイル様!

 わたくしも同意見です。

 魔法はハイル様も多少……初級が使えると思いますが……あのブラックビッグスライムは初級魔法では多分ビクともしませんわ。

 武器に魔法効果を付与する『付与魔法』スキルを覚えて、ようやく、でしょうか。

 それにしても『小さな洞窟』にあんな危険なボスモンスターがいるなんて……。

 少し奥に来すぎたのでしょうか?


「ふっふっふっふっ……見つけたわよ……」

「「!?」」


 なんですの!?

 この不穏な声は……!

 この洞窟にはわたくしたちしかいないはず!


「誰だ!」

「私ですよ!」

「エルミーさん!」


 なぜここに!?

 今日はログインされていましたのね!

 え? ではエルミーさんは普通に学院に行かなければいけないのでは?


『ヴル……』

「! しまった! 気づかれた!?」

「きゃっ」

「え? わあ! なにあれでっかいスライムー!」


 はっ!

 そうですわ、エルミーさんは初心者だから『ビッグ種』の危険をまだよく分かっていないのですわ!

 いけませんわ、いくらビギナー用ダンジョンのボスとはいえ『ビッグ種』は『魔法』スキルを覚えていないと倒せません!


「逃げるぞ! 君もだエルミー・ミュリーア!」

「男に命令されてもねぇ……」

「な、なにを仰ってるんですか!? ビッグ種は通常のモンスターより強いので今のわたくしたちでは勝てません! 早く逃げましょう!」

「キャリーたん、命令して!」


 本当になにを仰っているのでしょうか〜〜!?

 どなたかエルミーさんと会話するコツをお教えくださいませ〜!


『ヴァルルルルルルゥ〜〜!』

「きゃああぁ!」

「くっ! しまった! キャリー、走れ!」

「エルミーさんが……!」

「彼女は『プレイヤー』だから大丈夫だ!」

「!」


 え、ハイル……様?

 なぜ……貴方もその事を……?


「早く!」


 ハイル様に手を引かれ、突然現れたエルミーさんをボスモンスターのいる広場に置き去りにしてわたくしたちは狭い通路まで戻ります。

 ですが、ほ、本当に良かったのでしょうか……エルミーさん……確かにあの方はプレイヤーではありますけれど……でも……。


「はあ……はあ……」


 あ…………あれ?

 わたくしは……?

 頭が、痛い?

 ぼんやりとかかってた靄が、薄れるような感覚。

 わたくしは、誰かと冒険していたのですわ。

 このゲームの中で。

 その方をとても大好きでした。

 とても、とても……とても……。


「…………っ」


 な、に?

 わたくしは、なにを忘れているのでしょうか?

 わたくしは、忘れている。

 そうです、とても大切な事を、わたくしは忘れています!

 思い出したい!

 でも…………でも思い出したらわたくしは……!


「キャリー!」

「!」

「っ……、……しっかり。大丈夫だから」

「…………、……は、はい」


 ……まだ、ぼんやりと霧がかかってるようですわ。

 でも、わたくしはなにかを忘れています。

 それを、思い出しましたわ。

 これは思い出した方が良いのでしょうか?

 いえ、きっと思い出すべきですわ。

 ……それに、まさかハイル様も『NPC』であるご自覚があったなんて……。


「とにかく、ここまでくればあの大きさだ、ブラックビッグスライムは追ってこれないだろう」

「は、はい。そうですわね」


 エルミーさん、大丈夫でしょうか?

 どうしてチュートリアルである学院の授業を放り出して、ダンジョンに来てしまったのでしょう?

 いえ、ダンジョンに挑戦する事自体は可能ですわ。

『ディスティニー・カルマ・オンライン』は自由度が高いので、チュートリアルだからって拘束されませんもの。

 プレイヤーさんは自分の受けたい授業を受けて、スキルを習得していきます。

 試したければ、近場のダンジョンやフィールドでモンスターと戦う事ができますが……なるほど、エルミーさんはそのタイプのプレイヤーさんだったのですね。


「エルミーさん、大丈夫でしょうか……いくらなんでも今の時点で『ビッグ種』に挑むのは無謀ですわ」

「そうだな。だが、自業自得だ。痛いのが好きだとか、気持ちの悪い事を言っていたしダメージを受けて喜んでるんじゃないか?」

「ハ、ハイル様はエルミーさんが心配ではありませんの?」

「まったく?」


 ええぇ……?

 ハイル様、ご自分が『NPC』であるとご自覚あるのでしたら当然『役割』も自覚しておられるのでは?

 なんて冷たい言い方をなさるのでしょうか?


「……!」


 いえ、違いますわ!

 エルミーさんはわたくしに「罵って!」「詰って!」「罵倒して!」「気持ち悪いものを見る目で見下ろして!」と仰います!

 ハイル様の今の眼差しやお言葉は、エルミーさんが望んでおられるまさにそれではありませんか!?

 そ、そうか……そういう事でしたのね!

 ハイル様はエルミーさんの好みに合わせた対応をしてらっしゃるんですわ!

 さすがハイル様!

 NPC王子の鑑ですわ〜〜!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る