第11話 魔王様、親戚付き合いを億劫に感じられる

 お盆が過ぎれば多少ゆっくり出来る。


 怒涛の忙しさから解放され、丸一日熟睡してしまったことに関しては「まだ幼いから致し方なかろう」と言う事でお咎めなしとなった。

 だが、その丸一日寝ている時でも聖女は寺に来て境内の掃除を手伝ってくれていたのだと聞いた時、我はもう少し体力をつけなくてはと自分を叱咤した。



 花屋は十三日になれば忙しさのピークを過ぎる。

 その為、聖女は十三日を過ぎてからは寺の手伝いをしに毎日訪れるのだ。

 今のうちから寺での仕事を軽く覚えたいのかも知れないと思うと嬉しさも込み上げてくるというもの……何より聖女と共に過ごせる時間が増えるのは喜ばしいことだ。



 お盆前、聖女が寺に来てくれない時期は本当に地獄だった。

 追々対策を考えなくてはならないな。



「祐一郎、そろそろ準備なさ~い」

「あぁ、そろそろでしたね」



 今日は年二回ある東家の親戚が集まる日だ。

 東家は代々女系家族らしく、男児が生まれると祭り状態になる。

 我が生まれた時はまだご健在だった曾爺様が余りの喜びに、真冬の寒い日に毛布で我をグルグル巻きした挙句、あろうことかコタツの中に入れられた時は死ぬかと思った。

 発見が遅れたら蒸し焼きになっていたことだろう。



 何はともあれ、今日は遠方からも親戚が集まる日。

 正直、余り良いものではない。

 中には露骨なまでに下心を見せた者も来るからだ。



「客間は既に掃除してあるし、布団類も昨日の内に天日干しは済ませてある……」


 抜かりは無いはずだ。

 あの日から我と聖女は夜になると鐘打ち堂で一時間ほど一緒に過ごしているが、親戚が泊まる今日は会えない、ストレスで禿げてしまいそうだ。



 袈裟に着替え気を引き締めなおした頃、続々と遠方から親族が集まり始めた。

 今日ばかりは勇者も夏用の着物で御もてなしをする。何事も御もてなしが肝心なのだ。



「うぅ……あつい……」

「帯がずれていますよ、もっと胸を張って背筋を伸ばせばそんなに歩き難くは無いでしょう」

「なぜ動きにくい着物で御もてなしをしなくてはならないのか謎だ、しかも着物の中が暑い」

心頭しんとう滅却めっきゃくすれば火もまた涼し、と言うことわざがあります」

「しんとうを……めっきゃく?」

「心の持ち方ひとつで、いかなる苦痛も苦痛とは感じられなくなること……と言う事です。さぁ、帯が直りましたよ。これで多少は楽になったでしょう」

「すまないな魔王」

「しかし、本当に今日は暑いですね……お客様の為に打ち水をしましょう」



 こうして、我と勇者は玄関や縁側に打ち水をしながら訪れる親族に挨拶をしていた。

 打ち水をすれば多少は涼しく感じられるものだ。

 桶を置き、勇者と共に家に入ろうとしたその時――。



「祐一郎君? 大きくなったわねぇ!」

「お久しぶりです」



 声をかけて来たのは、どこまで血が繋がってるかも分らない遠方の親戚だった。

 苦手な親戚の一人でもある。



「今日はうちの娘も連れてきたのよ~!」

「初めまして」

「初めまして、祐一郎と申します」

「あの! 小雪です!」

「あらそう、ところで祐一郎君……」



 勇者が挨拶したというのに、この女は勇者に興味を示さず自分の娘だという化粧臭い女を突き出してきた。



「どう? うちの娘、可愛いでしょう?」

「そうですね」

「祐一郎君の将来のお嫁さんにどうかなって思って!」

「申し訳ありませんが、既に相手は決めております」

「まぁ! そうは言ってもうちの娘のほうが……」

母屋おもやでの手伝いがあるので失礼します」



 そう言うと勇者の手を引き母屋へと入った。

 寺の嫁として家にはくがつくのを狙っていたのだろう、浅はかな女だ。



「私が挨拶したと言うのになんと言う態度だ」

「あの方は貴女が生まれたときも喜ぶ顔一つしなかった方ですよ。相手するだけ時間の無駄ですし、イライラするだけ心の脂肪、心の駄肉だにくです」

「むぅ……」

「寧ろ、こう言う時は女性である貴女が少々羨ましく感じますよ。家に箔がつくと言う名目めいもくで自分の娘を私の嫁にと考える浅ましい輩が大勢いるのですから」



 祖父はお見合い結婚だったが両親は恋愛結婚らしい。

 親戚中から猛反対が上がったらしいが、祖父と当時まだご健在だった曾爺様が「東家に相応しき嫁である」と反対意見を押し切り、母を迎えたのだと聞いたことがある。

 だが親戚は自分たちの顔に泥を塗られたと思ったのだろう。


 我が生まれるまで母は「まだ妊娠もしないのか」や「跡継ぎを産まないのなら離婚しろ」等と散々言われ続けたらしい。

 我が生まれてからは母への攻撃は無くなった様だが、反対に「うちの娘を嫁に」と言って来る親戚も多いのだと愚痴を零していた。



 そんな我が聖女を見初めたことにより、母は聖女の事を可愛がっている。

 自分と同じ様に辛い目に遭うかも知れないと心配はしているようだが、寺の手伝いをしにやってくる聖女を、両親も祖父母も可愛がっているのが現状だ。



 娘である勇者には、そんな苦労をせず幸せな将来を送って欲しいとさえ願っている母の想いを無碍むげにする訳にもゆくまい。



「小雪、今から言う事を覚えて置きなさい」

「はい」

「貴女は東家の長女、私の妹です。何も恥じることは無い」

「はい」

「困った時は兄に助けを求めなさい、出来るだけ貴女を守りましょう」



 ――勇者も感じ取った人の気配。

 二人で見つめた先には……先程の親戚の娘が笑顔で立っていた。

 年は聖女と変らないくらいだろう。だが化粧を塗りたくったその顔は本当の顔ではないと直ぐにわかるし、何より男遊びが激しそうなサキュバスを思い出させる女だった。



「何か御用でも?」

「祐一郎君と会話がしたくって」

「申し訳ありませんが、後にして頂けませんかね?」

「え~? 祐一郎君ってば冷た~い!」



 甘ったるい声、なんと言う耳障りだ。

 だが勇者も同じ様に感じたらしく、何を思ったのか我に抱きつき少女を睨み付けている。



「ちゃんとしたあいさつもできないあいてに、おにいちゃんはもったいないのでおひきとりください」

「は?」

「じぶんのなまえもいえない、あいさつもできないあいてに、おにいちゃんはふさわしくありません」



 ほう、世に言うブラコンを演じるという訳か……勇者も考えよる。



「そう言えば、私も小雪も挨拶の際に名前をお伝えしたのに、貴女は何も言いませんでしたね」

「それはホラ、照れてたっていうか?」

「しつけのなってないおかた」

「!」

「おにいちゃん、まだじかんあるし、えほんよんで」

「ええ、構いませんよ。部屋に戻りましょうか」



 そう言うと我は勇者を抱き上げ少女の横をすり抜け部屋に戻る。

 ――しかし、背後から感じる視線は勇者に対し敵意をむき出しにしたものだった。



「やれやれ」

「どうした魔王」

「女性を挑発すると、後々面倒ですよ?」



 とは言っても手遅れでしょうが。

 溜息を吐きつつ勇者の部屋に入り、暫し二人でゆっくりとした時間を過ごした。

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