みなさんどうか精神を病まないでください。私は正常です。

ちびまるフォイ

どうか正常な心で判断してください

テレビでは繰り返し精神汚染水域の上昇を訴えていた。


「精神汚染水域が上昇しています!

 みなさん、精神を正常に保ってください!

 このままではこの国は精神汚染海に沈んでしまいます!」


中継されている映像ではどす黒く、底の見えない精神汚染海がじわじわと地面に迫っていた。

精神汚染海は人々の精神健康が汚れるほどに水位を上げてゆく。


「……ここ、大丈夫なのか」


俺の家の近くはまっ平らな平地。

もしも水位が上がったらと思うと心配になってくる。


「こういうのはひとりひとりの努力が肝心だからな。

 ようし、どうすれば精神を健康に保てるんだろう」


自分なりに調べてわかったことは


「精神を病まないためには適度に運動しましょう」

「精神を病まないたねには人とのコミュニケーションを取りましょう」

「精神を病まないために人間らしい普通の生活をしましょう」


もはやおまじないレベル。信じて良いものか。

しばらくしても全体の精神汚染は続いたままだった。


「みなさん、精神汚染海が上昇しています。

 精神を病まないでください! 頑張りましょう!」


テレビのリポーターは必死に訴えている。


「みなさんの心が病まないように、

 今日から毎日この時間に"心げんきげんき体操"を行います。

 テレビの前のみなさんも精神を正常に戻しましょう。

 

 げ~~んき、げ~~んき♪ こころがげ~~んき♪」


子供向けの体操番組を見ているようで乾いた笑いが起きた。

これを見て笑えるくらいなんだから、自分はまだ精神病んでないのだろう。


でも、窓の外から見える精神汚染海の海面は日に日に上昇していた。


「まったく……他のやつも精神を健康にしてくれよ……」


自分はこんなに精神を正常にしているのに、

足を引っ張る病み陣営の人たちの尻拭いに苛立ちを覚えた。


それでも明日は今日よりもっと良い日になると信じるばかり。


「みなさん、精神汚染海が上昇しています。

 精神を病まないでください! 頑張りましょう!」


結果はいつも同じだった。



その翌日も。


「みなさん、精神汚染海が上昇しています。

 精神を病まないでください! 頑張りましょう!」



その翌日も。


「みなさん、精神汚染海が上昇しています。

 精神を病まないでください! 頑張りましょう!」



その翌日も。


「みなさん、精神汚染海が上昇しています。

 精神を病まないでください! 頑張りましょう!」



その翌日も……。


「……これ、どうなってるんだ」


リポーターの髪型や服装は明らかに変わっているのに、

昨日と話している言葉が一言一句変わらない。再放送かと勘違いするほど。


「どう見ても同じだよな……。いや、実は俺のほうがおかしくなっているのか?

 俺が精神汚染されているから同じふうに見えるのか?」


同じ内容を何度も流して安心させているのか。

それとも本当にテレビの映像を流す側の精神が病んでいるのか。


「そ、そうだ! こんなときは外へ出よう!

 家であれこれ考えるのは精神に良くないってあったからな!」


なかば現実逃避をするように家を飛び出した。


外では公園のベンチに立って演説している人がいた。


「みなさん! どうして精神汚染海がいっこうに下がらないのか!

 それはみなさんのせいではありません! 宇宙人のしわざです!!」


ベンチの周りには人だかりができている。


「宇宙人が我々の精神を毒電波で攻撃しているのです!

