携帯電話

和画(わが)

第1話 現れた「神様」

 買い物が終わり帰路の河川敷を歩いていると烏が鳴いた。それに合わせて目の前を走る小さい子どもたちが歌い始めた。

 この曲は烏の子だったか。

 すると後ろから女の子が僕を追い抜き

「あー七つの子だー!」

 と言って、前で歌っていた子どもたちと合流していった。

 そうだ、七つの子だ。小学校の頃に習った気もする。

 ふと僕も口笛で七つの子を小さく奏でる。

 雲の隙間から夕日が現れる。その明かりはこの河川敷をより強く照らしていた。

 沈んでいく夕日を眺めていると下の土手の方で水切りをしている子どもたちがいた。5,6人だろうか。2人は水切りをし、残りは1人の男の子を囲んでいるように見えた。川の向こうにある建物が影になり薄暗い。はっきりと見えないもののどうやらいじめているようにも見える。まだいじめの決定的瞬間を見ていないため遠方から様子見していた。すると1人が囲まれている男の子に向かって石を投げつけた。うずくまる男の子。それを見て笑う野次。

やはりいじめだ。

そう確信し彼らのもとへ向かう。買い物袋が邪魔なので適当に下した。

「なあ、君たち何してるの?」

 やや高圧的に言い掛かる。するといじめてたグループのリーダーだろうか、ガタイがよさげの男の子が言い返してきた。

「いや別に何もしてないっすよ。それよりあんたこそ誰すか?」

 そう言うと他の男子たちも笑う。いじめられていた子はまだうずくまっていた。

「通りすがりの大人だよ。今この子に石投げつけたでしょ。嘘つかないで言いな。君たち二小の児童でしょ。」

「いや石なんて投げてないよな?なあ網代?」

 どうやらいじめられている子は網代というらしい。

 賽は網代という少年に委ねられた。僕から助けても意味がない。君が助けを求めてこそ意味がある。

 すると網代君はうずくまりながら首を縦に振った。

「ほらぁ、俺ら何もしてないって言ったじゃないですかぁ。」

 網代君の反応に彼はニヤつきながら言った。

 内心僕は馬鹿野郎と思った。せっかく助けてやっていたのに。

 「あーそっかわかったわ。もう帰る時間だから気をつけてな。」

 そう言って背を向けて帰った。

 全くもって恥をかいた。勇気を振り絞る所を彼ははき違えたのだ。これ以上は諦めることにした。ケータイを開く。時刻は17時半になろうとしていた。すると後ろから小石を投げつけられた。それも4発くらい。振り向くと彼らは一目散に散らばって逃げていった。

「帰りのチャイムが鳴ったんで良い子は帰りまーす!」

 リーダーがそう言うと他の友達も笑いながら去っていった。確かに帰りのチャイムが鳴っていた。

 残されたのは網代君だけになった。

「ったく。小石を投げるあたりが余計にむかつくな。」

 頭を掻きながら網代君に近づく。まだ彼はうずくまっていた。

「なあ、大丈夫か?怪我してない?」

 すると彼は首を縦に振った。問題はないらしい。

「あのなぁ網代君?いじめられてるんだったら自分から助けを求めないとダメだぞ。いつまでもあいつらにペコペコしてても良いことなんて一つもない。」

 そう彼に言うと彼は口を開いた。

「いじめられてなんかいない。僕ははっくんたちの友達だよ。」

 今にも泣きそうな声で言う。はっくんとはさっきの男の子のことだろう。

「そうか、それじゃ邪魔して悪かったな。」

 彼がそういうなら仕方がない。僕は立ち去ることにした。傍から見たらいじめでも彼から見たら友情ごっこなのだろう。

 来た道を戻る途中なぜだか無性にむしゃくしゃして思わず振り返り彼に叫んだ。

「今度お前が同じ目に遭ってても助けてやんねーからな!自分で何とかしろよ!馬鹿野郎!」

 彼はきょとんとしていた。すぐに背を向けて買い物袋を取りに戻った。全くどっちが子どもだか。

 戻ると買い物袋を猫が漁っていた。思わず走る。

「これはお前のじゃないんだよ!」

 猫を掴み放り投げる。すると猫は綺麗に着地し去っていった。

 はあはあと息を切らして立っていると後ろから自転車に鳴らされた。咄嗟によけて謝る。余計なことをするんじゃなかったと後悔した。


 家のドアを開けると部屋の中は薄暗くなっていた。電気をつけ買った食材を冷蔵庫に詰め込む。幸いにも猫に荒らされたのは包装していたものばかりだったため特に問題はなかった。

