ファルシアの決意 1
「お疲れ様でした、レン様」
リーシェンが、王族専用の屋外修練場の一角に設けられた、ベンチに腰掛けている僕のところに、暖かいタオルと、心地好い香りのする紅茶を持ってきてくれた。
「お疲れ! レン様。さすが格好良かったよ!」
顔いっぱいに笑みを湛えてサムズアップするカーナ。
「本当にお疲れ様でした。最初はどうなることかと心配いたしましたわ。」
リーシェンの後をついて来るように修練場に入って来たのは、シアだった。
「お!お姫様が、どうしたのですか?! こんな修練場に!」
僕が慌ててベンチから立ち上がりシアを迎え入れ、ベンチに座らせる。
「ありがとう、レン様」
「いえ、それよりどうしたのですか?」
ちょこんとベンチに座るシアは僕の顔を見て少し緊張気味なのか顔を強張らせていた。
「その、ですね、レン様にお話したい事があります」
何だろう?
「はい、どういったご用ですか?」
「えっと、ですね、私を鍛えてもらえませんか!」
鍛える? 一瞬僕は何を言っているのか理解が追いつかなかった。
「はい? あのう、鍛えるとは?」
「その言葉通りですわ。私、レン様が戦われているのを先ほど間近で始めて拝見致しました。はっきり言って物凄く格好良かったです! この方が私の未来の旦那様と思ったら物凄く嬉しくてつい、にやけてしまった程です」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらも精一杯の言葉で話すシアは凄く可愛らしかった。
「ただ、それ以上に私はレン様に何もしてあげられない事が物凄く嫌で、物凄く不安になったのです!」
「そうですか? 姫様といえば騎士が守る者ですからそれで良いのではないのですか?」
僕がそう答えると、首を大きく横に振り否定される。
「それでは駄目です! 確かに単純な体力的な事や武術等は到底、私がどれだけ修練しても限界はあるので守ってもらわないといけないのでしょうが、ただ一方的に守られるだけの自分にはなりたくないと思ったのです」
そしてシアは、何故かリーシェンとカーナの二人を交互に見つめ再び僕に向き直った。
「リーシェンさんとカーナさんは私も昔から良く知っております。いつもレン様と一緒で大変羨ましかったのです。そして私もそのお仲間に入る事が出来ると喜んでいたのですけど、先ほどのアヒム殿下との戦われている間、私はただ心配するだけだったのに対して、彼女達は、心からレン様を信じ、そして何かあればすぐにでも割って入りレン様をお守りするよう準備をされておられました」
リーシェンとカーナを再び見つめるシアの瞳にはうっすらと涙が滲んでいるようだった。
「それを見て、私はまだレン様の妻になる資格は無いと感じたのです。リーシェンさんやカーナさんと同じくらいレン様の事を私もお慕いしておりますが、彼女達みたいにレン様の役に立つ力を持っていないのが辛いのです」
彼女は本当に僕の事を好いてくれているのだと思った。
と言っても、ファルシア姫は姫様であることは変わるわけでもないし、リーシェンやカーナみたいに今更、武術や剣術が達人級になれる訳でもないし、彼女の加護の力は下手な武力より格段に有効ではあるがあまりにも精神的負担が大きいからなあ。
そんな風に僕が頭を痛めていると、母様が僕たちの方にやって来るのが見えた。
ここは、母様に相談するのが良いかも。
そう思った僕は早速母様に相談する事にした。
「・・・・・・・・・・・・・なるほどね」
「ヨシ! こうしましょう! あなた達だけで修業の旅に出るの! うん! これが一番だわ!」
パン! と手を叩いて、名案だわ! どう? と胸を張って自分の言った言葉に酔うレンの母、システィーヌだった。
「母様、修業って、シアが、ですか??」
「そうよ? 修行の旅よ、冒険よ! 何かおかしい?」
「いや! シアは姫様ですよ? 簡単に修行の旅と言われても、出来るわけないですよね?」
「あらそう? やろうと思えば出来るわよ」
簡単に母様は言われるけど、一国の王女が簡単に冒険の旅とか、修業に行ってきますとか無理でしょ?
