FILE3「ロリコンはかく語りき」

「オー、智香ともかチャンハカワイイデスネー」


 大柄でガタイの良い男性が、小さな女の子を肩車して微笑んでいる。鼻は高く、金髪碧眼で身長もかなり高い。如何にも外国人、といった風貌の彼は幸せそうに女の子を愛でている。正直隣にボクや友枝ともえさんがいなけりゃ、すぐにでも通報されたっておかしくはないような犯罪的な雰囲気を、男――アントンは醸し出していた。


「どう? 友枝さん、今は視線感じる?」


 ボクの問いに、友枝さんは静かに首を左右に振る。


「いえ、今は……。外にいる時よりも家の中にいる時の方が酷いですし……」


 そう言って、友枝さんは溜め息を吐いた。


「由乃サーン、ソンナコトヨリ日本ノ幼女皆カワイイデース。ワタシ、コノ国来テ良カッタデース」


 はいはい、良かったね。


「ってそんなことよりってことはないだろ! これ依頼だよ!」


「オーソーデシター! ソーデシター・スタローン!」


「アメリカンギャグのつもりか!?」


「私イギリス系デス!」


 いや知らんけども。




 ボク達が彼女達……雉原きじはら姉妹からの依頼を受けたのは、今からほんの数時間前のことだった。










 ストーカーをどうにかしてほしい。というのが彼女……雉原友枝きじはらともえさんからの依頼だった。


 こないだの麻薬密売組織の件で手に入れた報酬金を、見事に競馬でパーにしたアホ探偵のせいで、事務所は結局金欠気味だったから依頼は大歓迎なのだけど――その依頼人が、どう見ても女子中学生くらいの少女だった。


 セーラー服に身を包み、肩までの髪をお下げに結った友枝さんは、ソファに姿勢正しく腰かけた状態で正面の家綱を真剣な表情で見つめている。彼女の隣には小さな、五歳か六歳くらいの女の子が寝転んでいる。彼女は雉原さんの妹で、名前は智香ともかちゃん。幼稚園帰りなのか、スモックを着たままだ。長い髪は左右で二つに縛られており、いわゆるツインテールだった。ソファの感触が心地よいのか、注意する雉原さんの隣でソファに顔を埋めて幸せそうにしている。


「お願いです! 私を狙ってるストーカーをどうにかして下さい!」


「それは良いんですけど……警察にはもう通報したんですか?」


 ボクの問いに、雉原さんは小さく頷いた。


「でも、感じるのは視線だけだし、ストーカーの姿を一度も見たことがないんです……。だから、警察の方も対処しようがないみたいで……。それに、アイツは私が警察に通報したことにすぐ気付いたみたいで、しばらく何もしてこなくなって……結局、警察も見つけることが出来なかったんです」


