選ばれた子、選ばれなかった子27
「ふぅ……結婚式ってのは、思ったよりも大変なんだな」
徐林は式が済み、ようやく楽な格好に着替えてからそう漏らした。
同じように着替えた
「本当にそうね。人の結婚式に出るのとは大違いだわ」
「それに、あんなにたくさん人が集まるとは思わなかった」
「それは仕方ないでしょう。新しい村長の結婚式よ?ほとんどの村人は来るに決まってるわ」
徐林は借金を肩代わりしてやった村の村長になっていた。
雹華を連れて帰り、村長を引き受けることと結婚とを伝えたのだ。
村は大騒ぎになった。借金が返せて奴隷にならずに済んだ上に、その英雄を村長として迎えられ、しかもその村長が結婚するという。
めでたいことの連続に方々から歓声が上がり、貧しい村なりの大宴会と結婚式が催された。
(まぁ……まだ資産は少し残ってるからいいか)
村人たちがあまりに喜んでくれるものだから、徐林はいったん好きにさせて後からその
今は式も宴会も終わり、祝辞の嵐から開放されて、ようやく夫婦の寝室でくつろいでいるところだ。
「喜んでくれるのは嬉しいけど……疲れたなぁ」
徐林は寝具の上に体を投げ出し、大きく伸びをした。
鍛えているのでちょっとやそっとのことでは疲れたなどと言わない男だが、こういったことの体力は上げようがない。
無防備にぐったりする夫を見た妻は、クスクスと小さく笑った。
「私たち、出会ってまだ間もないのにもう熟年の夫婦みたい」
「そうかな?」
「そうよ。今の林、すごく気が抜けてるじゃない」
「ああ、確かに」
徐林と雹華は出会った日にしばらく話しただけで、すぐに打ち解けた。
二人とも宗教組織の幹部子女であるにも関わらず、信心などほとんどない。そんな話で盛り上がった。
『雹華さんは熱心な信者から教義の解釈議論とか求められたことありません?』
『ありますあります!お父様のことを考えたら適当なことも言えませんし、参りますよね』
『そういう時ってどうします?』
『なんとかしてお茶を濁しますね。適当な相槌を打って、「こうやって議論することで教えが昇華されていくんでしょうね」とか言って』
『以前にそれをやったら、次の日に長文の自作解釈を書いて来られたことがありました』
『それ一番困るやつ!!』
そうやって二人でケラケラと笑い、すぐに気を許して敬語も取っ払った。
『林』『雹華』と呼び合うと、不思議なほどしっくりくる。会ったばかりとは思えなかった。
そんな二人を司馬倶は複雑な表情で見ていたが、やはり娘が片付いて安心したらしい。
新婦の父など泣く者も多いのに、式の最中も終始ホッとした顔をしていた。
「なんだか雹華は気楽なんだよ。一緒にいて疲れない」
徐林は寝そべったまま、目だけを動かして妻を見た。
妻はそんな夫を微笑んで見返す。
「私もよ。男を前にしたらどうしても気を張っていたけど、林は気楽だわ」
そう言われ、徐林は気になっていたことを聞いてみることにした。
「あのさ、答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど」
「なに?」
「雹華って、なんで男に対してそんなに身構えてるんだ?」
「ああ……」
雹華は少しだけ悩んだが、答えることにした。
今まであまり人に話したことはないが、この人になら話してもいいと思う。
「昔ね、私のお母様が『愛人稼業』って馬鹿にされてたの。お父様がたまにしか来ないのを近所の人たちが見て、そう思われてたらしくて」
司馬倶は一部の部下たちを除き、妻のことを秘密にしていた。当然近所にも素性を秘密にしていたのだろう。
だからそんなことになったわけだが、娘としては母を馬鹿にされるのが我慢ならなかった。
「お母様はお父様に養われるだけじゃなくて、ちゃんと自分でも織物をして稼いでたわ。それなのに『女は男に媚びを売るだけでいい生活できるんだから得な生きもんだぜ』なんて言われてたのよ?もう腹が立って腹が立って」
「なるほどな。それで男が嫌いになったのか」
「男が嫌いってわけじゃないわよ。女を見下す男が嫌いなの。ほとんどの男は無意識に女を見下してるけど」
「そうかな?そんな男ばかりでもないと思うが」
