お姉ちゃんの友達と付き合いたい

たんつ

お姉ちゃんの友達と付き合いたい

「お姉ちゃんの友達がほしい」

「……お姉ちゃんがほしいってこと?」

 母がおそるおそる聞き返す。

「違う」

 違う。断じて違うのだ。しかし、平日の朝、それを母に説明するほど時間の余裕はない。早々に会話を切り上げ、食パンをさっさとたいらげる。急がないと遅刻だ。

「いってきまーす」

「お弁当忘れてるよ」

「あ、靴履いちゃったから玄関持ってきて。早く!」

 そんな微笑ましい親子のやりとりをした後、僕は学校へと駆けていった。そう、僕は中学生なのだ。

 しかし、難しい。「お姉ちゃんの友達と遊びたい」というのは極めて難しい問題だ。母が困惑するのも分かる。そもそも、僕にはお姉ちゃんが存在しないのだ。つまり、お姉ちゃんの友達などまさに夢のまた夢。絵に描いた餅に描いた餅だ。

 漫画やアニメの悪役は、欲しいものは力尽くでも必ず手に入れる、なんて言うけれど、いくら筋トレをしても、法に触れる手段を選んでも、お姉ちゃんが後から生まれてくることはない。言ってしまえば僕のこの夢は、ワンピ〇スを見つけることやシェ〇ロンを呼び出すことより遙かに難しいものなのだ。ああ、なんと壮絶な人生。どうしたものか……。


「高木、早く読め」

「難しいですね」

 急に当てられ、つい考えていたことが口に出てしまった。

「難しい訳あるか。102ページの5行目から、はい、早く」

 そういえば今は国語か。考えすぎて何にも聞いてなかった。くそ、教科書の音読なんかより壮大な問題に立ち向かわなきゃいけないってのに。僕は渋々と口を開いた。

「すみません、教科書忘れました」



 昼休み、授業を聞いていないことと教科書を忘れたこと、ついでに今朝の遅刻について職員室に呼び出され、説教。終わる頃には休みは残り10分ほどしか無かった。うむ、とにかく飯を食わねば。

「やっと終わったか。長かったな」

 教室に戻ると、田中がニヤニヤと声をかけてきた。

「うるせ」

 かまっている暇はない。軽くあしらい、弁当を広げ米を口内の容量いっぱいに頬張る。

「難しいですね、はヤベぇよ。さすがに引くぜ」

 僕が無言で咀嚼を続けていても、田中は一人でしゃべり続けた。お前は飯を食い終わって暇かもしれんが僕はまだなのだ。食欲に従順に、無視する。

「何が難しかったんだ、おい。どうせまたくだらねえことだろうけど教えろよ」

 しつこいやつめ。仕方なく、一旦箸を置く。

「お姉ちゃんの友達と付き合いたい。お母さんにはお姉ちゃんの友達と遊びたいって言ったけど、本音を言うと付き合いたい。まあとにかく、お姉ちゃんの友達の彼氏になりたいんだ僕は」

「え、どゆこと、てかそれを親にも言ったの? 引くわー」

 余計なことまで教えてしまった。1週間ほどネタにされてしまいそうだ。クソ。

「お姉ちゃんがほしいのか、お前」

違う。断じて違うのだ。

「みんな言うけどお姉ちゃんなんてそんな良いもんじゃねえぞ。優しくしてくれる-、とか思ってんのかも知んねえがそんなことね」

「違う」

自分が言葉を言い切る前に食い気味に否定され、お手本のような「は?」の顔を浮かべている田中に向けて僕は続けた。

「違うんだよ、田中。僕はお姉ちゃんが欲しいわけじゃないんだ。確かにお姉ちゃんが欲しいと思ってた時期もあった。けどそれは小学生の頃だ。実際お姉ちゃんがいるやつ、例えばお前とかの話を聞いてると優しく甘えさせてくれたりする存在じゃなくて実の弟には厳しくて怖いんだってことくらいもう分かってるんだよ。じゃあどうしようって考えた時に思ったんだ。お姉ちゃんの友達って最高じゃんって。実の弟じゃないからそんな怖く接してこないしそのくせ初対面でも「友達の弟」ってだけで警戒心無く接してくれるし、「弟君可愛いじゃーん」とか言っていじってきたり、ちょっと挨拶しただけで「しっかりしてるね、えらーい」って褒めてくれそうだし最高のお姉さんって感じじゃん。しかもお姉ちゃんとはさすがに付き合えないけどお姉ちゃんの友達なら何の問題なく付き合えるしそしたらデート行ったりして……」