「で、俺に依頼しに来たわけだ……」


 家綱の言葉に、雉原さんははい、と答えて不安げにうつむいた。


「なるほどな……。流石にないとは思うが今は、ソイツからの視線、感じるか?」


 雉原さんが首を左右に振ったのを確認すると、家綱は安堵の溜め息を吐く。


「なら、向こうはアンタが俺に依頼したことに気付いてない……かもな」


「ねー、おにーちゃんだれー?」


 不意に、起き上った智香ちゃんが家綱に声をかけた。


「俺か? 俺はこの町の頼れる探偵、七重家綱だ……どうぞよろしく」


 ドヤ顔だった。


「おにーちゃんおもしろーい!」


 ドヤ顔がうけたのか、智香ちゃんは足をバタバタさせながらケタケタと笑い始めた。家綱の表情がヒクヒクと引きつっていくのが目に見えてわかる。


「良かったね、頼れる探偵さん」


「うるせえ……」


 少し凹んだのか、家綱はガックリと肩を落としてうつむいてしまった。


「こら、智香!」


「あ、別に良いですよ。アホには良い薬ですから」


 そう言って微笑んだボクを、隣で家綱がジト目で見つめてるけど、とりあえず無視して話を続けることにする。


「雉原さん、視線はいつから?」


「あんまりハッキリとは覚えていないんですけど……先月くらいからだったと思います。それと、私のことは友枝で良いですよ」


 そう言って、雉原さん、もとい友枝さんは微笑んだ。


「視線を感じるのは、主に家の中でなんです……。窓の向こうとか、そういう場所から」


「家の中……ねえ」


 ひとまず復活した家綱が、何かを考え込むような仕草を見せつつ呟く。


「一応確認しときたいんだが、気のせいじゃねえんだよな?」


 見た感じ、友枝さんは疲れているように見える。精神的な問題で視線を感じている、というのはあり得る話だしその方が自然だ。


「……私、少しだけ他人より感覚が鋭いんです。信じてもらえないかも知れないんですけど」


「それって超能力者ってことですか?」


「ええ、一応……。例えば……探偵さん、今日少し汗をかきませんでした?」


 友枝さんにそう言われ、家綱は目を丸くする。


「……悪い、汗臭ェか?」


「え、嘘? ボク全然気にならないけど……」


 確かに今朝、宝くじの券が見つかって家綱を叱りつけたところ、逃げられてしまって追いかけっこになっている。その時に軽く汗をかいたんだと思うけど、家綱はあの後香水をつけ直してたし臭いなんてボクには全然わからない。


「まあ、今朝ちょっと……な。なるほど、感覚が鋭いってのはそういうことか。これは嗅覚以外も?」


「はい。とは言っても精度はあまり高くなくて、集中しないとわからないことが多いんですが……。でもあの視線は強烈で、意識していなくてもなんとなく感じるんです!」


 どうやら友枝さんの能力は本物みたいだし、それなら視線の話も本当なんだろう。


「でも、これじゃ証拠にならなくて……」


 友枝さんの言う通り、超能力で感じ取ったものは証拠としては扱ってもらえない。実際すごく難しいと思うし、そもそも法律はまだ超能力にきちんと対応し切れていない。


「となると……ボク達で証拠を掴まないとね」


「……だな」


 ボクと家綱がそう答えると、友枝さんは表情を明るくさせる。多分今まで本当に不安で、心細かったんだと思う。なんとかしてボク達で彼女を安心させてあげたい。


「それと、調査ついでに私達のボディガードもお願い出来ますか?」


「はい、もちろんそのつもりで――」


 そう、ボクが答えかけた瞬間だった。ボクの隣で家綱の手がどろりと溶けるのが見える。


「わ、わーーーーーーー!」


 慌ててボクが事務所の入り口を指差すと、すぐに雉原姉妹は入り口の方を振り返る。その隙にボクは家綱をソファに押し倒す。ボクはもう慣れてるけど、家綱の身体が変化する瞬間は結構グロい。友枝さんは勿論智香ちゃんなんかに見せたら一生もののトラウマになってしまう。


「あの……何もないですけど……?」


 友枝さんがこっちを向いた時にはもう、家綱の変化は終わっていた。体格が大きく変わり、パツンパツンになったスーツのボタンを弾き飛ばしながら、家綱と交代したその男は力強く起き上がった。


「話ハ聞カセテモライマシタ!」


「アントン……」


 彼の名はアントン。お察しの通り家綱の人格の一つで、多分外国人。本人はイギリス出身だと言い張っているけど、アントンはドイツ語圏、もしくはスラヴ語圏の名前なため、本当にイギリス出身かどうか怪しい。というか元は家綱で日本人なんだから、出身は日本だと思う。だけどそれを指摘しても笑いながら「イギリス系デス!」の一点張りで全く認めようとしない。色々とよくわからないけど、日本文化と幼女をこよなく愛する危なそうで危なくない、少し危ないかも知れない男である。


 智香ちゃんがいる時点で、コイツの出現を予見するべきだった。




 とりあえず、家綱の人格や能力について彼女達に一から説明するのはものすごく面倒だった。










 そして話は冒頭に戻る。結局あれからアントンが家綱に戻ることはなく、ボクとアントンでひとまず友枝さん達の家へ向かった。ストーカーの視線を家の中でだけ感じる以上、しばらくボディガードをするなら泊まり込みでやる必要があるだろう。そう提案すると、友枝さんは快諾してくれた。


「ええ、むしろそのつもりでお願いしていたので……」


「ご両親にはもう話をしたの?」


「それが……二人共ほとんど家に帰って来なくて……」


 聞けば、友枝さんの両親はいつも忙しいらしく、家に帰らないことの方が多いらしい。友枝さんがしっかりしていて、智香ちゃんの世話までこなしてしまうせいで任せきりになっているようだった。


「……大変だね……家事も友枝さんが?」


「はい、でも……慣れてますから」


 ボクは家綱の所で働くようになってから家事は出来るようになったけど、友枝さんくらいの時は何も出来なかった。実家にいた頃はそんなことする機会は全然なかったし。


 口では慣れていると言ったものの、やっぱり友枝さんは寂しそうだった。今はアントンの肩で楽しそうにしているけど、智香ちゃんだって寂しいだろう。あの年頃で、親にほとんど相手してもらえないのはきっと辛い。その気持ちは、ボクにもわからなくはない。