リーシェンもカーナも難しい顔して僕と同意見だと頷いているしね。
「あんた達、ファルシア姫の専属近衛騎士でしょ? どんな状況でも姫を守る自信は無いの?」
「いえ、命に換えても守る自信はあります! けど、普通その前に危険を回避するのも近衛の仕事じゃないのですか?」
「うっ、い、痛いとこついてくるわね」
僕がもっともな事を言ったので言葉の勢いが無くなり考え込んでしまう母様。
「で、でもほら、若いうちにはお金を払ってでも冒険しなさい! って云う言葉もあるじゃない?」
う~ん、ちょっと違う気もするけど。
ただ、僕自身もシアの加護の力の制御が出来れば自信にも繋がって良いとは思うのだよね。
シアは今までに独学と、一時エルフの里で修練を積んで、常時発動している力の出力をかなり抑えられるまでになってはいるのだ。
後は経験が必要だろうし、何か他に良い手があるかも知れないし、そのために旅に出るって云うのは悪くはないのだけど。
「ただ、旅に出ると言っても各街には検問があるから、その都度、ファルシア姫だと言って通る訳にはいかないでしょ? そんな事したら行く先々で大騒ぎになりますよ? それに姫が単独で城外に出た事が判れば、引っ切りなしに刺客が放たれると思いますよ?」
「そうね、う~ん、だとしたらファルシア姫様は城に居ると思わせておけば、城外に出ても危険は少なくなるはずじゃない?」
それはそうなのだけど、何か良い案でもあるのかな?
「その辺りは大丈夫じゃない? もともとファルシア姫は引きこもりで公の場に出たのは、今回が初めてと言っても良いくらいなのよ? また病気が再発して引きこもったと言って、姿を隠せば旅に出ても解らないわよ」
「シアはそれで良いの? せっかく頑張ってみんなの前に出て来られたのに、また姿を隠せば色々と言ってくる人間もいると思うけど?」
頑張るというシアの気持ちは尊重したいけど、それでまた嫌な思いをするのも僕としては良いとは言えないのだよな。
「私は、もう大丈夫です。前の私なら冒険をするなんて考えもしなかったと思います。でも家族以外で私を恐れないでいてくれる、システィーヌ様を始めリーシェンさんやカーナさんが居て、そして何よりもレン様が一緒にいてくれるのですもの何も怖い事などありません。是非、私を外に連れて行って下さい!」
シアの清々しい笑みのある顔からは決意を感じる。
こんな良い表情をするシアに、駄目とは言えないだろう。
「判った。それなら僕達はシアと一緒に行くまでだよ。目標は自分の事を守れるだけの最低限の体術と武術、そしてシアの加護の力の完全制御! これが出来ればどんな国とだって対等以上に渡り合えるフォレスタール王国の重要な力になるはずだからね。そうすればシアを必要ないなんて考える者は確実に少なくなるはずだよ」
「はい!頑張ります!」
良い返事をして満面の笑顔になるシア。
「そうですか、では私もシアが旅に出る準備をしなくてはいけませんね」
修練場に姿を現したのは、シアの母様、王妃ルエナ様だった。
後で聞いた話だと、かなり前から母様とお妃様とでシアの将来を考えて今回の旅に出す事を決めていたそうだ。
しかし、旅に出ると簡単に言っても色々と考えなきゃいけない事があるからなあ。
「まず、名前とかどうするのです? まさか堂々とファルシア・ラル・フォレスタールなんて書かないですよね? 冒険とか旅とかするには、各街への出入りに身分証明を提示する必要があるのですよ? その身分証を作成する時に虚偽の報告をする事は規則違反になるのでは?」
僕はまず身分証明をどうするかを考えた。
この世界では、国境の行き来の時に身分証の提示が必要なのは当たり前の上、各街が自己防衛の為城塞を築いている事が多い為、街に入る時点でも身分証の提示が必要になるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます