第43話悲しみの中で
刑事達が手分けをして神奈川県の冷凍商品会社に連絡するが、中々柳井工業との取引が無い。
中には取引が有るが、植野との面識はこの一年程は無いと言われて、発見出来ない捜査陣。
応接室では美優が核心に触れる話をしていた。
「知ったのは多分大阪本社の籠谷次長からだと思います。それと違法睡眠薬は植野が中国で手に入れた物だと考えられます。籠谷次長を問い詰め、ノイローゼ状態に追い込み睡眠薬を飲む様に仕向けた可能性が有ります。籠谷次長が全ての経緯を話したので、植野は山戸医師を呼び出し同じく睡眠薬で殺害。
その後釜江婦人科の瀬戸頼子看護師を利用したのでは?と思いますがこの部分は判りません。
私が判らなかったのは、桂木常務より先に死ぬ必要が有った足立伸子が何故先に殺されたのか?が判らなかったのですが、柳井工業の業態を見て漸く謎が解けたのです。
それは、柳井工業は冷凍設備、ガス等を販売している会社ですので、その技術を使って植野は殺害した足立伸子の死体を急速凍結して、保管して二日後熱海の梅林に遺棄したと考えられます」
「それで、冷凍商品会社なのか?だが死体を受け入れる会社は無いだろう?」
「それが問題なのですが、必ず有ると思います!普通の冷凍庫では解剖所見で時間が誤魔化せませんから、急速に凍らせてしまったと考えられます」頷く横溝捜査一課長。
再び話し始める美優。
「足立伸子を殺害したのは、桂木が手渡した青酸性の毒物で、十月二十八日で二人はボイスレコーダーのコピーを作り、聡子が桂木常務の元に届けてコーヒーで乾杯でもしたと思われます。
聡子を信頼していた桂木常務は、何も怪しむ事無くコーヒーを飲んでしまったと考えられます。
足立伸子がアイスのお茶で殺されたのは、何処か温かい場所だったからで、早朝からアイスの茶は飲まないと思います」
「成る程!新聞配達の人が見た女性は誰なのだ?」
「それは多分、背格好から考えて瀬戸頼子だと思われますね、殺害される前の姿でしょうね!葛城山で二人の死体の廃棄場所が離れていたのは、釜江医師は先に殺害され二人で葛城山に遺棄して、瀬戸頼子は植野晴之が足立伸子の死体を梅林公園に遺棄した後、殺害して同じ様に葛城山に遺棄したので、場所が変わったと思われます」
そこまで聞いた横溝捜査一課長は「今回も美優さんに完敗の様だな!これからどう成る?」
「植野は東南物産の悪行を世間に晒して、自分も聡子さんの後を追うでしょうね」
「人情的には放送させてやりたいな、内容は聞いてないが?」
「籠谷次長の告白では無いでしょうか?植野が最後に聡子さんの無念を晴らしたいでしょうから」
再びテレビ局に電話をして内容を確かめる横溝捜査一課長は、沈痛な表情で美優の顔を見て頷いた。
佐山が「課長!何処にも植野との接点は有りません、有っても数年前で一年以内の連絡は皆無ですね」と報告した。
「でも、地理的に同時に二つの殺人を行ったのですから、浜松近辺だと思うのですがね、静岡県内の冷凍食品の会社に該当が無いのです」首を捻る美優。
「柳井工業にリストを貰うのは?食品会社以外に有るのかも知れない」一平が口を挟む。
「よし、そうしてくれ!」横溝捜査一課長の決断は早かった。
冷凍設備等の販売先のリストが捜査本部に届いたのは、二十分後だった。
美優が自分の調べた会社をピッアップしてから「マグロの保管?マグロの急速凍結だったのね!」で目が止る。
食品でも漁業にまで目が向いてなかった美優が、早速浜名湖の近くに在る高塚水産に電話をする。
「柳井工業の植野さんが最近来られませんでしたか?」
「植野君か?最近は来てないが、半年程前に来て最近使っていない急速凍結庫を一週間程使わせて欲しいと言われたよ」そう答えた。
電話を終わると「見つかりました!高塚水産の急速凍結冷凍庫です」
美優の言葉で、捜査員が一斉に浜名湖方面に向かう。
「この場所なら、二人の死体を同時に処理出来ますね!距離が近いです」
「桂木常務の死体が見つかった場所まで僅かだ!流石は美優さんだ」褒め称えるが、植野晴之の身柄を拘束していない。
「放送されるなら、聡子さんの処に報告に行くでしょう?彼女が亡く成ってから約半年ですからね!」
「横須賀の警察に連絡をして、身柄の確保だ!墓地の可能性が有るって事ですね」
頷く美優だが、複雑な気持ちに成っていた。
例え復讐とは言え、足立伸子、桂木常務、籠谷次長、釜江医師、山戸医師、瀬戸頼子と六人もの人を殺害した罪は重い。
本当は静かに逝かせてあげるのが正しいのだろう?自問自答の美優。
しばらくして、捜査本部に植野確保、睡眠薬の瓶を持っていたとの連絡が入った。
その後半時間が経過して、テレビ局が一連の殺人事件の速報を一斉に流した。
犯人植野晴之が、横須賀の墓地で捜査員に取り押さえられた事を大きく伝える。
時を同じくして、高塚水産に向かった一平達が、急速凍結庫内に痕跡を発見したと報告してきた。
横溝捜査一課長はテレビ局に放送を解禁して、植野が送りつけたUSBメモリーを公開させる事にした。
それは横溝捜査一課長の植野に対する気持ちの表われだった。
美優の予想通り植野に責められて供述する籠谷次長の肉声で、桂木常務に命令されて堂本聡子を騙して病院に連れて行った事実が語られ、他数名の秘書も病院に連れて行った事実を赤裸々に語っている。
そして、桂木常務の熱海、初島カジノ構想の全容も付け加えられていた。
その声は正しく、堂本聡子の告白に近い物で、桂木常務が言った夜の蛾を引用していた。
最後に植野の肉声で「聡子!守ってやれなくてごめんな!俺も直ぐ行くから!」で締めくくられている。
夜遅く静岡県警に移送されてきた植野晴之に「お前が送ったUSBメモリーはテレビ局が先程全国に流したぞ!」と横溝捜査一課長が伝えると「見せて下さい」と小さな声で言い。
録画の画面を見せると植野は、大粒の涙を流して「ありがとうございました」と横溝捜査一課長に御礼を言った。
佐山刑事の「明日から、本格的な取り調べだ!今夜はゆっくり休め!」の言葉に頷いたが、翌朝植野が姿を見せる事は無かった。
最後に隠し持っていた青酸カリを服用して、亡く成っていた。
その事実を電話で聞いた美優は「東南物産は株価も急落して、立ち直れない程の打撃を受けたし、もう彼に聞く事は何も無かったと思うわ!それから聡子さんのお母さんが、娘の名誉が回復されましたと御礼の電話が有ったわ」と言った。
夜、美優は一平に「今頃二人は天国で愛し合っているわよ!哀しい事件だったわ!」そう言って抱きついて悲しみを拭おうとした。
完
2018.04.11
夜の蛾 杉山実 @id5021
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