「それは林がそうじゃないから思うだけよ。あなたは珍しい人なの。今日だって、まさかあんなことを言い出すなんて……」
「あんなこと?」
「式の挨拶で、『俺と雹華、二人合わせて村長だと思ってください』なんて言ってたじゃない」
確かに徐林はそう言った。
しかし本人はそれほど大したことを言ったつもりはない。
「でもあの時も言ったけど、その方が上手く村のことをさばけると思うんだ。村の半分は女で、女の方がよく分かることだって多いだろう?」
徐林のその言は、特に村の女性陣から歓迎された。
自分たちの意見に耳を傾けてくれる、自分たちが何か言うための窓口が用意されている、というのと同じなのだ。
しかし、そこまで考えてくれる男は多くない。それをできる男が夫になったのは、雹華にとって嬉しいことだった。
「私ね……林のことが好きよ」
雹華は夫を直視できず、床を見つめながら言った。
その様子に、徐林の胸は高鳴った。こういう感覚は初めてかもしれない。
「お、俺も……雹華が好きだよ……」
徐林は口ごもるように言いながら、こちらも妻を直視できずに天井を見た。
それから照れ隠しのように言葉を繋げる。
「で、でも良かったよ。雹華が男全員を嫌ってるんだったら子供はどうしようって思ってたんだ」
「子供?」
「いや、子作りに差し支えるだろ?」
その単語に、雹華は顔を真っ赤にして後ろを向いた。体ごと向きを変え、夫に完全に背を向ける。
恥ずかしがっているようにも見えたが、あごがツンと上がっているから怒っているようにも見えた。
徐林はもしや拒絶されたのかと思い、慌てて起き上がった。
「なんだ、やっぱり嫌なのか?」
「い、嫌じゃないけど……なんというか……ちょっと腹立たしいというか……」
「腹立たしい?」
「腹立たしいともちょっと違うけど……私ね、そういうことの経験がないのよ」
「ああ……まぁ未婚だったしな。恋人もいなかったのか」
「ええ……それで全く経験がないのを、経験のある男に上から手ほどきされるようなのが
雹華は男に上に立たれるのが嫌いだ。だからそんなことに引っかかってしまうのだった。
しかし徐林には苛つく理由がよく理解できない。それに、そんな必要はないのだ。
首を傾げながらも、軽く笑ってから妻の不快を除いてやった。
「よく分かんないけど、俺も経験ないから苛つくことにはならないよ」
「……え?」
雹華は夫を振り返り、その顔を不思議そうに見つめた。
「経験ないって……経験ないの?」
「ああ、ない」
「本当に?でも男の人って経験しようと思えばいくらでもできるでしょ」
「それは女だってそうだろ」
「いや、そうだけどそうじゃないのよ」
「ええ?またよく分かんないこと言うな……まぁ、俺の場合はなんかそういう人生じゃなかったってだけだよ」
どうやら夫は本当にそうらしい。自分を気遣って嘘をついているわけでもなさそうだ。
そう理解した雹華は、急ににんまりとした。
それから胸を張って夫の前に座り直し、したり顔でのたまう。
「仕方ないわね。じゃあ私の方が手ほどきしてあげましょう」
急に上から目線でものを言い始めた妻に、夫は眉をひそめた。
「ん?いや、でもさっき雹華も経験ないって言ってたじゃないか」
「大丈夫よ。実経験はないけど、文献でよく勉強してるから」
雹華はそのことを『勉強』と言った。
中国には古くから『房中術』という概念・技術がある。
要は性的行為に関するものなのだが、意外にもお堅い書物に真面目な内容が記されている。
というのも、『健全で適度な性行為は健康に良い』というのが当時の常識になっていたからだ。
現代においても医学的に証明されていることだが、二千年以上前の人類も経験的に知っていたというのは興味深い。
つまり『房中術』は『養生術』の一種に分類されるべきものであり、雹華のように文献で学ぶということも普通にあった。
ただ、いきなり百八十度変わった態度に徐林は可笑しくなった。
こういう妻を可愛いと思いつつ、つい笑ってしまう。
「俺、知ってるぞ」
「え?何を?」
「お前みたいなのを『処女の
ムッとした妻は、憎たらしい夫の唇を唇で塞いでやった。
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