「分かった。分かったから。確かにお姉ちゃんの友達っていいかもな。ところで今日スマブラやらね?」

「え、買ったの?」

「買った。キャラ出し手伝えよ」

「もち。最高だな」

 なんだか露骨にはぐらかされた気がするが、スマブラの魅力には勝てない。楽しみ過ぎるぞおい。

「キーンコーンカーンコーン」

「はーい席つけ、始めるぞ。おい高木、さっさと弁当しまえ」

 チャイムと同時に数学の橘が来てしまった。結局全然食えてないじゃん……。



「お前のピカチュウずるくね」

「ずるくないよ、僕が上手いだけ」

 放課後、約束通り田中の家でスマブラに興じた。やっぱり楽しすぎる。このゲームを考えた人はどんな人なんだろう。こんなゲームを作ってしまったらお金も相当手に入るに違いない。相当ゲームが好きな人だろうし、会社なんてもうやめて遊びながら生きているのかな。いいなぁ、僕もそうなりたい。でももしそうなって、お金がいくらあっても、遊びながら生きられても、お姉ちゃんの友達と付き合うことは叶わないんだよなあ。お姉ちゃんがいないんだから。あ、メテオ喰らった、クソ、集中しよう。


 ガチャッガガガタン。急に玄関が騒がしくなりビクつく。

「あぁ、姉ちゃんが帰ってきたな。いっつもガチャガチャうるせえんだよ、あいつ」

ちょっとした音でビクついたのがバレたのか、田中は画面への集中を全く乱さず教えてくれた。

「なに、誰か来てんの? 知らない靴あってビビったんだけど」

 そう言いながらお姉さんは田中の部屋に入ってきた。

「あ、ゆうやの友達?」

「あ、こんにちは、高木ですお邪魔してます」

「こんにちはー、ちゃんと挨拶できるなんてえらいじゃん、ゆうやと違ってしっかりしてるー」

「うるせえどっか行けよ姉ちゃん」

「あ、ピカチュウ使ってるじゃん好きなのー?」

「あ、はい。けっこう好きっすね」

「えー私も-。今映画やってるよねー。今度行こっかー」

「え、い、行きたいっす」

「うん、行こ行こー。あ、電話、じゃねー」

「あ、う、うす」

 僕がしどろもどろしているのを気にも留めず、やほー、どしたのー、などと言いながらお姉さんは去って行った。

「やっとどっか行った。いちいちめんどくさいんだよな、挨拶くらい俺だってできるっつのによ。さ、もう一戦やろうぜ」

「あ、あぁ、おう」

 次はキャラを変えるつもりだったが咄嗟にピカチュウを選んでしまった。

「またかよお前」

 田中が半ばあきれた口調だったが、そんなのはもう気にならなかった。

 盲点だった。壮絶な人生なんて歩まなくても大丈夫だ。お姉ちゃんの友達なんて必要なかった。友達のお姉ちゃんでいいんだ。僕は弟の友達な訳で、初対面でも警戒心はもたない。しかも弟への怖い態度ではなく優しいし、挨拶すれば褒めてくれるし最高だ。お姉ちゃんの友達となんの遜色もない。しかも渋谷? 今度行こ? 僕と? もうデートじゃん付き合うじゃん。結婚までもあり得るな。そうなると僕は隣のこいつと家族になってしまうのか。うむ、まあそれくらいは許容範囲だ。むしろ田中と一緒に住めばスマブラだっていつでもできる。良いことずくめだ。ふむ、未来の奥さんの兄弟な訳だし、ちょっと接待プレイに切り替えた方が良いかな。この一戦は負けてやろう。

「っしゃ勝ちぃ! やっぱ何回も使われると慣れてくるわ」

 田中は勝ち誇った顔で自分の勝利に酔っている。くそー、悔しー、などと適当にあしらっているとまたもやドタドタと音が近づいてきてビクついた。

「あ、高木くーん、さっきの映画の話なんだけどぉ」

 扉の方を見るとおしゃれ着を着こなしたお姉さんに見とれてしまった。

「あ、う、いつ行きましょういつでもいけます僕は」

「今から別の人といくことになっちゃった、ごめんねー」

「え、あ誰で、すか」

「んー、まあ彼氏。ふふっ、じゃね」

 ウインクしながらそう言って、お姉さんは出掛けてしまった。

「たく、いちいち報告しなくていいっつの。わりいな、うるせえ姉ちゃんで」

「あ、お、う、そだな」

「さ、もう一戦やろうぜ! そろそろピカチュウやめろよ」

「あ、僕帰るよ、用事思い出した」

「は、なんだよ用事って」

 困惑する田中に、とにかく帰らなきゃなんだ、とだけ言って僕は田中の家を後にした。

 ああ、なんだ。お姉ちゃんの友達は無理だし、友達のお姉ちゃんも結局無理じゃん。あぁ、もうお姉ちゃんとかお姉ちゃんの友達とか友達のお姉ちゃんとか、そんなのどうでもいいや。

「ただいま」

「おかえり早かったね、ってどうしたの暗い顔して」

 もう何でも良いからとりあえず

「っあー、彼女欲し」

 心の底のその声は、小さく外界へと抜け出した。

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