 今日は暑い。

 扇風機をつけ窓を開けた。テレビをつけるとニュースは新しく出るケータイの話題で持ちきりだった。なんでも新作のスマートフォンが出るらしい。昔からタッチパネルでスライド型のケータイは出ていたしそもそもスマートフォンは前から出ていたがまだ普及するには機能面的にもコスト的にも問題があった。だが今回出る新作は時代が変わるだのでさんざんその詳細について語っていた。

 僕のケータイは俗にいうガラケーであり、特に思い入れもなかったため今回のスマートフォンが出たら乗り換えようと思っていた。といっても新作は高いため買うとしても1,2年後あたりだが。

 その時ケータイが鳴った。開けてみると大槻楓(おおつき かえで)と表示されていた。応答ボタンを押す。

「あーもしもし?」

「もしもし?今大丈夫?」

「うん、大丈夫よ。どした?」

彼女は僕の恋人である。高校2年生の時に付き合ったのでかれこれ8年経つ。

「あのさーこの前一緒にお台場行った時に柊真が買った傘あるじゃん。折り畳みの。あれってどこで買ったやつだっけ?」

「あーあの傘ね。えーと...」

 ケータイを片手に折り畳み傘を探す。するとカバンの中に入っていた。取っ手の部分を見る。

「あ、そうそうクニルプスってとこ。」

「そうだ、そこだ!」

「てかお台場じゃなくて帰りの新宿だっけ?それか東京駅で買ったやつでしょ。」

「あ、そうだったっけ?」

 そう言って彼女はとぼけながら笑う。その姿が電話越しでも伝わる。

「いやーこの前凄い強風と雨の日があったじゃん。あの日折り畳み傘で出勤しちゃってさ。壊れちゃったよね。はは..」

 あんな雨風に折り畳み傘で挑むあたり楓らしい。

「あーなに、それで新しい折り畳み傘が欲しくて電話したと。」

「そそ、どこのやつだったけなぁって思って。」

「それだけのために電話したのかよ。」

「だって今日休みでしょ?」

「まあそうだけどさ。」

 彼女はふふっと笑う。 彼女の声が受話器越しから聞こえる。この前見たバラエティー番組でケータイから聞こえる声は本人の声ではなく合成音だったという特集がやっていたのを思い出した。この声は合成音なのか。

「てことでありがと!今度買いに行くよ。そしたらペアルックだね。」

「折り畳み傘でペアルックとか嫌だわ。」

 一人イスに座りテレビを見ながら答える。

 テレビではまだ新作のスマートフォンの話題をしていた。

「あのさ、新しくスマートフォン出るじゃん。楓は買う?」

「ん?あー出るねぇ。でもまだこのケータイ全然使えるからなぁ。柊真は買うの?」

「僕は...」

 楓の回答を聞いて買うかどうか悩んだ。僕のこのケータイもまだまだ使える。

「みんなの評判見てからかな。みんな大絶賛するなら買うかも。」

 周りに合わせるあたりミーハーだが逆に言えば拘りがないと言える。便利であればそれでいいのだ。

「確かにー。」

 と楓は答えると疑問を僕にぶつけた。

「着メロって設定できるのかな?」

「できるでしょ。ケータイにできてスマートフォンにできないことはないと思うよ。」

「そーだよね!無いとつまらんわ。」

 僕らの高校時代を彩った着メロは今もまだ変えていない。僕の登録している着メロは某CMソングで起用された曲でその曲がドンピシャに僕と合っていた。高校時代この曲をきっかけに楓と巡りあった。もうすぐで8年近く経とうとしているがこの曲だけは色褪せないでいた。

「あ、でもケータイだけができることあるよ。パカッて開くやつ。私パカッって開くの好きなんだけどなぁ。」

「え、面倒じゃない?画面が守られるかもしれないけど。」

「いやいや、格好良さがあるじゃん。これから電話しますぜ!的な。」

「ごめん、意味わからん。」

 彼女のふざけに笑ってしまう。彼女も笑っていた。

「あ、じゃあそろそろ切るねー。ありがとー。」

「ああ、じゃあまた。」

 そう言って電話を切った。

 ケータイをポケットに入れるとキッチンへ向かった。晩御飯を作る。

 彼女との何気ない会話が心に充実感を与える。時々来る彼女の電話に安らぎを感じていた。

 僕らは高校を卒業して以降別々の大学へ進み、彼女は東京で一人暮らしを始めた。僕は実家暮らしだったが社会人になり東京の社宅へ移り住んだ。同じ東京でも僕らには電車で片道1時間程度の距離があった。なので会う機会は月に1、2回。ほとんどを電話やメールでやり取りしていた。


