第59話 ヒーローは遅れて登場する

「ちょっとパラソルから離れるわね」


「ん? どした?」


「ちょっと、ね」


「? ちょっと?」


 ……なんで察することができないのよこの鈍感主人公。

 はてなんのこと? と言わんばかりに首を傾げて私を見てくる。


「……い、言えないことくらいあるでしょ……」


「言えないこと?」


 …………。


「あぁーもう! オウム返しばっかしてムカつくのよ! それでも人間? 自分の言葉を話しなさいよ!」


「めっちゃキレられたんですけど⁈」


「だ・か・ら、トイレ行くのよ!」


「いや一度も言われてないんですけど⁈」


「女子にこんなこと言わせるなんて……デリカシーがないにもほどがあるわ! ふんっ!」


 私はそっぽを向いて歩きだす。


 この察しの悪さは本当に困る。

 昔からこれに何度頭を悩まされたか……もう数えきれないほどだ。いつか慰謝料を請求してやろうと思う。


「ちょおい! 一人だと危ないぞ!」


「大丈夫よ!」

 

 でも、ちょっと優しさがあるあたり完全に憎めないのがもどかしい。

 私はそのもどかしさを振り払うように、砂浜を歩いた。





「(それにしても今日の私、頑張れてるわね)」

 

 そんなことを思いながら砂浜を歩く。

 意外に遠いところにあったので、帰るのも一苦労。

 燦々と太陽の日差しが照り付けていて、日焼けしてしまわないか心配になる。


 ともかく、今日の私は案外積極的だ。

 スキンシップだって取れてるし、しっかり話せてるし。

 

 ……いやたまに恥ずかしくてあんまり顔を見て平常心で話せないこともあるけど。

 

 そ、それもそうよね。

 だってこの格好、ほとんど裸のようなものじゃない。

 上にある程度羽織っているとはいえ、凄く恥ずかしい。


 それに周りには私よりも……その、お、大きなものを持ってる人だっているわけだし、私の体と比べられたら勝ち目があるわけがない。


「律って、えっちだもの」


 そう、律はえっちだ。

 だから本能の赴くままにいいスタイルの人に傾くかもしれない。

 

 ……うぅ。それは嫌……。


「が、頑張らないと……」


 私はもう一度決意を固める。

 今回の海で私は……律にアピールをする!


 なんとしてでも、私に振り向かせて見せるんだから!


「おっ可愛いね、そこのお姉ちゃん?」


「…………えっ?」


 振り向いてみると、そこには四人組のいかにも柄の悪そうな男の人がいた。

 ニヤリと生理的に受け付けない笑みを浮かべていて、体にゾクッと寒気が走る。


「うわっマジで可愛いじゃん。モデルとかだったり?」


「ち、違うけど……」


「えぇーもったいねぇ! モデル級の可愛さだよ君! むしろそこら辺のモデルより可愛いわ! な?」


「だなだな! どうよ、俺たちと一緒に遊ばね? 楽しい夏の思い出作ろうぜ?」


 怖い。

 私の頭の中はそれでいっぱいだった。


 こんな経験初めてで、こういうときほんとに体は凍るんだってことを知った。

 口が動かない。何も話せない。


「絶対楽しいからさぁ~! な?」


「い、いや……」


「ほんと! 損はさせないよ俺たち!」


「だよだよ!」


 詰め寄られる。

 さっきよりも体が何倍にも大きく見えて、足がすくむ。

 

 ……私はバカだ。

 律はさっき、これを危惧して私に忠告をしてくれたのに。

 あのとき私が、素直になっていれば……。


「さっ、いこいこ!」


「ひゃっ!」


 腕を掴まれる。

 抵抗しようとするが、そんなのは全く無意味のようで。


 薄っぺらい笑みを浮かべながら、私をぐいっと引いた。


「や、やめて!」


 明確に拒絶の意思を示すが、聞こえていないかのように腕を引いてくる。

 涙がぶわっと、溢れるように目に染みてきた。


 誰か……助けて!



「加恋に触るんじゃねぇッ!」



 心の中で助けを求めた時、突如私の腕を掴む手が払われて肩を抱かれる。

 

 私は見なくてもその人物が分かって。

 なんだか昔と重なって。


「律……」


 零れるように、その名前を口にした。





    ***





「あれ加恋じゃない?」


 音羽が指をさす方向を見る。


 するとそこにはいかにも雑魚キャラっぽい男四人組に絡まれている加恋の姿があった。

 明らかにいい雰囲気って感じではない。


「あれマズいんじゃない?」


「完全にナンパされてるな……」


 加恋ほどの美少女を一人にしていたらこうなるのはわかっていたこと。

 だからこうして、俺も音羽と離れずに行動している。


「わ、私行ってく」


 加恋の方に駆け出そうとする音羽の手を引く。

 

「大丈夫だよ。あいつが来るから」


 正直、ナンパされている加恋の姿を見た時焦った。

 だけど、幼馴染のアイツなら……一万回告白したあいつなら、この状況を放っておくわけがない。


 

 あいつは、ちょっとヒーローみたいなところがあるからな。



「あっ、律君……」


 音羽が後方から走ってくるあいつの姿に気づく。


「ほんと、遅れて登場するところは真似してなくてもいいんだけどな」


 俺は呆れてため息をついて、ふっと笑った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


新年一発目!

2021年もよろしくお願いします!


今年は結果を出す年にする!


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