「デモ、今日ハ大丈夫デス!」


 不意に、アントンが話に割って入って来る。智香ちゃんを肩車したまま、アントンはボク達に視線を合わせて屈託のない笑顔を見せた。


「今日ハ私達ガ一緒デース! 由乃サント一緒ニ家事モ炊事モ手伝イマース! 何、食ベタイデスカ?」


「アントンさん……!」


 アントンの言葉に、ボクも友枝さんも頬を綻ばせる。幼女幼女言っちゃうのは危ない感じがするけど、アントンは根っからの善人でお人好しだ。


「私一番得意ナノハ、ビーフストロガノフデス!」


 ……ロシアなんだよなぁ。


「アントンさ、ほんとにイギリス系?」


「ハハハ! イギリス系デース!」


「イギリス系でーす!」


 ケタケタ笑いながら智香ちゃんまで言い始めてしまった。


 まあ良いか……何系でも。とにかく今は、アントンの無邪気さと優しさが二人を笑顔に出来るわけだし。






 そうやって話している内に、ボク達は雉原さんの家に到着する。住宅地にある普通の一軒家で、白い壁はまだピカピカだ。


 雉原さんを先頭に、ボクらが丁度家に入ろうとしたタイミングで、隣の家から一人の青年が顔を出す。親しい仲なのか、彼を見ると雉原姉妹は二人とも手を振っている。


「おや、お客さんかい?」


 中肉中背の平均的な体型をした青年で、髪は短く刈り上げられている。手にはタッパーを持っており、彼はボクらの方へ早歩きで歩み寄ってきた。


「三井さん!」


「丁度これを届けようかと思ってた所だったんだよ。邪魔しちゃったかな?」


 タッパーを友枝さんに見せながら、三井さんと呼ばれた男は少し申し訳なさそうにはにかんだ。


「いえいえ、そんなことないです! いつもありがとうございます……何かお礼が出来れば良いんですけど……」


「気にしないでくれよ。ご両親がいなくて大変だろ? 夕飯のおかずくらい手伝わせてよ。肉じゃが、ばあちゃんが作り過ぎて困ってたくらいだからさ」


 雉原さん達、大変そうだなと思ってたけどこうして助けてくれる人もいたんだ……。それなら少し安心だし、智香ちゃんも嬉しそうに見える、


「初めまして、三井秀太朗みついしゅうたろうです。智香ちゃん達の親戚ですか?」


「ああいえ、ボクらは……」


「あ、この人達は探偵さんなんです! ほら、前に相談したストーカーの件で……」


 少し言い淀むボクだったけど、すぐに友枝さんが割って入ってくれる。一応探偵で間違いないんだけど、ボクとアントンだとあまり探偵に見えない。こういう時、なんだかんだで探偵っぽい家綱がいてくれた方が助かるんだけどなぁ。


「探偵さん、か」


 ちょっと訝しげな三井さんに、ボクはとりあえず会釈したんだけど、何かアントンは黙ったまま会釈もしない。不思議に思ってアントンの顔を見ると、下唇が突き出るほど口をへの字に曲げ、眉をひそめて変顔をしていた。


「オー……」


「……アントン?」


「イエス……」


 何がだよ。


「はは……面白い探偵さんだね。それじゃ僕は肉じゃがを渡しに来ただけだから、これで」


 そう言って三井さんはタッパーを友枝さんに手渡した後、アントンの肩に乗っている智香ちゃんに微笑んだ。


「またね、智香ちゃん」


「またねー! イギリス系でーす!」


 まずい、智香ちゃんが「イギリス系」を気に入ってしまっている。


「……良いお隣さんだね」


 三井さんが立ち去ったのを確認してから、ボクが友枝さんにそう言うと、友枝さんははい、と嬉しそうに答えた。


「あの人、智香とほとんど二人だけで暮らしてる私達のために、さっきみたいに料理をくれたりするんですよ。先月引っ越してきたばかりなんですけど、その時から良くしてくれていて……」


