第19話 無念と恨み

 福永は、見せしめだったのだという。成績が上がらないと、きちんと上のいう事に従わないと、今度はお前らがこうなるぞ、という。

 休日出勤や日付を超えての残業は全員だが、接待や、不良在庫の押し付けなどもあったらしい。

 それをしていたのが浜地、行田、月本、付き合わされていただけと本人は言うが酒井の4人だ。

「福永みたいになりたいか。そう言って、不満を口にする社員を黙らせているようです」

 礼人が、淡々と言った。

「酒井が付き合わされていただけというのは本人の言い訳で、同じように振る舞っていたというのは、他の社員から聞いています。怯えるのも当然ですよね」

 晴真が言う。

「福永の周囲で彼らに復讐して回りたいと思う女性は、母親くらいか」

 課長が言い、

「ラブホテルに誘い込めるかな?」

と誰にともなく訊く。

「恋人とかはいなかったのか?」

「いたようだとは弟が言ってましたが、誰かはわからないそうで」

「福永の自殺がシンボル的意味を持つなら、福永と特別な関係にない人間でも、それを匂わせるように桜を小道具に使うという事もありえませんか」

「おいおい。だったら容疑者が絞り込めんぞ」

 うめき声が上がり、そして、課長の舵取りを待つように課長を見る。

「明日、一課が乗り込んで来る」

 サッと、空気が変わる。

「取り敢えず、酒井を見張りましょう」

 礼人が言うと、

「そうですね。襲って来た所を捕まえたらいいんですよ」

と、晴真がヤケクソみたいに言って頷いた。


 涼子は、福永の遺体が発見された散歩道に来ていた。

 幹線道路と川に挟まれた散歩コースになっていて、桜の咲く頃は、花見の宴会グループで混みあう。しかし今は満開を過ぎかけ、夜桜見物の人はほとんどいない。

 福永達が宴会をしたのも、満開を過ぎてかららしい。

 並んだ桜、その向こうの道路沿いに生垣のように植えられたつつじのせいで、座ると、道路からはほぼ見えない。散歩やジョギングをする人もいるが、死亡推定時刻の午後23時から午前1時という時間帯にそれを行う人はかなり少ないようだ。

(ニコチンを摂取した時、それがどういう状況だったのか、見ていた人は期待できないか)

 遺体のあった所にしゃがんで、上を見た。

 桜の枝が頭上に張り出しており、その花の隙間から、雲に覆われた空が見えた。

 視線を下に向けると、大量の花びらが地面の上に積もっているのが見える。

 と、木の根元に、線香が3本燃え残っていた。

(福永さんの関係者?3本……今回の被害者の分?だとしたら、犯人が福永さんに報告をしたとか?)

 涼子は、礼人に電話をかけ始めた。


 礼人が涼子からの電話を受けてそれを課長に報告すると、鑑識課員がそちらに出動し、明日には、近くのカメラ映像にそれを供えに行く人物と思われる者が映っていないか調べる事になった。

「犯人、今夜中に襲ってきますかねえ。来て欲しいなあ」

 晴真が言う。

 囮というわけではないが、酒井は警察署から帰し、それを見張っている。

 酒井は残業中で、事務所からは1人減り、2人減りして、あとはもう、酒井と女子社員の2人のみとなっていた。

「あれ。もう終わりなの?」

 机の上を片付け始めた1年後輩の女子社員に、酒井はギョッとした。

「はい。お先に失礼します」

「ま、待って!ぼくも帰るから!」

 それで堺は、慌てて机の上をがさがさと片付け始めた。

 彼女はクスッと笑って、

「なるべく、1人にならない方がいいですものね」

と言う。

「うん、そうだよなあ」

「でも、酒井さんは確か1人暮らしでしたよね」

「そうなんだ。どうしよう、困ったな」

 彼女は考えて、

「どこかに泊るとか?」

と、提案した。

「でも、月本さんはそれでも死んでたじゃないか。家に帰れば良かったのに――ああ、そうか。奥さんはもうすぐ出産だから、実家にいるんだったっけ」

「月本さんは、1人で泊ったんじゃないんですか?だからだめだったんですよ」

「でも、誰かと泊るって言ったって……あ、その、寺田さんは?」

 彼女は酒井の質問に、深刻そうな顔をした。

「1人暮らしなんです。だからどうしようかと……。

 まあ、亡くなったのは皆男性だし、大丈夫かとは思うんですけど……」

 そこで酒井は、勢い込んで言った。

「危ないよ!皆、営業部の連中じゃないか!今は男ばかりでも、その内女も狙われるかも知れないし!」

「じゃあ、今晩、一緒に泊まります?」

 上目づかいで、心細そうな顔付きをして寺田が言い、酒井は急いで首を縦に振った。

「そうしよう、それがいい、そうでないと危ないよ!」

 寺田は大人しそうな営業部の事務員で、控えめで優しい。めちゃくちゃ美人ではないが、悪くはない。

 酒井は上ずりそうになる声を抑えて、

「じゃあ、行こうか。どこに泊ろう。高いところは無理だし、今からだと、ええっと、インター近くのホテルしかないかも」

 要するに、ラブホテルである。

「そうですね。楽しみです」

「え!?」

「最近のホテルは、カラオケやゲームがあったりするらしいですね」

「あ、そう!そうらしいね!うん!」

「じゃあ、行きましょうか。私、車ですから」

 2人は電気を消し、営業部の部屋を出た。


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