 米を研いでいると今度はインターホンが鳴った。宅配便など呼んだ覚えはない。大家さんにしては時間的にもおかしいと思い無視した。するとまたもやインターホンが鳴る。今回は2回連続で。さすがに怖くなった。

 水を止め研いだ米をそのままにし、忍び足で玄関に向かいドア穴を覗いてみた。しかしそこには誰もいなかった。

 いたずらだろうか。

 不気味だと思いつつキッチンに戻ることにした。

「窓を開けてるなんて不用心だねぇ。」

 部屋に入るとさっき僕が座っていた一人イスに見知らぬお爺さんが座っていた。あまりにびっくりしたので尻もちをついては腰が抜けたため立てないでいた。

「あらあら腰が抜けちゃった?ごめんなさいねぇ。ちょっと驚かそうかなと思っていただけなんだが。」

 お爺さんは白く長い髪と髭を生やしていた。お爺さんが僕に寄ってきたので僕はすかさず

「いや、待って、あなた何者ですか?不法侵入ですよ?てかここ2階だし、どうやって入って、、」

 思わず早口になりむせた。するとお爺さんは僕の背を撫でながら

「すまんのぉ、お爺さん耳が遠いから聞き取れん!」

 と言った。

 自体が全く呑み込めないのでまずは深呼吸をした。そしてケータイを片手に持ってお爺さんから距離を取った。

「いやはやかなり警戒されとるな。」

 お爺さんは笑いながら言った。

 すかさず僕は110番の準備をしお爺さんに尋ねた。

「あなた何者ですか?」

「わしは見ての通りお爺さんだよ。」

「いやそういうことじゃなくて、名前とかなんの仕事やってるのかとか。」

 まだ気が動転しているせいか早口になる。

「おお、そういうことか。じゃあ私はあなたの世界でいう『神様』だよ。」

 何を言ってるのかわからなかった。

「はあ!?神様?」

 思わず大きな声が出た。

「ほほほっ、びっくりしただろぉ!」

 そう言ってお爺さんは笑う。

 まだふざけている。110番をかけようとすると自分の手にケータイがないことに気づいた。きょろきょろしているとお爺さんが興味津々に僕のケータイを持って眺めていた。

「ほぉ、これが携帯電話というものか。なるほどねぇ~。」

「いや、爺さん返せよ。」

 奪いかかろうとするとお爺さんは器用に逃げ回る。なかなか捕まえられない。その間にもお爺さんは僕のケータイをいじっている。とにかく何とかしようと近くにあったティッシュペーパーを投げつけた。するとそれはお爺さんの体をすり抜けて壁に当たった。同時にケータイが床に落ちた。

「はぁ!ケータイが!」

 お爺さんが叫んで拾おうとする隙を逃さず僕はお爺さんを足で押し倒そうとした。しかしこれもすり抜けられ同時にお爺さんもケータイを掴めないでいた。空ぶった僕は床に倒れこんだ。お爺さんはケータイをようやく掴み、壊れてないか確認していた。

「あんた何者なんだ?人間じゃないな。」

 地べたに座り直しもう一度聞いた。するとお爺さんは手を止め、僕を見た。

「そう、人間じゃない。だが神様と言われるとそれも違う。」

 どういう意味か分からなかった。

「いや爺さんさっき自分のこと神様って言ったじゃん。」

「『あなたの世界では』と言っただろう。んー、私はな、まだ君たち人間が名づけられていない『何か』だ。」

「名づけられてない何か?」

 お爺さんは座り込むとケータイをテーブルの上に置いた。

「君は神様を実際に見たことはあるか?」

 いきなりなんだと思いつつ答える。

「いや。」

「そうだろう。でも人間は会ったこともない、見たこともないものに願掛けをしている。人間は抽象化したものが嫌いだから具体的な何かに変えたがる。誰が神は人間の形に近いと言った?人間は都合よく物事を捉え過ぎだ。」

 淡々と語る。その声は低く威圧的なものがあった。

「えっと、つまり何が言いたいんだ?」

「その思考こそまさしく都合のいい考え方だ。すぐに答えを知りたがる。何事も順序があるだろう。」

 面倒くさく感じているとお爺さんは

「まあ、いいだろう。つまり私は世界を作りし者。それを君たちの世界では神と呼ぶのだろう?だが私は『神』と一言で片付けられるような存在ではないということだ。私はまだお前たちが存在を知らない存在なのだ。だから名づけられない。だから『何か』なのだ。」

