第58話 我あーんを欲す

 だいぶ遊んでお腹が減ったので、俺たち四人は海の家に足を運んでいた。

 さすがの大繁盛。だがそれは予想通りで、俺たちは当然のように長蛇の列に並ぶ。


「人の量すごいわね」


「だねー! でもきっと、それほどにおいしいってことだよね」


「だな。きっとグルメの音羽でも満足する一品だと思うよ?」


「ちょっと翔! グルメってちょっと恥ずかしいよ……」


「確かに。ちょっと翔デリカシーなくない?」


 こうしてイケメンを罵る機会はそうそうない。

 俺は三日ぶりに獲物にありついた肉食動物のように飛びつく。


 ふふふ……これは気持ちがいい!


「ちょっと律。小汚いパパラッチ精神が見え見えよ」


「おい小汚いとは失礼だな! 俺はただただ純粋によからぬ音羽に対する発言に対してだな……」


「嘘つかないの。私には分かるわ。きっと『イケメンを罵れるチャンス到来!』とでも思ってるんでしょ?」


「お、思ってねーわ!」

 

 思ってます。

 ってかなんでそんなにドンピシャなの? もしかしてテレパシー能力とか持ってたりする?


 そしたら俺の恥ずかしい妄想とか駄々洩れじゃん。恥ずかしっ!


「ってかそれ俺のものまね? 全然似てねぇな!」


「う、うるさい! 私の中では律のイメージはこんな感じなの!」


「えっそれすっごい傷つくんだけど。マジで今すぐ死んじゃいたい」


「止めはしないわ」


「いや止めろよ!」


 思わず息が切れてしまう。


 なにこれ3000M持久走なの?

 ってかなんで体育の死亡原因第一位のくせに毎年開催なの? 俺死んじゃうよ?


 ふと、神カップルの姿が目に入った。

 神カップルは口に手を当てて、俺たちのことをにんまりとした表情で見ていた。



「「……あらあら」」



「うるせい!」


 全く、この二人はこの手に関して完全に息がぴったりだな。

 いや、割とこの二人は日常生活からシンクロしているか。

 でもいじることにおいてだけはシンクロしないで欲しかった……強敵すぎる。


「おっ、そろそろ順番回ってくるな」


「おいさては逃げようとしてるな?」


「好きなもの頼んでいいぞ、音羽。今日は俺のおごりだ」


「ありがとう、翔」


「いえいえ」


 さりげなく……というかあからさまに話題をそらした上に、しれっとイチャつき始めやがった。

 どこまでもぬかりないなこの二人……


 きっと俺は親の壁よりも、この二人の壁が生涯で最も大きな壁となるんだろうな……


 俺はそんなことを漠然と思って、なぜか加恋に奢らされた。




    ***




 パラソルの下で飯を食う。

 

 楽しく談笑したりしながら、時にはゆったりと押しては返す波を見て。

 俺たちは一分一秒を無駄にせずに海を満喫していた。


「うめぇなこれ」


「そうね。確かにこれ美味しいわ」


「だな」


 もともと腹が減っていたというのもあるが、箸がとにかく進む。

 かなり病みつきになる味だ。


「あっ私そっちのも食べてみたい」


「さすがグルメ音羽。いいよ。あーん」


「あーむっ! うん、こっちの味も美味しいね」


 ……今さりげなくこいつらあーんしやがったぞ?


 もっとあーんは上級魔法くらいに高難易度なはずなのに……いとも簡単にやり遂げやがった。

 お前らもうすでにその次元まで……ぐぬぬぬ。


「…………」


 なぜか無言で俺に視線を向ける加恋。

 ちらちらと俺の持つポテトに視線を向けつつ、何かを訴えかけてきていた。


「もしかして……食いたいのか?」


「(こくり)」


「……ほい」


「はぁ⁈」


「な、なんでキレるんだよ!」


 食べたそうにしてたから差し出したのに、なんかキレられたんですけど!

 どんだけ不当なんだよ。軽くブラック企業のそれじゃねぇか。


「あ」


「……あ?」


「あ!」


 口を開けてこちらに顔を向けてくる加恋。

 いや何その画期的なメンチの切り方。


「……あぁー」


 なるほど。これさては「食べさせろ」の意だな?


「でもお前、手空いてんじゃん」


 俺がそう言うと、先ほどまで膝の上にあった手がすぐに背中の後ろに回された。

 そして一言、


「空いてない」


「いや空いてるだろうが」


 もうこうなっては加恋は曲がらない。

 俺は致し方なしと思って、加恋の口にポテトを放り込んだ。


 すると幸せそうに「んー」と唸って、「はっ!」と思い出したように顔を無にする。


「……まぁまぁね」


「嘘つけ」


 ……ほんと、俺の幼馴染どうしたんだよ。


 原因は当然わからない。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


僕のクリスマスを捧げた短編、

「目覚めたら長い間疎遠になっていた幼馴染がミニスカサンタコスをして俺にひざまくらしていた件」

を投稿しました!


かなりの自信作なので、ぜひ見ていただけたら嬉しいです! よろしくお願いします!

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