第6話 魔王様 七夕をご堪能予定だった

 更に言えば七夕だ。


 毎年七夕は地域の子供達で短冊を作る、七夕会なるものがあった。

 公民館が修繕中で、今年は寺で行うと聞いた我は見えないところで拳を握り締めたものだ。



「祐一郎も子供会に参加して来るといい、同年代には優しくな?」

「承知いたしました」



 同年代など知ったことではない。

 トイレが分らないのであれば教える程度だろう。

 寧ろここは一つ、勇者を利用してやろうとさえ思う。



「小雪さん」

「なんだ」

「なんだ、ではありません。言葉使いを今から徹底して直しなさい、私の妹、ひいては寺の娘として恥ずかしい」

「な……っ なんでしょう?」



 勇者の引き攣った笑顔を無表情で見つめつつ、我はこう切り出す。



「今回の七夕会は寺で行うそうです、ゆえに勝手の分らない者たちが大勢出るでしょう。私一人では手が回りません、貴女もお手伝いなさい」

「それはつまり……」

「困っている方を放っておく程、貴女も愚かでは無いでしょう? 勇者・・と言う自覚があるのならですが」



 ――そう言ってしまえば後はこっちのものだ。

 勇者は「私に任せておけ」と胸を叩いた。なんと単純な勇者であろうか。



「では、困っている方がいらしたら頼みましたよ。私は七夕会に参加せよと父から言われていて両方をこなすには少々荷が思いのです」

「良いだろう、はは! 魔王が勇者に助けを求めるとは滑稽こっけいだな!」

「ええ、滑稽ですね」



 そう言っていられるのが華だと言う事を、勇者はまだ気がついていない。

 勇者の頭をポンポンと叩き、家族の前で勇者は「わたしがこまってるひとがいたらたすけるからね!」と胸を張っている。

 家族の前で言った事を後悔するはめになると言うのに。



 こうして、七夕会の日。

 地域の子供達が沢山寺にやって来た。

 夜には寺から程近いところで天体観測と言うイベントもあるらしい。

 この時ばかりは子達も夜遅くまで外で遊べると言うので盛り上がっているようだ。

 勇者も聖女が来たことでテンションが上がり、いい所を見せようと思っているようだ。

 寺の中での軽い説明の後、私が手を上げて子達の前に立つと、勇者を手招きして呼び寄せた。



「この度は私も七夕会を存分に楽しむつもりです。ゆえに、トイレが分らない、飲み物が欲しい等と困ったことがあれば、小雪に相談を宜しくお願いします。困っている方々がいたら助けると気合が入っているようなので、是非皆さんは小雪に頼っていただきたい」



 よもや、これほどの子供達が訪れるとは思っていなかったのだろう。

 勇者は子等の視線に顔が引き攣っていたが――。



「小雪ちゃんがお手伝いを頑張るなんて、お姉ちゃん楽しみだな~」



 聖女が両手を合わせて微笑み勇者を褒めた途端。



「がんばります! がんばらせてください! なんでもします!」



 手を胸に当てて皆に挨拶し、大人達の挨拶が終わればあっと言う間に勇者は子供等に囲まれていた。

 ジュースが飲みたいだの、お茶が飲みたいだの、トイレはどこだの、その後も定期的に子供等に呼び出される勇者は聖女と一緒に過ごす事も間々ならないようだ。

 短冊につける飾りを作りながらも、我よりも年が上の子らは「お願い事は何にしよう」と言う話題で持ちきりだ。



 オル・ディールでは無かった祭りだが、この日本と言う世界は度々祭りが起きるようだ。

 平和な祭りが多いようだが、我としても殺伐とした祭りよりはゆっくり過ごせる祭りを堪能するのも今は良いだろう。



「心寿は七夕のお願い何書くの?」

「え~……何にしようかな~」



 アキラの姉、ミユと言う娘が聖女を見つめてニヤニヤしている。

 チラッと我を見る聖女の頬は少しだけ赤く思えた。



「お寺のお嫁さん……とか!?」

「もうヤダ! ミユちゃんったら恥ずかしいじゃない!」

「私はそれで構いませんし寧ろ望みますが?」



 隣で聖女に微笑むと、奥から我がこどもの日の遠足で倒した長谷川と言う者が大きく咳き込んだ。

 アレからと言うもの聖女をいじめている訳でもなく、我に無断で肌に触れる事もしていないようだ。

 潰せるものは潰せる。

 圧倒的力の差を見せ付ける。

 こう言う事は徹底しておかねばならないな。



「祐ちゃんがそういうなら……書こうかな」

「ヒュ~~!」

「では私も、心寿さんが寺の嫁に来ますようにと書きますね」

「う……うん」



 耳まで真っ赤に染めた聖女に微笑む我。

 アキラはその様子を呆れた表情で見つめていたが、呟くように一言「砂糖かグラニュー糖か蜂蜜が口から出そうだわ」と言っていた。

 その言葉に頷く男女が数名いたが、我はその様な者たちは気にしない。



 ――しかし!