 と言った。

 頭が混乱してきた。つまり彼は僕らの世界でいう神様のような存在に近い『何か』だということか。

「えっと、じゃあ何て呼べばいいんですか?」

「だから私がわざわざ君たち人間のためにわかりやすく『神様』と名乗ることにしたんだろうが。姿も人間が想像する神様に近いように。」

 それにしては神々しさを感じないなと思った。

「じゃあ神様だと証明できるものはないんですか?そうじゃないと今のところ幽霊扱いですけど。」

 先ほど見たすり抜ける能力からはそうとしか捉えられない。映画ゴーストのような能力だ。

「神様だと証明できるものか。あるけどそれをやると世界に影響を及ぼすんだよ。」

 それっぽいことを言う。

「例えば?」

「ものを消したり、天候を変えたりいろいろだな。瞬間移動はさっきやったろ。」

 僕の家に現れたのもそれだったのか。

「じゃあ雨降らせてよ。10秒くらいでいいから。」

「まあ10秒程度ならいいだろう。」

 すると屋根から雨音が聞こえてきた。

「え、降ってるの?」

 思わず窓から手を出す。確かに雨が降っていた。まさかノーモーションで雨を降らせるとは。

「もっと強くしてもいいぞ。」

 すると今度は土砂降りになった。思わず止める。

「ストップストップ!雨漏りしちゃう。」

 するとぴしゃりと止んだ。空を見ると雲一つない夜空が広がっていた。ベランダの軒先からぽたぽたと雫がこぼれている。

「軟弱な家だな。」

 お爺さんは溜息を吐く。

「安いからいいんだよ。」

 それにしてもこの力は本物だと思った。今日は雲一つない快晴だったため急に雨が降ること自体不可能だった。

「さてこれで証明できたかね?」

 お爺さんは顎をくいっと上げて言う。

「ああ、あんた本物なんだな。」

「本物と言われると甚だ疑問だがな。」

 納得すると同時に疑問もわいた。

「その神様が僕に何の用なの?」

 すると神様は懐から紙を取り出し僕に渡した。その用紙は誓約書のようだった。

「中西 柊真(なかにし とうま)だね。」

 いきなり僕の名前を言う。

「何で知ってるんですか。」

「神様だから。」

 正直すべての疑問を「神様だから」で返されそうだった。なによりそれが神様だと裏付ける証明でもある。

「世界から一つだけ物を消す。その時の君の生き方を見たい。」

「はあ?」

 いきなり何を言う。

「これは私の余興だ。人は自らなんでも生み出してきた。まあその原料はもともと太古からあったわけだが。一度はあったものが消えると人はどうなるのか気になってね。」

 紙に目を通す。誓約書にはそれにまつわる事が書かれていた。

「えっと、つまり神様の余興のために世界から一つ物を消すと。」

「そういうことだ。」

 なんと自己中な。

「もしこの誓約書を断れば?」

「人間を消す。」

「はあ!?」

 思わず声が大きくなった。

「柊真君。私はね、人間が嫌いなんだ。自己中心的。地球に害を与えてばっかり。改善を唱える輩も人任せ。やること成すことどれも地球環境において微力さ。本当に改善を望むなら総理大臣にでもなればいいのに。そんな人類を見て思ったのさ。リセットした方がいいと。」

