なついろぱれっと

悠紀

第1話

ズキリ、と刺すような痛みで目が覚めた。

視界に広がったのは一面の白。薬品の匂いが漂う真っ白い部屋にうるさいぐらいの蝉の声が木霊していた。なぜだか少し懐かしい感じがする。そう、確かここはゆずりは叔父さんの病院だ。

体の弱かったボク達はよくここで入院して、一人じゃ寝れないからと無茶言って二人の部屋を一緒にしてもらってたような気がする。

懐かしい記憶を辿りながら枕元のナースコールに手を伸ばす。カラリと乾いた音が部屋に響いた。


誰か来るのを待つ間、急激に襲ってきた眠気を追い払うため、どうして倒れたのかを聞こうとして隣を見る。そこに、探している人物はいなかった。

いつも隣に決まっていたから少し物足りない気もしたが、諦めて意識を手放すことにした。



栗花落つゆり詩杏。透華美術大学の一年生。十九歳」

「家族...ぜの兄、二つ上。それ凛杏。双子」

「今日?確か八月の...じゅう、さん?」


しばらくして来た叔父さんの質問にいつも通り髪をゆいながら答えていく、大分眠っていたようでもう日付は変わったらしい。

でも、そんなことはどうでもいい。ボクが知りたいのは____


「ねぇ叔父さん。りあ、どこにいるの?」


途端、叔父さんの顔色が悪くなった。

ボクは何かおかしなことでも聞いただろうか。看護師の人達と顔を見合わせている叔父さんを横目に、傍らにあったピアスを耳につけた。

りあの瞳の色。薄い水色のこれはお気に入り、二人でおそろいでぜの兄に貰ったものだ。


叔父さんがようやく口を開こうとした瞬間、視界の端にボクよりも少し濃い黒髪がなびいているのが映った。

見慣れた色に誘われそちらを向くと、フワフワと浮かぶりあと、目が、あった。叔父さんが何か言っているが全く耳に入らなかった。

だって、どうして。普通の人間は、ボクの双子の兄は、浮かぶなんて能力、もってない。

混乱しているボクの心情なんて知らずに、りあが嬉しそうに近づいてきた。


『ねぇしあ。もしかして、僕のこと見えてる?』


みえてる、と口に出すかわりにコクコクと頷く。状況はよくわからないけど、とりあえず場所を変えようと思って口パクでりあに伝える。なんとなく伝わったらしく、

『上で待ってるね』

そう言い残しそのまま部屋を出ていった。


ふと思い出し叔父さんの方に視線を戻す。心配そうにこちらを見ている叔父さんには申し訳ないが、何一つ聞いてなかった。


「ごめん叔父さん、聞いてなかったからまたあとで話して欲しい。ボクちょっと外行ってくるね」

「...そうか、気をつけろよ詩杏」


一瞬驚いた後、困ったように微笑む顔が昔の思い出と重なった。あれは確か、母さんが___


余計な考えを振り払うため、焦る看護師の人達を押しのけて部屋を出る。

朧気な記憶を頼りにまだ痛む頭を押さえながら屋上への階段を上る。その間にどうしてここ《病院》にいるのか思い出そうとしたけど、ズキズキと頭痛が酷くなるだけだった。



┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈



『しあ、こっち』


分厚い鉄の扉を開けると、りあが楽しそうに手招きしていた。見間違いじゃない、浮いている。なんなら少し透けている。

でも右耳に光る翡翠色のピアスは間違いなくりあのもので。

言いたいことが声にならずハクハクと口を動かしていると、申し訳なさそうにりあが口を開いた。


『ごめんねしあ、僕、死んだみたい』


意味がわからずその場に座り込んでしまったボクに、りあは沢山のことを話してくれた。

十三日の夕方、二人で画材を買いに行ったこと。

帰りの電車を待つ駅のホームでりあがバランスを崩し___落ちたこと。

そしてそれを見たボクは倒れてしまって、ここに運ばれたこと。

幽霊になってしまったらしいりあがこっち《現世》にいられるのは十六日の夕方まで。つまり今日を含めてもあと三日間しかないこと。

しぐやういくん___友人達やぜの兄にさえ りあは見えなくて、結局見えるのはボクだけだったこと。


全部ぜんぶ、りあはいつもとなんら変わらず話していた。目の前にある自分と同じ顔をじっと見つめる。


あぁそうだ。隣を見たらりあがいなくて、落ちていくところが、ゆっくり見えて、伸ばした手が、ほんの少し、届かなかった。

その先を思い出そうとして、またズキリと頭が痛んだ。


『...思い出さなくていいよ』


りあは小さく笑ってそう言った。

いずれ思い出さないといけなくなる日が来るのは分かってる。それでもせめて今だけは、一緒にいられるこの三日間だけは、その優しさに甘えさせて欲しい。



二人で病室に戻ると、出ていった時と同じように叔父さんが立っていた。


「叔父さん」


ボーッと空を見ていた目がこちらを向く。


「おかえり。外、まだ暑いだろ。是乃が昼に一回来るらしいからそれまでは絶対ここにいろよ」


ボクじゃないどこかを見つめながら叔父さんは言う。ボクに重ねているのは、きっと...


「ねぇ叔父さん...思い出したよ、だからもう、大丈夫」


自分に言い聞かせるように、できるだけ冷静にそう告げる。

叔父さんは赤くなっている目元をゆがめ、静かに泣いていた。



┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈



「詩杏、入るよ」


コンコン、と控えめなノックのあとに聞き慣れた声が続く。少し遅れて紫混じりの白髪が揺れた。

部屋に入ってきた一瞬、顔が嫌悪に歪んだように見えたのは気のせいだろう。


「よかった、起きてたんだ。これお腹すいたら食べな」

「ありがと ぜの兄」


お弁当を持ってきてくれた兄は珍しく髪を結んでいて、青い瞳は今にも溶けそうになっている。それほど外は暑くなっているんだろう、少し外に出るのが嫌になった。


お互い核心に触れず緩やかなお喋りが続く。ボクが『りあの幽霊』について話すかどうか迷っているうちに話も時間もだいぶ進んでいた。


「じゃ、俺は先帰るね。あ、そのうちしぐれん来るからそれまで待ってな。叔父さんに一応許可もらって帰りなね?」


そう言ってぜの兄は急いでどこかへ行ってしまった。合鍵を貰ったから帰りは遅いみたいだ。それに結局___


『...ね?見えてなかったでしょ?』


そう、りあはずっとぜの兄の周りをウロチョロしていた。体をつきぬけたり手を振って邪魔をしたり。どれもこれも気づかれていなかったけど。


「幻覚...とかじゃないよね」


思ったことをそのまま口に出して聞いてみる。違うよ、なんてカラカラと笑ってきて、完全に馬鹿にされてしまった。


『...でも幻覚ならずっと一緒にいられるのにね。』


力なく言う表情は暗くて、これは現実なんだと思い知らさせる。りあ、とかけようと思った言葉はその相手の声でかき消された。


『あ!ティッシュ、ティッシュそよがせるくらいならできるかもしんない!』


ほら!と、りあが指さしているところを見ると、確かにそよいでいた。風が当たっている訳でもないのにめちゃくちゃそよいでいた。


感心するボクを見て証明してやったと笑うりあは、やっぱりどこか寂しそうだった。

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なついろぱれっと 悠紀 @yuuki-123356

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