第138話 ピンチの時には/ラネル

私は必死に逃げた──後ろを振り向くこともなく、森の中を駆け抜けた。


後ろから追ってくる気配がなく、逃げ切れたかと思ったが、やはりそう甘くはなかった。前方から十機ほどの敵の部隊が現れる。その部隊はさっきまでの敵と明らかに雰囲気が違った。全機が揃えたように真っ黒のボディをしていて、そして胸には共通の赤い兎のシンボル──噂には聞いたことがある、ルジャ帝国、死の黒兎、第七魔導機兵団……ルジャで一二を争う最強部隊が今、私の目の前にいる。


まともに戦って勝てる相手ではない、私はすぐに別ルートの逃げ道を探った。見ると左手に滝があり、険しいがその横の斜面から山上へと逃げれそうだった。悩んでいる余裕はない、私は左手へと駆け出した。


すでに黒兎には私の存在は認識されている。大きく旋回して、レアールを取り囲むように接近してきた。囲まれる前に滝を目指して加速する。


しかし、やはり黒兎の名は伊達ではなかった。機動力には自信のあるレアールだが、滝下で三機の黒兎に追いつかれる。


勝てはしないだろうが、なんとか逃げる隙を作る為に剣を抜く。最小限の動きで目の前の黒兎に剣を突き立てる。だが、レアールの剣は簡単に弾き返された。


すぐに黒兎はその牙を向けてくる。黒塗りの武器で容赦ない攻撃を仕掛けてきた。最初の大きな剣の一撃は体をかがめて辛うじて避けることができたが、横から突き出された長い槍はレアールの肩を貫く。鈍い衝撃に小さく悲鳴を上げた。


左肩の駆動部分を貫かれ、左手がうまく動かない。私は剣を振り回しながら山陰に逃げようとした。だが、背中に鈍い衝撃が走る。その重い一撃に前のめりになり、そのまま頭部から地面へと転倒した。


すぐに起き上がろうと体を起こすが、目の前に飛び込んできたのは絶望的な状況であった。黒い魔導機が二十機以上……すでに完全に包囲され、逃げ道すら見当たらない。黒兎は黒光する武器を構えて、すぐに私を葬る為に動いてきそうであった。


もうダメだ……


絶体絶命のピンチ、私の意識は暗い闇の中に落ちるように黒く塗りつぶされていく……そんな闇に落ちる中で、私は少し前にした渚との会話を思い出していた……


──でもね、そんなどうしようもない奴だけど、私がピンチの時は必ず現れるのよ、そして私より弱いくせに、いじめっ子に向かっていくの──


渚はその好きな人を思い出しながら嬉しそうに話していた。私にはそんな存在は今も昔もいない──正直、羨ましいとすら思っていた。


私にもピンチの時に現れるそんな人がいたら……


無駄な妄想だが、渚の好きな人と同じように、私がピンチの時に颯爽と現れる私だけの英雄……そんな人がいたら──


黒兎たちが武器を振り上げる──もう、終わりだ、みんな……ごめん……


その瞬間、剣を振り上げた黒兎の剣が、腕ごと吹き飛ぶのが見えた。強烈な熱風のような気配が嵐の日の風のように吹き荒れたように感じた──そして、瞬きした間に、私の前には白い影が現れていた。


白い魔導機……


白い影は一機の白い魔導機であった。現れたその白い魔導機から外部出力音で声をかけられる。


「おい、そこの倒れてる魔導機、確認するけど、アムリアの人間であってるか?」


私は呆然としていて思考が遅れる。少し間を置いてしどろもどろに返事をする。

「は……はい!」

「よかった〜、ピンチそうだからとりあえず助けたけど、敵だったらどうしようかと思ったよ」


「あっ! 危ない!」

話をしている隙に、黒兎たちが白い魔導機に攻撃を仕掛けた、それが目に入って思わず声をかけたのだが余計なお世話だったようだ。白い魔導機は不意をついてきた敵の攻撃を軽く避けると、細身の剣でその敵機を簡単に貫き倒す。


「とりあえず、そこにいて、敵を片付けるから」

そう簡単に言うが、どう見ても白い魔導機は単機にしか見えない、いくらなんでも一人で、二十もの黒兎を倒すのは無謀である。無茶なその言葉に声をかけようとしたが、白い魔導機は掻き消えるような速さで動き出す。


白い魔導機は信じられないことに、あの黒兎を速さで圧倒していた。さらにパワーでは遥かに凌駕しており、小さな短剣の一振りで、黒い大きな機体がバラバラに吹き飛んでいる。物凄い勢いで黒兎は駆逐されていき、簡単に言った言葉の口調のままに、有言実行しそうであった。


無駄のない渚とは別種類の超人的な動き、力強く、直線的な男性の動作に胸がときめく──


なに……この胸のドキドキは!? 渚の話を聞いてたからだろうか、ピンチを救ってくれている、あの白い魔導機に私は今まで感じたことないほどの異性への気持ちの高ぶりを感じている……一目惚れなんて言葉はありえないなんて思っていたけど、まさかまだ姿を見てもいない男性にこんな気持ちになるんなんて……私は大きな戸惑いを感じていた。

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