「いやいやいや。」

 いきなり何を言い出すかと思えば話が大逸れている。

「滅亡させるって言っていいよっていう人いるか?」

「いや、いないだろう。だからその紙だ。お互いに縛りを科している。君が誓約を守らなければ人間は滅びるし、逆に私が破れば私に罰が来る。」

 自己中は嫌いと言っときながら自分が自己中じゃないかと思った。

「つまり選択肢はないってわけね。」

「そうだ。」

 僕は大きなため息をついた。

「じゃあなんで僕なんだよ。他の誰でもよかったじゃないか。」

 すると神様はすべてを見ていたかのような顔をして言った。

「君は他人をほっとけないだろう?」

「はぁ、さっきのも見ていたのか。」

「だから君を選んだ。」

 神様はにやりと笑った。

 やっぱり余計なことをするんじゃなかった。


「世界から一つだけ物を消すって何を消すんだ?」

 誓約書に目を通しながら尋ねる。ふと違和感を持つ内容が書かれていた。

「それは今から決める。やるからにはそれなりに有意義になるものでないとな。」

 そう言うと神様は僕の部屋を物色し始めた。

 その間にもう一つ尋ねる。

「なあ、世界から物を一つ消す瞬間、僕はあんたのことを忘れるのか?」

 誓約書には被験者の記憶から神様の存在が消えると書かれていた。

「被験者は君だ。君がどう行動するか見たい。それなのに君が私の存在を知っていれば意味がないだろう。」

「じゃあこのやり取りも全部忘れるのか?」

「そうだ。君が目を覚ました時には世界からとあるものが一つ消えている。ただそれだけだ。」

「期間は?これには書かれてないけど。」

「私が決める。充分だと思ったらそこで終了だ。世界をもとに戻す。」

「なるほど。」

 うろちょろしていた神様はようやく決めたのか、元居た場所に戻ってきた。

「まあ君に選択肢はない。人類滅亡か誓約書にサインをするかだけだ。」

 疲れたのか下を向いて話す。

「誓約書にサインする意味なんてあるの?」

「さっきも言ったがこれは縛りだ。お互いのな。君のためでもある。」

 もう一度目を通す。そう、選択肢なんてない。このやり取りも忘れるなら考えたって仕方がない。だが、

「サインする前に、何を消すかだけ知りたい。」

「知ったところで記憶が消えるから意味はないと思うが。」

「いやまあ、そうなんだけどさ。」

「まあ、いいだろう。消すのはこれだ。」

 そう言ってテーブルに置いてあった僕のケータイを持つ。

「え、ケータイ?」

「なんだ?何を消すと思ったのか?」

「いや特に思いつかなかったんだけどちょっと意外で。」

「だが君はこのケータイにかなり触れている。つまりそれだけ重要なものなのだろう。だが極論生活には困らない。消すにはちょうどいい。」

 携帯電話。果たして僕にとってどれほどの価値があるのだろうか。さっきまでは楓とケータイを使って電話をしていた。電話ぐらい置き電からでもできる。

「最後にさ、ケータイ借りていいすか?」

 もともと僕のものなのに借りるという言い方はおかしいと思ったが相手は神様だ。

 すると神様は素直に貸してくれた。

 連絡帳を開く。世間一般的に言えば少ないのだろうが親と親しい友人数人と上司と同僚と恋人の連絡先が登録されていた。大人のケータイの中身なんてこんなもんだろう。4年前に買い替えてから今も交流のある人以外は全員消えた。成人式の時にちょうどケータイを修理に出していたためそこで連絡先を交換することもなかった。

「あ、そうか。これでケータイを使う最後か。」

 神様は言う。

 そう、最後なのだ。ならば一人一人に電話をしてみるのもありだが。

「携帯電話が無くなるならあそこの置き電も無くなるの?」

 そう言ってグレーの置き電話を指さす。

「いや、『携帯電話』なのであれは消さない。電話って言ったらあれも消すが。」

 じゃあ別に誰かに連絡する必要はない。ケータイでしかできないこと。

 すると必然的に一つに絞られた。

 カタカタと打ち込む。

「あーメールか。いったい誰に?」

 神様がのぞき込む。

「内緒です。」

 送信するとすぐに返信がきた。それにも返信し終えてケータイを神様に渡す。

「もう大丈夫。誓約書にサインするよ。」

 そう言って立ち上がりペンを取りに行く。神様は誰に送ったのかが気になるのかケータイを開きカチカチといじっている。

「大槻 楓。恋人か。最後に恋人にメールを送るとは。」

 面白かったのか神様は笑った。

「別にメール送るなら彼女かなって思っただけさ。」

 サインを書きながら答える。印鑑も必要らしい。また取りに戻る。

「ふむ、デートの約束か。それも明日。」

「まあ、最後のメールくらい普通の内容を送りたくてね。」

 机の引き出しに入れた印鑑を取り出す。なんだかんだこの印鑑も中学卒業以来からずっと使っている。

「そうか、じゃあ明日が楽しみだな。携帯電話のない世界で恋人とどう過ごすのか。『愛』が見れそうだな。」

 神様はにやける。

『愛』。僕と楓が出会ったのは携帯電話だった。これが無くなるとなると。

「昔にあったケータイを使った出来事はどうなるの?」

「塗り替えられる。別の代用品に。または消える。」

「あーなるほど。」

 変な胸騒ぎを覚えた。

「ちゃんと誓約守れよ。そして爺さんの余興が終わったらちゃんと世界戻せよな。」

 印鑑を押して神様に渡す。

「もちろん。君次第ではあるがな。」

 神様は受け取ると立ち上がった。

 神のみぞ知る。結局は僕次第ではなく神様次第なのだ。自己中だ。

「さて、携帯電話を消しますかね。消した瞬間君も意識を失う。目が覚めた時には携帯電話は無くなっているだろう。」

「うん。」

「君の生き様を楽しみにしているよ。」

 神様はそう言うと僕のケータイを高く上げた。そして床に向かって垂直に落とした。ケータイが床に衝突した瞬間白い光が目に飛び込み僕は意識を失った。



























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