女神の黙示録

めざし

プロローグⅠ

 その国は、とても発展していた。目がくらむほどの高い建物が並列し、夜にはネオンが、さながら星の如く輝いていた。国民は皆不自由なく暮らしており、この国の名物であるカジノに興じていた。国王も、よく国を治めていた。今年、齢五になる姫は、見目麗しく、歌と舞が得意であり、将来を目されていた。軍も名門の出である、ソロン将軍のもと、統率されていた。周囲の国々とは比べ物にならない国力を保持していたのだ。あの日までは。

 『眠らぬ国』という二つ名の通り、その日も国中がネオンの光で満ちていた。

 城の裏門を見張っていた兵士は、あくびを噛み殺した。共に見張っていた兵士は、厠に行ったきり、戻る気配がない。あいつ、よく腹下すからなぁ、と呟く。

 その時であった。目の前の草むらが揺れた。兵士は槍を構えた。

「だ、誰だっ。出てこい」

 抵抗することもなく、草むらにいた者は出てきた。銀色の甲冑に身を包み、紫のマントをたなびかせている。顔を見ると、肉も皮膚もなく骨だけであった。兵士は驚愕した。だが、それは骨だけの顔に対してではなかった。

 この国に住む者は、二種類に分類される。死霊族と悪魔族である。草むらから出てきた者は、死霊族の風貌であった。兵士が驚いた理由は、死霊族の着ていたマントにあった。紫のマントは、将軍の証である。そして、この国において、それを身に着けている者は、ただ一人しかいない。

「ソ、ソロン将軍」

 兵士は、慌てて武器をおさめた。思いもよらぬ人物の来訪で、兵士は混乱していた。何かミスでもしてしまったのだろうか。緊張で生きている心地がしなかった。ソロンは何も言わなかった。黙りこくるのも失礼だろうと、兵士は顔を上げた。

 突然、体に痛みが走った。胸に、深々と剣が突き刺さっている。ソロンは兵士を斬り捨てた。兵士は呆然とした表情のまま、絶命した。

 ソロンは、背後を見やり「行け」と言った。死霊族の兵士が、ぞろぞろと裏門から、城内へ侵入する。ソロンは、まっすぐ玉座の間へ向かった。階段を上がると、きらびやかな装飾が施された扉が見えた。あの奥が玉座の間だ。扉に手を掛けようとしたソロンを扉の前に立っていた兵士が制した。

「只今、国王陛下が大臣閣下と会議をされております。申し訳ありませんがッ!?」

 兵士は、最後まで言うことができなかった。ソロンの剣が、兵士の首を飛ばしたからであった。もう片方の兵士が、はっとしてソロンに槍を突き出す。ソロンは軽くかわすと、兵士の首筋を掻き切った。兵士が崩れ落ちる。ソロンは勢いよく、扉を蹴飛ばした。王と大臣が一斉に、こちらを向く。ソロンの背後にいた兵士の手から、刃の形をした魔法が飛び出した。大臣の体が切断され、床に転がる。王は、魔法が直撃したのか、肩を押さえている。ソロンは玉座に近づく。王が叫んだ。

「何のつもりだ、ソロン!」

「それは、こちらの台詞です、我が王よ」

 ようやく、ソロンが口を開いた。王は目を白黒させている。ソロンは続けた。

「我が国が、ここまで発展したのは、我ら兵士のおかげでしょう。だというのに、いるかもわからぬ女神を信じ、あまつさえ、国の発展は、女神のおかげだと豪語する。ふざけるなッ!女神が我らに何をしてくれたというのだ!魔物から国を守ったのも、悪人を捕らえたのも、全て、全て我ら兵士が行ったのだッ」

 ソロンは肩で息をしていた。深呼吸を数回行い、やがてソロンは言った。

「私は、女神信仰を否定する。女神なぞ必要ない」

「何を申すか、ソロン!この罰当たりめが。我らが、この世に生を受けたは、女神様のお力によるものなのだぞ。それを否定するというのか」

 ソロンは答える代わりに、剣を振り下ろした。剣は容赦なく王の命を奪った。ソロンは、先程まで自らの主君だった者の首を高々と掲げた。

「ここに、王朝の終焉を宣言する。今この時をもって、私が王である。諸君、前国王一家を探し出し、根絶やしにせよ。逆らう者は殺して構わん。我らの新たな国を共に打ち立てようぞ!」

 歓声が上がり、兵士たちは玉座の間から、雪崩のように出ていった。その後は、悲惨の一言に尽きた。女王を守ろうと、多くの兵士が屍と化した。女王もなす術なく殺された。世界一美しいと言われた城内は、血と死体のにおいが充満し、見る影もなかった。

 そのような状況で、懸命に抗う者たちがいた。厨房にいた、料理人やメイドであった。彼らのそばには、姫がいた。姫は寝付けず、厨房を訪れていたのだ。ソロンは部下と厨房を包囲した。

「そこに姫がいるのは分かっている。おとなしく差し出せ。さすれば、お前たちの命だけは助けてやろう」

 相手は、この国で最強の軍である。対して、こちらは戦闘の心得もない者だけであった。しかし、彼らは姫を救うことを選んだ。おびえている姫に、メイドの一人が近づいた。

「姫様、こちらへ」

 扉を壊そうとしているのだろう、轟音が響いた。棚を倒して、扉を押さえているが、時間の問題だろう。メイドは、食器棚をずらした。地下に続く階段が現れた。

「私たちが、時間を稼ぎます。お逃げください」

「いやよ。みんな、しんじゃう。いっしょににげよう」

「私どものことは、お気になさらず。捨て置いてくださいまし。私らとて、魔法くらい使えます。さぁ、お早く」

 メイドは、強引に姫を地下に押し出した。すぐに食器棚を戻して、階段を隠す。姫の泣き叫ぶ声が聞こえる。扉がもたない、と料理人が叫んだ。扉が壊れた。メイドは、なけなしの魔力を使って、炎の魔法を放った。しかし、その倍の威力の魔法が飛んできた。メイドは、自分の体が、ちぎれるのを見た。ソロンらが押し入ってから、わずか数十秒で、厨房は制圧された。歓声が再びあがった。

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