心の幸

佐江木 糸歌

第一部~迎雪送華の夜に~

プロローグ

迎雪の静夜

 ……本当の「幸せ」


 それは、何なのだろうか。


 もしくは、どうあることを言うのだろうか……。


 いや、それ以前に、そんなもの存在するんだろうか。


最近ずっと、そんなことを考えてばかりいる。


「はあ~っ、寒いなあ」


 そう言って俺は、小降りになった雪が舞い降りてくる暗い空を見上げた。


 まったく、本当にやめてほしい。


 昨日の天気予報で今週は気温が上がり、晴天に恵まれると言っていたのに、急な大寒波のおかげで昼から猛吹雪。


夜十時を回ったいま、雪は小降りになったが街は完全に白銀の世界となっている。


 時おり寒風も吹き荒れ、寒さが苦手な俺にしてみれば、いい迷惑でしかない。



 ――俺の名は天竺てんじく あおい


 ここ雪華海街ゆきかみまちに生まれ育った、十六歳の高校一年男子だ。


 家族は父、母、そして兄と妹というごく普通の家庭。


 友人もそこそこいるし、これといった大きなけがや病気もしたこともなく、今日まで特に不自由なく生きてきた普通の人間だ。


 だからこそ分からない。「幸せ」とはいったい何だろうか。


 そりゃあもちろん、言葉ではどうとでも言い表せるし、理想なんていくらでも夢見ることができる。

 

 でも、最近思っているのはそんなんじゃない。


 なんてことを考えながら、俺は東西に伸びる街道を家に向かって歩いていた。


 猛吹雪の後ということもあり、人通りはおろか、車もごくたまにしか通らない静かな道。


 ぽつぽつと点在する街灯や自販機が、どことなく寂しい雰囲気をかもし出している。


「しっかし……周りの山も、広がる田畑も、地蔵までこうも真っ白。そのうえ星も綺麗となれば幻想的ではあるか」

 

 と、思わず率直な感想が出るくらいには、綺麗な銀世界だ。


「それにしても寒過ぎるだろ~。おまけに雲一つないからまた冷えるんだろうな。とっとと帰ろ」

 

 俺はもう一度空を見上げ、自分に呟いて足を少し早く動かす。

 

 ――五分ほど歩いて家も近づいたとき、俺は思わず足を止めた。


「な、なんだ!?」


 最初は、状況の理解に苦しんだ。


 なにしろ、この季節のこの時間帯に、着物姿で夜道を歩く人を、俺は今まで見たことがないもので……。


 それも金髪の美人ではないか。


 しかし何より俺には、その人がいま「とても幸せそう」に見えたので、寒さも忘れて思わずその人に見入ってしまう。


「あ……」


「ふふ、こんばんわ」


 相手も俺に気づいたらしく、何とも言えない笑顔であいさつすると、軽く会釈して側をゆっくりと通り過ぎていった。


「だ、誰なんだ、あの綺麗な人は……」


 俺は、その姿が雪景色に消えていくまでその場に立ち尽くした。

  

 このとき、なぜ着物の美人が幸せそうに見えたのか分かるはずもなく、首を何度も捻りながら家路を急ぐ俺。


 そして、吹雪の止んだ穏やかな静夜に起こった偶然の出会いは、すべての始まりとなる……。


 

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