帝国の闇 9

ここは、スバイメル帝国の中枢機関が多く集まる中心地、帝都ベルリデルン。

最外郭の城壁に設けられた、5つの通行門から伸びる綺麗に石畳で舗装された5本の大通りが帝都の中心に向かって真っすぐに伸びている。

その大通りを半時ほど進むと、最外郭の実戦を目的とした無骨な防壁とは比べものならないくらいの、化粧石で装飾された美しい城壁がそびえる宮殿へと辿り着く。

スバイメル帝国の皇帝が住まう宮、スバイハイル宮殿。

数年前までは、その美しい宮殿を見に多くの観光客が訪れる場所だったが、今では数えるほどしか人を見ることが出来ない閑散とした場所へと様変わりしていた。

それは別にここだけではなく、住宅街も、商業街も、歓楽街も人通りが疎らでひっそりとし、此処が帝都なのだろうかと疑う程の静けさだった。

ただ、唯一工業街だけは金属を溶かす熱と煙が充満し、ハンマーを打ち付ける音や、金属を切断する音が響き渡り、返って異様な雰囲気を作り出していた。


その異様に動くが活発な工業街を宮殿の遠見塔から見つめる男性がいた。


「武器の製造は順調なのか?」

「はっ! 予定数の8割までの生産は完了しております!」

「8割、だと?」

「は、はっ、」

「余は、あと10日で完成させよと言ったつもりだが、勘違いであったか?」

「い、いえ、そのような事は・・」

「では、何故8割なのだ? 後10日で間に合う訳がなかろう?」


工業街を見つめ続け振り向きもせず、後ろで控えながら冷や汗を流す文官を追求する。


「はっ、何分、魔鉱石の流入がここのところ全く無く、自領内の採掘場からの精練では供給仕切れず・・」

「もう良い! それを何とかするのが軍事生産部の生産部長の貴様の仕事だろう!? だいたいフォレスタールからの魔工師が途絶えたのも、貴様らが勝手にアヒムをあの国へ視察に行かせたのが原因ではないか!」

「し、しかしそれには、皇帝陛下もご賛同されたのでは、」

「そんな事を言った覚えは無い! 貴様、責任は余にあるとでも言いたいのか?」

「い、いえ、滅相もございません!」


理不尽な皇帝の物言いに、それでも口答えが許されないこの状況。

文官は頭を床に擦り付ける程に深く土下座をして怯えている。

先日も前任の生産部長が、防具用の魔石の開発に失敗し大量の魔鉱石を無駄にしたことで、打ち首になったという事が起こったばかりだったからだ。


「もう、よい! 貴様は何としても10日後までに予定数の剣や防具、その他の予定している武具を必ず揃えろ! さもなくば、二度と余の顔を見ることが出来なくなると思え!!」

「は! はぁ!! なんとしてでも揃えて見せます!」


そう、返事をすると、この部屋から転がり逃げるように出ていく文官。

それを見送り、小さく舌打ちをする。


「忌ま忌ましい。フォレスタールの馬鹿共が。まずは真っ先に貴様らを屈服させてくれるわ!」


遥か彼方を睨み、怒りに狂う、トゥエルド・スバイメル皇帝。


「そうですわ! 私の可愛いアヒムをあの様な無様な姿に変えた、野蛮なフォレスタール王国など、この世から消し去って下さいまし! 特に剣聖とかいうオバサンの息子、何て言いましたかしら?」

「母上、レンティエンス子爵です。」

「そうそう、そのレン何とかを早くぶち殺していただきたいものですわ!」


演技がかった動作で部屋に入るなり悪態をつく女性こそ、トゥエルド皇帝の側妃である、ゲルフィネス妃であった。

金色の髪を束ね、金銀の宝石を鏤めたアクセサリーを体中に付け、青みがかったドレスにも銀糸をふんだんに使用し、キラキラと光るその様は、何とも節操の無さを強調している様見えた。

その上、付けすぎたアクセサリーが重過ぎて若干足元がふらつきながら歩くものだから、優雅さの微塵も無い始末。

それでも自分は良いと思っているのだから仕方がない。

そんな彼女の後を隠れるように歩き着いて行くのは、この帝国の第一皇子、アラヒダ・スバイメル皇子殿下だ。

髪の色や母親のゲルフィネス妃に似て、顔立ちはトゥエルド皇帝に似ている?ようで、見た目は整った顔をしておりイケメンで有るのは確かなのだが、その青白い肌に覇気の無さが滲み出て雰囲気を陰欝なものにしている感じだ。


「おお、ゲルフィネスよ。よくぞ参られた。そなたがおらぬと余の心は荒む一方だぞ。」

「まあ、そうでしょう。この様に無能な文官や軍人ばかりでは陛下のお心も荒みますわね。この私がいつでも癒して差し上げますから早く戦争をお越し世界をお治め下さいまし」


しおらしい雰囲気を作り、猫撫で声の様に甘ったるく喋るゲルフィネス妃。


「そうそう、あの無能なローエンベルクはどうなりました?」

「あ? ああ。 ちゃんと余が渡した酒と一緒に毒を飲み込み、倒れた事は確認したよ」

「確認ですか?」

「ああ」

「では死んだのを確実に見届けた訳ではありませんのね?!」

「ああ。しかしあの猛毒を飲み生きている事はありえんよ」

「確かにそうですが。それで、死体は今は何処に安置されているのでしょう?」

「オーディ神教会だ。まあ最後は神の元でということであろう」

「そうですか。あの様な邪神に縋る様な者がこの国の中枢を牛耳っていたとは嘆かわしいばかりでしたわ。それでも陛下、念の為死亡の確認はした方がよろしくてよ?」

「ああ、そうだなこの後直ぐにでも手配するとしよう」


国の軍務を統括する将軍をこの二人は死に追いやった。

普通なら、戦争を開戦しようとする国がその先頭を行かねばならない将軍を失う事はとてつもなく不安な出来事のはずなのに、そんな事はどうでも良いのか逆に死んでくれた事を嬉しく思っている。

皇帝とゲルフィネス妃は、何処か口が上がりにやけているように見えた。


「これで、軍務の統括はすべて皇帝陛下の元に集約されますわ。今まで難癖つけて陛下の意見をことごとく退けてきた酬いが来てのですわ。いい気味でございますわ」


将軍の死を喜ぶゲルフィネス妃。

その笑みは人の顔を被った悪魔そのものだった。


「母上様、宜しゅうございましたな。これで母上を虐める様な不埒者はもうおりませんよ。」

「ああ、私の可愛いいアラヒダ。なんて優しい子なのでしょう。私はあなたの為ならなんだっていたしますよ。」

「陛下もそうでございますよね?」

「ああ、そうだとも。余の後を継ぐのは、アラヒダしかおらんよ」

「ありがとうございます。この様な病弱な私ではございますが、必ずや身体を鍛え、皇帝陛下を見習い良き国作りの為の修練をいたしましょう。」


皇帝はゲルフィネス妃と睦まじく並び、目の上のたんこぶの様な存在だったローエンベルク将軍を死地に追いやれた事を喜び、その二人に頭を下げるアラヒダ皇子。

この三人によってスバイメル帝国は暴走を始めようとしていた。


「・・・・・・・・・ふっ、人間とはつまらぬ感情で同胞を簡単に殺しますね。とても愉快ですよ。」


どこからか風に流れて来たような、誰にも聞こえない小さな声が皇帝達がいる部屋の中を漂いそして静かに消えていった。

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