汚醜

涼風歌

汚醜

 頭が重い。

 自分はいつ生まれたのか。

 今まで何をしていたのか。

 何故この場所に居るのか。

 考えようとしても頭の中は靄がかかっているようで、はっきりとしない。


 足元には茶色い土。

 輝きのなくなった革靴と汚れたスーツ。今はもう新品の状態さえ思い出せない。

 歩く意味を見出せず、その場にしゃがみ込む。

 雨が降っていたのだろうか、土の匂いが近い。

 ――貴方、醜い顔してるわね。

 ふと、自分に掛けられた言葉を思い出す。今日だったか、昨日だったか。もっと昔のことだっただろうか。

 ――それに、そんなに身長が高くて。貧相な身体ね。

 そうか。

 自分は身長が高いのか。貧相な身体なのか。

 でもそれ以上のことは何も分からない。

 自分が一体どれほど醜い顔をしているのか、どのような姿なのかを知らない。

 知ったら後悔するだろうか。

 そもそもどのようにして確認するのだろうか。


 手だ。

 手があったことを思い出し、そっと顔に触れてみる。

 ざらざらと、ぼこぼことしていて、あまり気持ちの良い感触ではなかった。

 なるほど、これならば醜いと言われても仕方ないか。

 妙に納得して、立ち上がる。

 触るだけでは満足できず、自分の姿を直接確認せねばならないと思った。

 何処に行けばよいのだろう。

 汚く、少し重い革靴を左右交互に動かし、一歩一歩確かめるように歩を進める。


 「なんだい、そんなに地面ばかり見つめて」

 肩に手を置かれて、ゆっくりと振り向く。

 ポラロイドカメラが首を傾げている。中央のレンズがこちらを見ていた。

 何度か似たような顔を持つ者に会ったことがある気がする。

 「ほら、顔をあげたら立派じゃないか。大層綺麗な顔を持っているね。もう大分使い古されてはいるけれど、どれ、一枚撮られてくれないかい?」

 言っている意味があまり理解出来ず、流れのままに頷く。

 カメラは何が面白かったのか、乾いた笑い声をあげる。

 一瞬顔を手で覆ったかと思うと、掌を返して一枚のフィルムを手渡してくれた。そこには何も描かれていない。

 「しばらくすれば見えるようになるよ。きっと驚くはずさ」

 ポラロイドカメラはそれだけ言うとくるっと身を翻し、手を振りながら去ってしまう。


 言われた通り、そのままじっと待つことにした。

 そういえば何度かカメラを向けられたことがある。それはそこにある空間を切り取り、手元に残しておくことのできる機械だ。

 レンズがこちらを向いていたということは、きっとこのまっさらな四角の中に自分の姿が写し出されるはず。

 醜い顔と出会うかもしれない緊張と、綺麗な顔と出会うかもしれない期待が混ぜこぜになる。

 どれだけ待っていただろう。ふとまた手元を見ると、そこには大輪の花が咲いていた。

 汚いスーツを身に纏う、それに不釣り合いなほど鮮やかな黄色の花。

 黒っぽい中心部から幾重にも重なって花を広げるその姿に、顔の感触を思い出し、重ねる。

 あぁ、そうか。

 これが探し求めていた己の姿か。

 すっと顔を持ち上げると、空は眩しい太陽の光とどこまでも続く青色で満ちていた。


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