第8話 魔王様 静かに怒りを露になされる
夜は天体観測となった。
前世の世界では星明りや月明かりを頼りに冒険する者も多くいたらしいが、この世界では月明かりも街の明かりに負けて余り美しく見えないのが残念だ。
父は「女性を口説きたいなら山の頂上から見る景色が一番だ」と言っていたが、確かにムードと言うものは大事だろう。
とは言え、我としては聖女と一緒に夜空を見上げられるこの時間こそが一番のムードだと思うのだがな。
無論――二人きりであったならば、の話だが。
「好きな人と一年に一回しか会えないなんて、耐えられないわ~」
「ねーちゃんみたいな女とは一年に一回会えれば充分じゃね?」
「黙れアキラ」
と、何故かアキラ姉弟も一緒にいる上に――。
「あえないのなら、あいにゆけばいいのです」
「小雪ちゃんってば大人な発言~! 流石ユウの妹だな」
「的を得てるわね」
勇者もまだ起きている。
何時もなら眠っている時間なのに、どうやら今日は興奮してしまっているらしい。
しかも、サラッと勇者がいった言葉は本当に別世界から会いに来たのだから事実だ。
恐るべき執念、そう言えば勇者の仲間達もこの世界に来ているはずだが、どこに転生したのだろうか。少し楽しみだ。
「それにしても、今日は色んなことが起きた気がするわ」
「それはあるかも……ちょっと刺激的だったね」
刺激的で済ませる聖女も凄いが、今頃夜のイベントに来ることが出来なくなった長谷川達はどうしているだろうか。
きっと青あざが沢山出来ているに違いないと思うと口角が上がりそうになる。
元の世界であれば幾らでも痛めつけることが出来るが、この世界でソレをすれば犯罪になりかねない。
寺の跡取り息子が前科持ちなど、目も当てられなくなってしまうからな。
我も丸くなったものよ……。
「なんかオレの知らない所で長谷川と遣り合ったんだって?」
「遣り合った訳ではありませんよ。蹂躙しただけです」
「蹂躙ってお前……相変わらずスゲーな」
「祐一郎君本当に凄かったんだから!」
「うんうん、凄く格好良くってドキドキしちゃった!」
聖女に力いっぱいそう言われると照れてしまうな。
だがあの時、水に濡れた聖女の身体をガン見した所まではバレテいないようだ。
下着の形もハッキリと分り、なかなか可愛らしい下着をつけているではないかと自室で想像していたというのに……流石清らかな聖女だなと思った。
「良いなぁ心寿は」
「ん?」
「将来有望そうな子がいて」
その言葉に月明かりでも解る程、顔を真っ赤に染めている聖女。
我も誇らしく思うぞ。
「私も祐一郎君を狙っちゃおうかな」
「だ……駄目だよっ!」
「え~? 祐一郎君もお姉さんと恋愛してみない?」
「申し訳ありませんが、私は心寿の事を心からお慕いしているので」
「だってさ」
断りを入れるとミユは呆れた様子で聖女を見つめ、聖女はホッと安堵の息を吐き、勇者は歯軋りをした。
「ですが、一年に一度しか会えないのは寂しいですね」
「そうだねぇ……」
「ですので」
そう言うと隣に座る聖女の手を取ると、聖女は少しだけ驚いた様子だったが頬は赤い。
「頻繁に会いにきてくださらないと、大人になった時にさらってしまいますよ?」
「ゆ……祐ちゃん!」
「アテラレルワー」
「熱いわ~……」
微笑んで聖女を見つめると、聖女は「もう!」と怒っていたが、そんな姿すら可愛らしいと思ってしまうのは惚れた弱みと言う奴だろう。
我もこの世界に転生してから随分と甘くなったものだ。
あの世界にいた時は、この様に誰かを口説くと言う事もしたことが無いというのに。
いや、したことが無いからこその反動か?
何にせよ聖女をものに出来るのならば手段は選ばぬ。
「わたしも心寿おねえちゃんといっしょがいいな」
「私も小雪ちゃんと一緒がいいな」
「えへへ」
照れ笑いする勇者、だがチラリとコチラを見た目は挑戦的だ。
だが、残念だな勇者よ。
貴様は女に生まれた事を後悔するが良い。
この世界では同性では婚姻関係にはなれぬのだ。
だが我とて物悲しくなる時はある。
折角小学校に上がっても、聖女は卒業してしまう……。
中学生にもなれば色々と忙しい日々が続くと前に聖女は言っていたのだ。
会える機会が少なくなってしまうのだけは我慢できない。
「来年は私達も中学生か~」
「中学生になれば、寺にも来てくれなくなるのでしょう?」
少し寂しげに口にすると、アキラの姉であるミユが我の肩に手を置いた。
「まぁまぁ、そう寂しがらずに」
「……」
「一日一回、彦星と織姫みたいに会える時間を作っちゃえば良いじゃん」
おお、なんと言う知恵の持ち主だ。
確かにそれならば毎日会うことが出来るだろう、問題は聖女がソレを良しとするかどうかだが。
「そうだねぇ……
「宿坊ですか?」
「そう、お寺に泊まって心身を清める為の施設だって聞いたよ。
「ふむ」
「現代人は疲れてるからねぇ……私も祐一郎君とこの寺が宿坊するなら行くわ」
これは、家族に提案すべき問題だな。
前に祖父が宿坊の話をしていた、我からも祖父に相談してみようと思う。
「それに、祐一郎くんの顔なら幾らでも女の子が来るでしょ?」
「買いかぶり過ぎですよ」
「あ――将来有望な子が親友に恋……私にもそう言う子現われないかな~」
まるで自棄酒を飲むかのようにペットボトルの茶を飲み干すアキラの姉。
我と聖女は顔を見合わせ苦笑いした。
そんな風に過ごしていると七夕祭り終了の時間になり子等と聖女たちも帰って行ったが、我と大人たちは寺の境内に七夕の笹を雨に濡れぬ場所へと移動させたとき、見てしまったのだ。
――名前の書いていない、短冊を。
文字からして長谷川のモノだと直ぐにわかった。
そして、書かれていた文字にはこう記されている。
『心寿と付き合えますように』
大人たちが短冊から目を離し会話に夢中になっているのを良いことに、我はその短冊を毟り取り握りつぶした。
聖女は誰にも渡さない。
聖女は我だけの娘。
誰にも奪う事は出来ぬ。
「アレだけ教育しても諦める様子は無しか……?」
湧き出る気持ちを抑えつつ口にすると、握りつぶした短冊を大人たちが明り用にと用意していた焚き火に投げ捨てた。
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