 ボクと友枝さんがそんな話をしている内に、アントンの肩からおろしてもらった智香ちゃんがバタバタと家の中へ入っていく。


「智香ー! ちゃんと手ぇ洗ってねー!」


「洗うでーす!」


 智香ちゃんがアントン語に染まる前に何とかした方が良い気がしてきた。


「さあ、入ってください」


 先に玄関へ入りながら促す友枝さんに頷いた後、ボクは小声でアントンに声をかける。


「ちょっと、さっきはどうしたんだよ変顔なんかして。何かあったの?」


 アントンが初対面で人に変顔することなんて今までなかった。というか初対面の人に変顔する人はどうかと思う。アントンは基本的に人当たりが良いし、人懐っこいから誰とでも仲良くなるような気がしてたんだけど、何故か三井さんには変顔だった。


「ナンカアノ人、変ナ感ジシマース……」


「変な感じって……でも普通に良い人っぽかったじゃん」


「イギリス人ノ直感デース。私、昔CIAニイタノデ何トナクワカリマース」


 アメリカなんだよなぁ。


「ねえ、アントンって――――」


「イギリス系デース!」


 大笑いしながら遮って先に雉原家に入っていくアントンだった。もうわかんないよボク。










 雉原家の中は思いの外綺麗に掃除されていた。友枝さん一人で色々やってるから掃除まで手が回らないかな、とも思ったんだけどそれもしっかりこなしているらしい。多分友枝さんは良いお嫁さんになるんだろうなと思う。


 ビーフストロガノフはさておき、ボクとアントンは三井さんにもらった肉じゃがを中心にした夕飯の準備を手伝った。いつもはご飯と、おかず一品くらいでいっぱいいっぱいらしいけど、今日はお味噌汁とかサラダとか、三人で手分けして色々用意出来て二人共嬉しそうだった。


 余談だけどアントンがボクより器用で包丁さばきが鮮やかだったのは未だに信じられない。味噌汁の配分とかよくわかってるっぽかったけど和食なんだよなぁ。


 まあ味噌汁くらいはイギリス系でも作り慣れてればわかるか。いやでも待てよアイツは家綱の人格の一人で、家綱は料理ほとんどしないし……? 味噌汁の記憶はどこから……。やっぱ人格毎に固有の記憶があるのだろうか。




 夕食の片付けを手伝った後は四人共のんびりしていた。全員でやれば家事もそれ程時間がかからなかったし、久しぶりにゆっくり出来て友枝さんは少しはしゃいでいるようにも見えた。


「まさかこんな時間にテレビが見られるなんて……夢みたい……」


 どこかうっとりした様子で、友枝さんはソファに座ってドラマを見ている。まだ女子中学生なのに主婦っぽさがすごいので、とりあえずボクらの仕事が終わるまでの間はこうしてゆっくりして欲しい。


 そういえば智香ちゃんがアントンと二階に上がったまま戻って来ないので、気になって智香ちゃんの部屋に行って見る。すると、そこには水彩絵の具で白い画用紙に絵を描く智香ちゃんと、それを見てはしゃぐアントンの姿があった。


「オー! スゴイデース! 智香チャン、未来ノミケランジェロデース!」


 イタリアの彫刻家なんだよなぁ。


「ミラケンジェロー!? それってスゴイデースなのー!?」


「スゴイデース! 耳ガ聴コエナクナッテモ、漫画ヲ描キ続ケタ、ダイナミックプロデース!」


 もう誰だよそれは。


「智香ちゃん、お絵かき好きなんだ?」


「絵の具でね! やるとね、じわーってなって、画用紙が智香の世界になるの!」


 画用紙では二人の女の子が手を繋いでいて、その傍では大柄な男性とショートカットの女の子が笑っている。


「お姉ちゃんと私とね、これがアントンで、こっちが由乃さんで……」


「うわぁ、ボク達も描いてくれたんだ! 嬉しいよ、上手だね」


「でしょー!」


 得意げな智香ちゃんを見て、ボクとアントンは顔を見合わせて微笑む。普段をよく知らないけど、智香ちゃんも楽しそうで何よりだ。


「智香ー、そろそろ寝ないとだめよー」


 そうしてアントンと智香ちゃんのお絵かきを眺めていると、ドラマを見終わったらしい友枝さんがそう言いながら二階へ上がってくる。智香ちゃんはやや名残惜しそうではあったものの、わかったーと返事するとお絵かきをやめて下の階へと降りていった。






 智香ちゃんが歯を磨き終わり、そろそろ寝ようか、という時間帯になった頃だった。突如、居間で智香ちゃんと話していた友枝さんが悲鳴を上げる。慌ててボクとアントンが駆けつけると、友枝さんはぷるぷると震えていた。


