第11話 うちの猫
礼人はそれを見て、頭に血が上った。いつもなら「やるべき事」「手順」などが頭に浮かび、犯人に怒りを感じても、冷静に対処できている。
それが、全て吹っ飛んだ。
涼子の首を絞める男を殴り飛ばし、頽れた涼子を確認する。
息は無いが、心臓は動いている。
救急救命措置の講習で教えられた事を思い出し、実行する。
やがて涼子が目を開けてホッとし、手が震えている事に気付いた。それから思い出して振り返ると、犯人は晴真が逮捕していた。
そこでそれにもホッとして、晴真に宣言していた通り、説教をする事にした。
「このバカが!抵抗しろ!」
「迷ってしまったので」
「迷う要素がどこにある!?」
「巻き添えになった人に申し訳ないし、遺族はずっと私を恨むだろうなあと」
「逆恨みだ、放って置け」
「一緒に誘拐された子は死んでしまったのに」
「悪いのは犯人であってお前じゃないだろ」
涼子はやっと、体を枯れ葉の上に起こした。
髪の毛に、枯れ葉が絡み付いている。
「でも、怖くて忘れていた記憶の部分がずっと空虚だったんです。周りの大人は腫れものに触るみたいに扱うし、その空虚な空洞の部分がまた怖くて不安で」
礼人は真正面から視線を合わせて、言う。
「だったら、その空いた部分に俺を入れとけ」
そして、髪に絡みついた枯れ葉を取り除き始めた。
女の子の父親は、全ての犯行を認め、素直に自供をしていた。
監察医務院の同僚も刑事課の人達も、皆が無事を喜んでくれ、元の生活が戻り始めた。
そして、涼子はドラッグストアに入ろうとしたところを礼人に見つかり、
「新製品のパイン味が出たんです」
と言うと、溜め息をつかれた。
礼人もまた別の事件に忙殺され、たまに作り置きを作っては冷凍に励む日々だ。
そんな日常が戻って来たある日、抱える事件も無く、さあ帰るかと立ち上がったところで、礼人は晴真達に飲みに誘われた。
「森元、久しぶりにどうだ」
それに礼人は、
「すみません。猫の世話がありますので」
と断る。
「猫を飼い出したのか」
「居着いたと言うか、餌付けしたと言うか……ははっ。
じゃあ、失礼します」
「おう!」
礼人は軽い足取りで部屋を出た。
思いついて、ワインを買って家に帰る。
と、リビングで血統書付きの猫が本を読んで待っていた。
「お帰りなさい」
「おう。ただいま。ワインの冷えたのを買って来たから、今日はムニエルにしようか」
「美味しそう」
血統書付きの猫――涼子は、少し目を細めただけだが、提案がお気に召したと礼人はわかった。
「昼はちゃんと食ったんだろうな」
「キッチンベーカリーの、クロワッサン。
礼人。これ、やってみた」
冷蔵庫を開けると、プリンが4つ入っていた。
「プリンか。デザートにしよう」
うちの猫は、少しずつ学習している。
「なあ、涼子」
「何?」
「いや」
「ん」
フライパンで、バターの溶けるいい匂いがしだした。
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