 その証拠に、我々はこんなにも正常なのにいっこうに改善しないのはおかしい!」


「そうだそうだ!」

「私達は正常だ!」

「おのれ宇宙人め!」


「そんな無茶苦茶な……」


宇宙人が出てくる説明なんか信じる人の気がしれない。

けれど公園に集まる人達は熱狂的にベンチの男にこぶしを振り上げていた。


みんな精神を病んでしまっているとしか思えない。


「待ちなさい!!」


ライブ会場のような盛り上がりに水を差したのは奥様の集団だった。


「なにが宇宙人よ! あなた達のような人がいるから、

 いつまでたっても精神汚染海が上がり続けるのよ!」


「頭のいかれた奴らめ! さては宇宙人の催眠光線を受けているな!」


「そんなわけないでしょう! 宇宙人なんてバカバカしい!」


「なにを!」


「みんな、こんな病んだ人たちを相手にするのは止めましょう。

 アヴェーラ・マタハリズム様の教示にしたがい、お祈りを続けましょう」


集まっている奥様は公園にマットを敷き詰め、

その上でブリッジをしながら天に祈った。


「ワタシタチハコワレナーーイ!」

「「「 コワレナーーイ!! 」」」


マットにはアヴェーラ・マタハリズムと呼ばれる謎のシンボルマークが書かれている。

どう見ても地図記号のようにしか見えないのは俺が頭おかしくなっているからか。


「このいかれた宗教集団め! あっちへいけ!」


「なによ! 頭の沸いた宇宙人信仰集団!」


両サイドのリーダーはお互いの心の正常さを主張して大喧嘩。

慌てて止めに入るものの、両者はけして譲らなかった。


「貴様! なぜ止める! 宇宙人か!?」

「アヴェーラ様の教えにそむく反逆者ね!?」


「落ち着いてください! みんなちょっとおかしいですよ!」


「おかしいことなどあるか! 宇宙人による侵略攻撃を

 理知的に突き止めたことのどこがおかしいんだ!」


「そうよ! アヴェーラ様の教えこそ真理!

 それを理解できないあなたは精神を病んでいる証拠!」


共通の敵を見つけたとばかりに結託した2つの集団は警察に通報した。

やってきた警察に事情を話すと納得してもらえた。


「なるほど。アヴェーラ教の教えに従えないというのは、相当に頭ぶっ壊れてるな」


「そっちに納得したの!?」


警察に護送されて裁判所に送られた。

俺は必死に裁判長へ事情を話した。


「……話はわかった。お前は宇宙人もアヴェーラ教の教えもないと?」


「はい。みんな精神を病んでどうかしちゃっているんです」


「おかしい。宇宙人もアヴェーラ教も信じられない人間などいるものか! 有罪!!」


あっという間に有罪判定で地下の独房にぶち込まれた。


「なんでこんなことに……」


絶望という字を壁に鍵殴ること数日。

地上でなにやらドドドという音が聞こえた。


「あの看守さん! 今の音は!?」


「貴様の相手をしている場合じゃない! 地上が大変なんだ!

 上昇しすぎた精神汚染海がついになだれ込んでしまったんだ!」


「ええ!?」


密閉性の高い地下にいたことで汚染海に飲み込まれることはなかった。

シェルターとして精神の完全汚染を免れたのは幸いだった。


「あれ? 開いてる」


大慌てだった看守は鍵を締め忘れていた。

外に出ると、汚染海はすっかり引いてもとの地上に戻っていた。


「我々はいったい……」

「この怪しいマットは何かしら……」


以前までは熱狂的に支持していたはずの旗なども雑に扱っていた。


「まさか、病んだ精神がさらに病んだことで正常に戻ったのか!?」


一周回って誰もが正常な状態に戻っていた。

正常に戻ったのでもう精神汚染海の上昇も収まっていた。


「おい貴様! ここでなにをしている!!」


「か、看守さん!?」


安心したのもつかの間、地上に出ていた看守に見つかった。

すぐに捕まったもののこれはチャンスだと思った。


「お願いです! もう一度! もう一度裁判して、俺の正常度を確認してください!」


すべてが元通りになった。

今ならあんな無茶な判決も覆せる。


ふたたび裁判がはじまると、俺はこれまでの顛末を事細かに伝えた。


「……というわけで、俺は宇宙人信仰の謎集団と

 わけのわからない教団によって毒されている社会で裁かれたんです!」


「なるほどな。確かにその宇宙人信仰の集団と教団は精神が病んでいたとしか思えない」


「そうです! そうなんです!! わかってもらえましたか!!」


視界に一筋の光が差し込んだ。

やっとみんな正常に戻ってくれたんだ。


裁判長は判決を言い渡した。



「そんな病んだ連中から見ても、お前はやばいと思われたってことは

 相当にお前の精神は病んでいるんだろう。引き続き、有罪!!」

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