「友枝さ――」


 言いかけて、ボクはすぐに気がつく。多分、例の視線を感じているんだ。


「あ、アントン!」


「イエス!」


 アントンはすぐにストーカーがいないか探しに行ったけど、見つからなかったのか少し肩を落としながら戻って来る。ボクもついていこうかと思ったけど、二人を放っておくわけにもいかなかった。


「もう嫌……!」


 ソファで頭を抱える友枝さんに、ボクは何て声をかければ良いのかわからない。大丈夫だよ、何とかするよ、だなんて簡単には言えない。どう声をかければ良いのか考えていると、先にアントンが口を開く。


「スミマセン……逃ゲラレマシタ……」


「いえ、ありがとうございます……」


 アントンの言葉に、友枝さんは無理に笑ってそう答えた。


「お姉ちゃん……だいじょーぶ?」


「うん。大丈夫。大丈夫だよ……」


 心配そうな表情を浮かべる智香ちゃんに、友枝さんは力なくそう答える。


「許セマセンネ」


 不意に、真剣な声色でアントンは呟くと、不安そうな智香ちゃんを抱き上げた。


「幼女ニコンナ表情サセテ、友枝サンニ辛イ思イヲサセル……許セマセンネ」


「あのね、お姉ちゃん、今日アントン達のおかげで元気だったけどね、ほんとはいつも元気ないの……」


 やや沈んだ表情でそう言った智香ちゃんに、アントンは優しく微笑んで見せる。そしてアントンがそっと智香ちゃんの頭をなでると、少しだけ安心したように智香ちゃんはほっと息を吐いた。


「大丈夫デスヨ。ワタシ達ニ任セテ下サイ。オ姉チャンノコト、ワタシ達ガ元気ニシテミセマス」


「ほんとに?」


「ホントデース。ワタシ幼女トノ約束破リマセーン。イギリス人、嘘吐カナイ」


 ほんとにアントンは幼女が好きで、そこに全然他意なんかないんだなって思えてくる。目の前でこんな約束されちゃったら、ボクも頑張らなきゃって気持ちになってくる。


「……そうだね、絶対ボク達で何とかしよう」


「ハイ! デキレバモウ、悲シイ顔見タクナイデス」


 そう答えたアントンに頷いてから、ボクは友枝さんに再び視線を向ける。


 事務所での話だと、この視線は先月辺りから感じている、とのことだった。となると、彼女はもうかれこれ一ヶ月以上この視線に耐え続けていることになる。普通なら多分、数日で音を上げるんじゃないだろうか。それでも友枝さんが弱音をあまり吐かないのは、一重に智香ちゃんのためなんだと思う。


「私が、しっかりしなくちゃいけないんです……。智香のためにも、仕事してるパパとママを安心させるためにも……弱音吐いちゃって、ごめんなさい」


「うぅん。気にしないで、謝ることなんか何にもないよ。ボクだったら三日で音を上げちゃうよこんなの……」


「ソウデス……悪イノハストーカーデス!」


 許せないという思いは、ボクもアントンも同じだった。もうこれ以上、彼女達に負担を与えたくはない。例えこれが仕事じゃなかったとしても、ボクは彼女達を助けようとしただろう。とりあえず二人はアントンに任せて、ボクは何か痕跡が残ってないか家の周りを調べに外へ出た。










 静かに、窓の外から雉原家の中を見つめる男がいた。今にも涎を垂らさんばかりの表情で、男は窓の向こうを食い入るように見つめている。カーテンに遮られてよく見えないハズなのだが、男は構わず見つめ続けた。


 窓にギリギリまで近づき、男は窓の向こうを見つめ続ける。これだけ近づいていれば、例え外が暗くても男が見つめていることに気が付けるハズなのだが、誰も気がつく様子はなかった。玄関から、アントンが顔を出す。血相を変えて雉原家の庭を走り回っていたが、何故か男を見つけられず、アントンは肩をがっくりと落としながら家の中へ戻っていく。その背中を見送った後、男は舌打ちをしてからその場を立ち去って行った。


「かわいかったなぁ……ホントに、かわいかったなぁ……まるで天使みたいだ……チクショウ……邪魔な連中を呼びやがって……!」


 歩きながら悪態を吐き、男は歯を軋ませた。


「誰にも邪魔はさせない……警察にも、あの探偵とかいう連中にも……」


 ジュルリと。唾液の滴るような舌なめずりをして、男は口角を歪に釣り上げる。


「君は……君は俺だけのものだ……今も、そしてこれからも……永遠に……!」


 フヒヒ……と、男の口から不愉快な笑みがこぼれた。

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