「おねぇちゃんはわたしのおよめさんになるといいよ!!」

「小雪ちゃん~」



 今まで必死に動き回っていた小雪が我たちのもとへ駆け寄り、我と聖女の七夕を奪った。



「おにいちゃんのおよめさんには、もったいないもの!」

「小雪、返しなさい」

「いや!」

「小雪?」



 笑顔のまま勇者に手を差し伸べる。

 皆には見えない位置である為、我の表情は周りには見えないだろう。



「そう言う意地悪をする子に育てたつもりはありませんよ?」

「うぅ……っ」



 ガタガタと歯までが揺れて怯える勇者。

 少し屈んで勇者の手を握ると、手形がつきそうなくらいに強く握り締める。



「返しましょうね?」

「う……ひっく……おにいちゃんなんか……おにいちゃんなんか!!」

「私は小雪が大好きですよ?」



 声色だけ聞けば妹思いの兄の声だろう。

 だが表情を見れば、どれほど妹を蹂躙しているのか分る筈だ。



「さぁ……」



 ――これ以上の苦しみを皆さんが帰った後でしてほしいのか?



 言葉には出さなくとも意味は通じたようだ。

 勇者は震えながら我たちに短冊を返そうと手を伸ばした直後、勇者の手から我と聖女の短冊を奪い取ったのは――長谷川だった。



「こんなにシワシワにじゃゴミだよな!」

「ちょっと長谷川――!?」



 アキラの姉が止めに入ろうとした瞬間、我の目の前で短冊は破り捨てられた。

 腹いせのつもりだろうが我は呆れたように両手を組み、子を見上げて小さく溜息を吐いた。



「えっと、長谷川さん……でしたか?」

「なんだよ」



 我はテーブルに置いてある短冊を、札束を広げるように動かして色とりどりの短冊を見せる。



「コレだけまだ短冊は残っていますので、シワになった短冊はもう必要ありません。やはり書くのであれば綺麗な短冊に願い事は書きたいですからね」

「この……どこまでもオレをばかにしやがって!」

「失礼ですね、私は馬鹿にした覚えはありませんよ? ごく当たり前の事をいっているだけです。寧ろ……私が怒りを覚えたのは妹から無理やり奪い取ったことです」



 この言葉に周りの子供達どころか、騒ぎを聞きつけた大人たちも見守っているようだ。



「妹はまだ僅か三歳です。その妹から模範となるべき六年生が無理やり短冊を奪い取るなど、恥ずかしくは無いのですか? もし怪我をしたらどう責任を取るおつもりです」

「うるせぇ!」

「煩くとも言います、小雪は私の大事な妹です。傷つければ許しはしません」



 先程までの所謂兄弟喧嘩とは打って変わって、長谷川も一歩下がり我を見つめてどう返事をすればいいのか迷っているようだな。



「ご理解できたでしょうか」

「クソ!!」



 そう口にすると長谷川は走り去って行った。

 様子を見守っていた大人たちも何処かホッとした様子だ、我は最善を尽くしたと言って良いだろう。



「……まもってくれるとはな」

「貴方は私の妹でもあるのですから、守るのも兄の務めです」



 勇者の頭をポンポンと叩くと優しく微笑み、我達は床に散らばった破り捨てられた短冊を集めた。



「全く、長谷川ったら余裕なさすぎ~本当幻滅しちゃう」

「ミユちゃんったら……でもあの余裕の無さはちょっとね。小雪ちゃんに怪我が無くてよかった」

「えへへ……」

「彼にも色々と事情があるのでしょう、余裕が無い時こそ一度心を無にするのが手っ取り早いのですけどね」

「ユウ、それ……お前にしかできねーから」

色即是空しきそくぜくう空即是色くうそくぜしき……ですよ」



 こうして再度短冊にお願い事を書いた我たちは、祖父が裏庭の竹林から伐ってきた立派な竹に願い事を結びつけた。

 色とりどりの飾りも中々風情がある物だ。



 その後、夜まで暇な時間が出来てしまうわけだが、そこは大人たちも理解しているようで、祖父曰く「男の子は水鉄砲で遊ぶのが良かろう」と提案したらしい。



「水鉄砲ですか……持っていない人はどうするのです?」

「七夕用のオモチャが用意してあるのよ、持っている人は家から取りに行ってきて~」

「女の子で濡れたくない子達は日陰で涼んでてね~」



 こうして、我は聖女と共にいようと思っていたのだが……喉が渇いたと言う聖女の為に寺に戻りペットボトルを手に戻っていると――何処からともなく水が飛んできた。

 すかさず避けるが、発射されたほうを見ると長谷川達が舌打ちしながら我を狙っているではないか。



「勘の良いガキめ!」

「申し訳ありません、心寿が喉が渇いたと言うので飲み物を運んでおりました。ところで……遊んで欲しいのですか?」

「だったら心寿にぶちまけようぜ!」

「それいいな!」



 そう叫ぶと一気に聖女のいる前まで走りこみ、聖女とミユと呼ばれた少女、そして勇者にまで水鉄砲で攻撃を始めたではないか。



「止めてよ――!!」

「やだ――!!」



 おぉ、我が聖女に攻撃をするとは良い度胸だ。

 だがそれ以上に濡れた聖女も美しい。

 いやいや、関心している場合では無いな……納屋に確かがあった筈だ。


 我は駆け足で納屋に戻り【】と整頓されている中からアレを取り出し水を入れ込む。

 我がせし子供用のオモチャの威力、みせてやろうではないか。



 こうしてペットボトルを作務衣の中に入れ込み聖女の元へと駆けた。

 さぁ、戦いの始まりだ。

 存分に遊んでくれよう。

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