第42話 劉備

 許靖は鋭い口調でそれを口にした。


 天地人


 天と地と人。それは三才さんさいともいわれ、世界を形成する要素、宇宙に存在する万物として認識されている。

 

 つまるところ天地人とは、世界の全てを表す言葉だった。


 許靖が初めて三人を見た時に感じた一体感や充足感は、ここから来たのだろう。


 関羽、張飛、劉備は、三人で天地人という世界の全てを構成する要素となっている。三人がそこにいるだけで、一つの世界を作ってしまえるのだ。


「それはまた、大仰おおぎょうな話だな」


 劉備は腕を組んで唸った。関羽も同じようにして眉根を寄せている。


「正直なところ、今日は著名な許靖殿の人物鑑定を受け、我らの箔のように使おうという気持ちがあったのだ。しかし、そこまで話が大きくなると逆に使いづらい」


 劉備たちに限らず、人物鑑定を受ける人間は普通、大なり小なりそれを期待している。


 しかし話があまりに大き過ぎると逆にうさん臭い。


「確かにそうですね。しかし、あなた方は三人が揃うことでそれまで得られなかった充足感が得られているはずです。人は天と地がなければ生きていけない。劉備殿は関羽殿、張飛殿と会われてから、初めて自分の居場所を見つけられたと感じたのではありませんか?それに、天も地もそこに生きる人がいなければ、ただ存在するだけで虚しいものです。関羽殿、張飛殿は劉備殿を支えることで、生きている実感が得られたのではないでしょうか?」


 許靖の言葉に、三人ともが黙り込んでしまった。


 許靖には三人がどのようなことを考えているかは分からなかったが、お互いの大切さを再認識できたとしたら悪いことではないだろう。


 そんなことを考えながら許靖も黙って茶をすすっていると、そのうち張飛が口を開いた。


「……分かった。俺らのことも分かったし、許靖殿がすごいということも分かった。正直、人物鑑定家なんぞあんまり当てにしていなかったが、世の中には本物がいるもんだ。つまり俺たちはすごい人物で、これからでかい事ができるわけだな?」


「いいえ、それとこれとは話が別です」


 許靖のあまりにもあっさりとした否定に、張飛はあっけにとられて大口を開けた。


 劉備と関羽もその横で似たような顔をしている。


「……いやいやいや。ついさっきまで良いことばかり言って持ち上げておいて、それはないんじゃねえか?ここで冗談かい?」


 しかし、冗談を言うには許靖の表情はあまりに真剣だった。許靖は真顔で張飛に答えた。


「あなた方三人がすごい人物であるということは間違いありません。人よりも多くのことができるでしょうし、この時代の英傑と呼ばれるような人物になりうる可能性は十分あります。しかし大事業と言えるような物事を成し遂げるには足らないものがあると、私は感じています」


 許靖の言葉に、劉備が身を乗り出した。


「足らないもの……?私も何となくだがそれを感じていたのだ。我らが世に出て大業を成すには何かが足りない、そう思う。教えてくれ許靖殿。それは何だ?」


 許靖は劉備の語調に圧を感じながらも、その瞳をまっすぐに見つめ返し、ゆっくりとした口調で答えた。


道標みちしるべです」

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