第14話 月島 澄の過去 その2


 翌日、保護された澄はお爺さんの手伝いをする事に。

 これは澄の気持ちが落ち着いてから話を聞こうというお爺さんなりの気遣いだった。


「ちょっとおじさん畑仕事してくるから、家の掃除をしといてくれるかな?」

「……うん」


 まだ不安が残るその顔に対してお爺さんはにっこり微笑んで家を出た。

 お爺さんには妻がいたが、20年ほど前に他界している。

 それからずっと1人で畑仕事をして暮らす。

 子供も欲しいと願ったがそれは叶わないまま、孫がいてもおかしくない年齢まで来てしまった。

 もう澄ぐらいの孫がいてもいい歳だと感慨にふけり、いっその事自分の家の子にしてしまおうかと考えながら田を耕す。


 一仕事を終え、お昼頃。

 昼ごはんを食べる為にいったん家へと帰るお爺さん。

 そして、そこでお爺さんは衝撃的な光景を目の当たりにした。


「ちょっと!何をしてるんだ!?」

「……掃除……です」


 澄はさも当たり前の様に掃除と答えたが、それは掃除とは決して言えるものではなかった。

 ホウキも雑巾もきちんとある。

 なのに澄は素手でホコリを集め濡らした手で床を拭いていた。

 お爺さんは幼い子供が何の疑問を持たずにこうして掃除をしている姿を見て、思わず涙した。

 決して裕福な生活を送らせてあげられる保証は無いが、それでも自分が面倒を見てあげたいとお爺さんは亡くなった妻に願う。

 きっと妻ならこう返すだろうと心の中で会話をしながら、澄に誓う。


「おじさんがお嬢ちゃんを絶対に幸せにする。だから詳しく話を聞かせて欲しいんだ」


 お爺さんの熱い想いが澄に伝わったのだろう。

 澄は孤児院での出来事を全て話した。


 市街地にはあまり出ないお爺さんは情報に疎かったが、話を聞き進めるとある事を思い出す。

 昔、この土地を売ってくれないかと言いに来た1人の男がいた事を。

 お爺さんは代々受け継いできた土地だから渡せないと言うと、その男はツバを吐いて帰っていった。

 後に話を聞くと隣の村を丸ごと買ったという……


「確かその男は……鴉御光助!!」


 その男とは鴉御光助だった。

 元々山は鴉御家の所有物のため、山を隔てた向こうの市街地に住む人達はなかなかこちらに来る事はない。

 それを逆手に取りこの近くの土地を買収し、あの孤児院を建てる事を決めたのだ。


 お爺さんは驚いた。

 なぜなら世間的に鴉御家とは、子供を大切にする非常にクリーンなイメージを持っているからだ。

 鴉御家はその莫大な財産から多額の金を、学校などに寄付している。

 しかし、なぜ鴉御家がこの様なことをするのかお爺さんには見当もつかなかった。

 それでもお爺さんは、こんな目に合う子供達が可哀想で仕方なく思う。


「そうだお嬢ちゃん、名前はなんて言うんだい?」

「澄……」

「澄ちゃんか……良い名前だ。おじさん頑張るからね」


 お爺さんはそれからいつも以上に働いた。

 澄に少しの苦労もかけさせない様にひたすら働いた。


 そして澄が来てから3年が経った。


「お父さん!行ってくるね!」

「気をつけるんだぞー」


 9歳になった澄は少しでもお爺さんの助けになればと、町に花を売りに行くようになった。

 しかし花は毎回大量に売れ残り、わずかなお金を手にして帰ってくる澄をお爺さんは優しく笑う。

 澄にとっては元々の両親との生活よりも、孤児院での苦痛の日々よりもお爺さんと暮らす日々が幸せだった。


「澄ちゃん、ちょっと聞いてくれるか?」

「どうしたの?」

「おじさんは澄ちゃんと会ってから決めてた事がある」

「決めてた事?」

「そうだ、これから孤児院に行って引き取ってくる」


 お爺さんは孤児院にいる子供を自ら1人引き取ろうと言うのだ。


「でも、そんな簡単に……」

「いざとなれば力ずくよ」


 そう言って笑うお爺さんも、もう67歳。

 そんな力は無いはずだが、果たしてどうするのか。

 お爺さんは5キロほど離れた孤児院のある村に軽トラを飛ばす。

 そして、孤児院のドアを叩く。するとお婆が顔を出した。


「はい……?どちら様で?」

「こちら孤児院と聞きまして……」

「えぇ、そうですけど」

「ぜひわしも協力したいな……と思いまして……」

「協力?」

「はい……子供を1人うちで引き取りたいなと」

「うちはそう言うのやってないんです。きちんと審査した相手にしかお譲りしないんです」

「そこをなんとか……」

「さようなら」


 お婆が孤児院へ戻ろうとしたその時、お爺さんは懐からある物を出した。


「頼む!金ならある!これで引き取らせてくれ!!」


 お爺さんは妻と老後に旅をするために貯めていた貯金をお婆に見せた。

 するとお婆はニタリと笑い、金を受け取る。


「なんだい、分かってるじゃないか」


 そう言うとお婆は孤児院に戻り、しばらくした後子供達を5人連れてきた。


「さあ連れて行きな」

「じゃあこの子を……」


 お爺さんはわざわざ1人連れてくれば良いものを、他の子が選ばれる所を見せるなんて酷な事をすると思いながらも、子供達の中から一番アザの多い子供を選んだ。

 しかし、ここでお婆が更にニタリと笑った。


「何を言ってるんだい?全員引き取って良いんだよ」

「……全員?」


 お爺さんは貯金2000万ほどを持ってきた。

 予想では1人ぐらいならどうにかなると思っていた。

 だが、実際は1人400万という計算になる……

 お婆はお爺さんに近づき、こう言った。


「うちは破格の値段でやってるからね……次はもっと安くするからご贔屓に」


 お爺さんは子供達を軽トラの荷台に乗せ、後味悪く家へと帰った。

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