第256話 恐れず強く

シスター・ミュージーの依頼を達成して、無事に本院に送り届けることに成功した俺たちは、再び包囲を突破してここから脱出することを考えていた。


「包囲を突破したばかりですから、やはり相手もかなり警戒しているようですね」

「そうだな……俺と清音だけならなんとかなると思うけど、ブリュンヒルデとトリスが付いてこれるか心配だ」

「やはり、警戒が緩むまで待ちましょう」


それほど長居するつもりはなかったけど、安全を考えて少しの間このアリス大修道院の本院で待機することになった。シスター・ミュージーとマザー・メイサは俺たちのその判断を歓迎してくれる。


「少しの間でもここに滞在してくれるのでしたら、こんな心強いことはございません。先ほどのお礼もできると思うと嬉しく思います」


「そうだ、シスター・ミュージー。みなさんを聖泉へご案内さしあげたらどうですか」

「それは良い考えです、マザー・メイサ。さあ、みなさん、お疲れでしょう。こちらへどうぞ」


そう言って、シスター・ミュージーは俺たちをどこかへ案内してくれる。聖泉とか言ってたけどなんだろう。


案内してくれたのは本院地下にある広い大浴場であった。ギリシャ神殿を思わせるような石造りの壮大な地下空間に、大きなプールのような感じで湯が満たされている。モクモクと上がる湯気から程よい湯加減が予想できた。


「ここは何もないところですが、アリス様のご導きか、豊富な湯量の温泉が湧いております。疲労にとても効果のある温泉ですので、どうぞ旅の疲れをお癒しください」


俺も日本人からなのか、温泉は大好きだ。遠慮なく入らせて貰おうと思ったのだけど……

「あの、シスター・ミュージー。もしかしてここって混浴ですか」

俺と同じ疑問を感じたブリュンヒルデがそう尋ねる。

「はい。この本院には普段は男性はいませんので、男女別という概念がございません」

なるほど、確かに普段、男性がいないのなら男女別の浴場作る必要はないな。


「それなら交代で入らせて貰おう。俺とトリスは外で待ってるから、清音とブリュンヒルデが先に入れよ」

「ありがとう、勇太。ブリュンヒルデ。お言葉に甘えて、先にいただきましょう」

「はい、師匠!」

どうやらブリュンヒルデも温泉が好きだったようで、嬉しそうに返事をした。



俺とトリスは地下温泉の入り口にある部屋で、シスター・ミュージーとお茶を飲んで清音たちが温泉からあがるのを待っていた。お茶が不味いのか温泉が嫌なのか、なぜかトリスが少し不機嫌だ。


「どうした、トリス。温泉が嫌いなのか?」

「違いますよ……勇太さんが余計な事をいわなければ、師匠と一緒に温泉にはいれたんじゃないかと思ってるだけです……」


予想以上に邪な理由にあきれる。

「いや、俺たちと一緒に入ろうと言っても、清音は普通に嫌がると思うぞ」

「そんなことわからないじゃないですか! この状況なら仕方ないと、入ってくれたかもしれません!」

清音は実の親父が風呂に誘っただけで剣で斬りつけるほどだ。命が惜しければそんなこと考えない方がいいと思うけどな……。


「勇太さん、少し聞いてよろしいですか」

不意にシスター・ミュージーがそう言ってきた。

「はい。俺に答えれることなら」

「清音様とはあの天下十二傑の剣皇清音様ですよね」

「そうだけど」

「やはりそうでしたか……そうなると、勇太さんたちは剣豪団の方なのですか?」

「いえ、俺は違います。けど、トリスは元剣豪団ですよ」

「元と言うことは……」

「もう、剣豪団は解散したんです」

「そっ、そんな!」

シスター・ミュージーがあまりに驚いているので理由を聞いた。

「どうしたんですかそんなに驚いて」

「はい。実は横暴なヴァルキア帝国に対する為に、大陸の各国に働きかけを行おうと思っているですが、やはり相手は三強国の一角。武力的にも外交的にも助けてくれる国は限られているでしょう。ですから、国家だけに頼らず、三強国をも恐れぬ無国家組織へも助力のお願いをしようと考えていました。その中でも一番、頼りにしていたのが剣豪団だったのです」


確かにオヤジだったらヴァルキア帝国を恐れることもないし、アリス大修道院からの助力の願いがきたら断ってないかもしれない。

「剣豪団以外に、国家でもないのに三強国に対抗できるとなると、後はラドルカンパニーくらいじゃないっすか?」

話を聞いていたトリスがそう言う。


「ラドルカンパニーはそれこそ完全中立勢力です。自分に害が及ばない限り他の組織の為に動くことはないでしょう。やはり、ヴァルキア帝国を恐れず、強い力を持っていている傭兵団が理想です」

「そんな傭兵団は剣豪団以外にあるわけない」

トリスは完全に否定したが、俺はそんな傭兵団に一つだけ心当たりがあった。


「一つだけ、その条件に合った、剣豪団に負けず劣らずの傭兵団を知っているよ」

「ほっ、本当ですか! それはいったい!」

シスター・ミュージーは藁にもすがるような感じで俺の話に飛びついて来た。


「無双鉄騎団──俺の所属する傭兵団だ」

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