第7話 順調です?
ギースが眠りから覚めて、半年が経った。
この二か月ほどは、別荘から王都にある屋敷へ移り住み、より高濃度の魔力水を点滴して治療を続けている。
ギースのことは国王陛下には報告済みだが、始祖の魔法使いが目覚めたことはいずれ公になるだろうとアンジェリカの父は言う。
彼が望みさえすれば、然るべき地位や爵位、実力を披露する場を設けられ、いずれはアンジェリカのそばを離れてしまう。
美しい花が咲き乱れる庭園で仲良く散歩をしていても、ふとした瞬間に別離の不安が頭をよぎる。
「どうした、今日はやけに静かだな」
ギースは相変わらず不健康そうな顔色で、大きめのシャツにトラウザーズというシンプルな服装で散歩をしていた。
隣には、魔力水の点滴を挟んでアンジェリカが歩いている。
彼女はさみしげに笑って言った。
「私だけのギース様でいて欲しいと、そう思ったのです」
「アンジェリカ……」
しばし立ち止まり、見つめあう二人。
爽やかな風が、頬を撫でるように吹き抜ける。
「アンジェリカ」
「はい」
「私は現状、誰のものでもないのだから、私だけのギース様でいて欲しいという表現はまちがっている」
「ギース様ったら冷たい!でもその辛辣な物言いと、気怠そうな瞳が素敵すぎます……!」
白けた目を向けられても、アンジェリカにとってはファンサービスでしかない。
ギースはため息の後、再び歩き始めた。
「君は一体どういうつもりなんだ。まだ満足に魔法が使えるわけでもない私を、こうして毎日散歩に誘って、素敵だの好きだのと世迷言をいう」
「世迷言とは失敬ですわ。私は本心を述べているだけです」
ギースは歩きつつ、いかに自分に価値がないかと説明した。
「いいか?いくら君の言葉が本心だったとしても、それは間違っている。かつての私は、君たちのいう始祖の魔法使いという存在だったかもしれない。だが今は、ただの治療中の魔法使いだ。国を守ることはできないし、君を助けることもできない。王弟でもないから、君が恋い慕って利益になることもない。だから、君の態度は間違っている」
アンジェリカは黙って聞いていたが、まるで意味がわからないという風に首をかしげる。
「えーっと、私の話がわからないか?」
そう難しいことは言っていないはずなんだが、とギースは顔を曇らせた。
「お話の内容はわかりました。ですが、賛同はできませんわ」
「なぜ?」
「だって、私は今のギース様が好きなんですもの。千年前の功績は確かにすばらしいことだと思いますけれど、昔のことすぎていまいちピンときませんし、目の前のギース様はギース様です。私は、魔法が使えなくて王弟でもないギース様しか知りません。ですので、もしも私に利益がないとおっしゃるのなら、これから一緒に何かやっていきましょう?」
アンジェリカはギースの細い手を握り、幸せそうに笑う。
彼はもう説得を諦めたという表情で顔を背け、それ以上何を言うでもなく再び邸の中へと戻っていった。
(皮肉なものだな。兄王ですら、私のことは便利な道具としてしか見ていなかったというのに……。このように慕われては、何としてでも魔力を回復させて、恩を返さなくては)
手をつなぎ、やや後ろを歩くアンジェリカは彼の横顔をそっと盗み見る。
(あぁ、とうとうサンルームの段差につまづかなくなりましたね……!残念です。支えたときに薄くて固い肩甲骨に触れるのがキュンでしたのに)
ゆっくりと時間をかけて客室まで到着すると、侍女がアンジェリカを探しにやってきた。
「お嬢様、新しいドレスが届いていますのでご試着を」
「あらまぁ、もうできたの?早いわね」
二週間後、アンジェリカの誕生日パーティーが開かれる予定になっていた。
多くの招待客が邸を訪れ、アンジェリカの誕生日を祝うという口実で縁談を取り付けようとしていることは明白。
はぁ、とため息をついた彼女は、仕方なくドレスの試着へ向かう。
「ギース様、それではしばらく失礼いたしますね」
「あぁ」
引き留めて欲しい、と目線で訴えてくるアンジェリカに、ギースは「さっさと行け」という笑みを送った。
ようやく彼女から解放されたギースは、部屋に一人きりになったところで魔力水の点滴針をスッと腕から抜き取った。
「少しだけ、試してみるか」
それからしばらく、客室からは謎の振動や熱風が発生し、使用人が騒然となるのだった。
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