第61話 波よ、花火よ

 時間を忘れて、夏休みであるということすらも忘れて遊び惚けた俺たち。

 気づけば日は沈んでいて、あんなにも色鮮やかに輝いていた海が黒く染まった。


 溢れんばかりの人たちも姿を消し、夜の海には俺たちしかいない。

 恐怖すらも感じるほどに大きな波の音に耳を傾けつつ、寄り合う。


「どうだ? つきそうか?」


「風が強いから何とも……」


「翔もうちょい寄って? 壁になってほしいな!」


「彼氏を壁にする彼女がこの世にいるもんだなぁ」


「そこ、イチャつかないの」


「へーい」


 やる気のない声を返す翔。

 それに音羽が笑いつつ、俺ははぁとため息をつく。


「……あっ、ついた!」


 パチパチ、と音を立てて光を発する。

 それは暗い海を照らす一筋の光となって、俺たちに笑顔が灯った。


「夏と言ったらやっぱり……花火だよな!」


 そう、今俺たちは砂浜で花火をしていた。

 

 これを提案したのはもちろん策士軍師持って来いの俺。

 思い出を作ろうということなら、夜の砂浜で花火をするのはベストな手段。


 という建前がありつつ、本音はただ俺がしたいだけ。

 だってこれ、なんか青春じゃん?

 男女四人が夜の砂浜で花火とか、なんかリア充じゃん?


 そう、俺はただ自慢したいだけである。

 

 ……これは俺が醜いわけじゃないぞ?

 人間は本来より欲にまみれた醜い生命体であって――以下省略。


「律君ったら、何気にベタだよね」


「ベタがいいんだろ? ベタってことはつまり王道。王道とはつまり至高!」


「テンション高いわね……子供っぽいわ恥ずかしい」


「なんでお前が恥ずかしがってんの? あれか、共感性羞恥ってやつか」


「違うわよ。これが私の幼馴染だと思うと……ね?」


「ひでぇなおい!」


 加恋が楽しそうにふふっと笑う。

 どうやら加恋もこの至高のシチュエーションに胸を躍らせているらしい。


 だけどその笑み、俺の心を生贄に捧げて得ているってこと、念頭に入れてくださいね?

 何事にも犠牲が必要とか、ほんと無慈悲だよな。

 やはりノーリスクハイリターンが最高である。ゆとりバンザイ。


「花火綺麗だねぇ」


「だな。これは律の思惑通り、いい思い出になりそうだ」


「だろ? まーた人を幸せにしてしまった」


「たった今私が不快な気持ちになったわ」


「なんでそういうこと言うんだよ! ツンデレにも限度ってもんがあるだろうが!」


「……花火、綺麗ね」


「無視とか罵倒よりも気づくんだよなぁ……」


 好きの反対は嫌いではなく無関心だと言うが、それは確かなようだ。

 そんなことを漠然と思いながら、光り輝く花火に視線を向ける。


 あまりにも綺麗で、俺たちはその小さな眩い光に見入るように目を輝かせていた。

 まるで童心に帰るように、ひたすらに。


 高校生になって、はしゃぐのはダサいという風潮だったり空気がある。

 どこかそれに無意識のうちに従って、大人になろうと自分を封じ込めている。

 

 だからこそ、こうやって解き放って自由になれる時間は最高で。

 そんな時間を共に過ごせる友人こそが、最も至高であり、大事なのだと思う。

 

 当たり前のようで、意識していないこと。

 今隣にいる相手はきっと、これからも繋がりがあるのだと確信できる。


 希望的観測のように思えるけど、どちらにせよまたこうして童心に帰りたいと思った。


「綺麗……」


 横にいる加恋がそう呟く。


 儚い花火の光を見つめる加恋の横顔が、昔と重なる。

 それほどに純粋無垢で、綺麗で。

 このまま昔に戻ってしまうんじゃないかとさえ思った。


 思わず見入ってしまう、加恋の横顔。


 まつ毛は長くて、肌は白い。

 だが程よく赤みが差していて、宝石のような瞳には加恋の存在そのものを表しているみたいに輝く光が映っている。

 唇はほんのりピンク色で、こうしてみると触れたら壊れてしまいそうな弱さを宿している。



 ――美少女であるとかそういう以前に、加恋は女の子なんだな。



 なんてベタなんだって思うけど、俺はこの時確かに思ったんだ。



 ――花火よりも、どんな景色よりも、加恋の方が綺麗なんだな。



 どうしようもなくそう思ってしまう。

 

 押しては返す波の音。

 風が軽やかに舞うみたいに、吹き抜ける。

 散る花火。

 弾ける笑顔と、感嘆の声。

 漏れる息と、鼓動の音。


 脈を打つ。

 それも速く、未来へ行こうと、速く。



 ――これは、



「ちょっと俺、飲み物買ってくるわ」


 消えかけの花火をバケツに突っ込む。


「了解」


 翔はそうとだけ返して、また花火に視線を向ける。

 どこか温かい表情を浮かべていたのは、きっと気のせいじゃないだろう。


 俺はゆっくりと砂浜を歩いていく。

 

 落ち着かせるように。

 波の音よりもうるさい鼓動の音を、落ち着かせるように。

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