第38話 加恋の望む関係

 翔に今日さりげなく自分の気持ちを聞かれて、そしてこうして直接核心に触れられて。


 俺は自分の気持ちを再度確認した。というのも、見ないようにしようとしていたものを見ただけに過ぎなくて、意識的に隠していたものを掘り起こしただけだ。

 だからもとよりその質問の答えは考えなくても俺の中にある。


 それをしっかりとなぞるように、言葉にした。


「確かに、翔の言う通りだ」


「やっぱりな……」


 翔はため息をつく。

 「やれやれだぜ」といかにもラノベの主人公が吐きそうなセリフを言いそうだ。


 でもここで終わらない。俺の話には続きがあった。


「でも、正確に言えば……諦めようとしてる」


 俺の言葉に翔は黙り込む。

 正確にはこういうのが正しい。翔と音羽、加恋に言ったことは決して嘘ではない。

 確かに周囲に言うことで自分をそうせざる負えない状況に追い込もうとしたのは確かだ。


 でもそれは苦肉の策……というわけではなく、自分から諦めたいと思ったのだ。


「いや最近さ、加恋が昔みたいに優しく接してくれて楽しいんだ。いやそりゃツンデレのツン特化型みたいな加恋ももちろん接してて楽しいよ。でもさ、俺一度引いてみて思ったんだよね。恋人じゃなくて幼馴染でも、楽しいんじゃないかって」


「…………」


「それにもう加恋がいちいち告白を断る必要だってないし、そっちの方が俺と加恋の関係はいいんじゃないかって。改めて思うと、俺とんでもなく嫌なことしてたなって思ったよ。幼いころの言葉があろうともさ」


 たとえ昔から交流のある幼馴染といえど、さすがに迷惑だったなと今は反省している。

 反省するのおせーよって言われても、何も言い返すことができない。

 だからこそ、今はお互いに一番いい関係……いや、加恋が望む関係でいたいと思う。


 最近の加恋の変わりよう。

 おそらくトリガーとなったのが俺とただの幼馴染に戻ったことだと思う。

 それに加恋自身が自分から前の幼馴染の関係に戻ろうと言っていた。


 つまり加恋はその関係を望んでいる。

 だとしたら、俺は加恋の望む関係でいたい。これはゆるぎない。


「だからさ、まだ少し諦められないって気持ちもあるよもちろん。でも、加恋の望む関係でいたいんだ。だから、諦めたい」


 はっきりと口にした自分の言葉。

 

 本音を今まで翔には言ってなかった。というか聞かれなければ言っていなかった。

 でも言ってよかったと思う。これで俺の決意はさらに固まったから。


「そうか……そうなんだな」


「あぁ」


「……律らしくらしくないけど、律らしいな」


「どういう意味だよそれ」


「そういう意味だよ」


 たまらずお互い吹き出してしまう。

 

「そっかー。いやほんとにそっかーしかいえねーわ」


「自分から聞いといてなんだよ。そんなに意外だったのか?」


「いや、まぁこれは俺の願望だからいいんだよ。それに、正直大変だなぁと」


 含みのある笑みを浮かべる。

 でもこれ以上は何も言わないといった雰囲気が出ていた。


 ほんとにこいつはすべてを分かってますみたいな顔をしやがる。

 神かよ。神に愛されすぎてるなと思ったら神の御子孫様だったの?


「まぁ高校生活に恋がなくとも、俺は楽しければいいと思ってる。これは本心だ」


「本心は彼女欲しいなぁって思ってんじゃねーの?」


「ま、まぁそれは否定できないけど」


「じゃあなんで白幡さんとか後輩の子とかを狙わないんだよ。ビジュアルなら加恋に負けてないだろ」


 先ほどから翔が俺に恋をさせたがっているようにしか思えない。

 何なら今すぐにでも女の子紹介しようか? ぐらいの勢いである。


 まぁ女の子紹介してきたら音羽に「おたくのイケメン女の子結構詳しいらしいっすけど大丈夫ですか?」とにやにや顔で連絡してやるけどな。


「あの二人は大切な友達だ。ただ、ららは正直よくわかんないし、白幡さんも……って、あれ? 俺あの二人のことよくわかってなくね?」


「お前なぁー……鈍感は今どき嫌われるからな? 女の子を気遣う。これ大事」


「……イケメン彼女持ちの言葉は違うなぁー」


「俺をほめても何も出てこないぞ」


「ボロが出てほしいんだけどなぁ」


「ひでぇな」


 またけらけらと笑う。


 男子高校生のいいところは、真面目な話を交わしたところですぐに和やかになるところだ。悪く言えばバカなのだ。でも、そのバカさに救われる。


 男子高校生に生まれてよかった(大げさ)。


「まぁお前の気持ちはよくわかった。その気持ちで夏休みに臨むこともな」


 翔はそういいながら立ち上がる。


「なんにせよ、俺がお前に言いたいことは一つだ」


「ん?」



「高校生活、悔いが残らないようにしようぜ」



 ……なんだよ、ちょっとカッコいいじゃねーか。

 

 嘘です普通にカッコいいです。


 でも、また翔は言葉の裏に何かほかの意味を持たせている気がしてならない。

 干渉しすぎないように、あくまでも第三者として自分の考えを出してくる。


 まるで遠回しにヒントを与えてくる先生みたいだ。


 翔がすっと手を差し伸べてくる。


「まったく……話が壮大すぎるんだよ。まずは夏休みからだ」


 俺はふっと笑って、その手を取った。

 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る