勝利のための犯罪

桐華江漢

健全スポーツ

 やっとここまで辿り着いた……。


 燦々と照りつける太陽の熱を浴びながら、俺は額から流れた汗を手の甲で拭う。


 どれだけ苦しんだだろう。どれだけつらい思いをしただろう。何度投げ出そうとし、逃げたい気持ちを抑えただろう。


 でも、俺は逃げ出さなかった。いや、逃げ出せるはずがなかった。それはひとえに、何年も抱いていた目標を果たすためだからだ。数々の苦悩に耐え、今ここに立っている。


 そうだ。あと一人死なせれば、目標に近づくんだ……。


 安堵と焦りを含ませ、俺は力強く握り拳を作る。


 目標に近づくには三人死なせなくてはならない。そして、俺は既に二人を死なせている。残るは一人。


 本来は一人一人殺していくのがセオリーだ。最初のターゲットは運悪く逃してしまったが、その直後二人を同時に殺せるチャンスが到来。一気に殺れると思ったが、タイミングが上手く合わず一人だけ生還させてしまった。だが、まず一人殺せた。


 二人目はキレイに殺すことができた。鮮やかに刺すその映像は今も脳裏に焼き付いている。いや、これは俺の力じゃない。仲間のおかげだ。


 そう。俺は一人じゃない。仲間がいる。こうして二人殺せたのも同じ志しを持つ仲間がいたから成し得たことだ。付き合いは二年と短いが、俺達は一致団結して二人を死なせたのだ。


 二年前、偶然にも同じ境遇の人間がいることを知った俺はすぐに仲間に加わった。日常で傷を作らない日はなく、毎日辛く苦しい時間を過ごしていた。だが、仲間がいたからこそ乗り越えられた。これは間違いようがない事実だ。


 俺一人じゃ誰も殺すことはできなかった。仲間の有り難みがこの歳になって痛感するとは。いや、この状況だからこそかもな。


 俺は思わず笑みが溢れそうになったが、気を緩めるにはまだ早い。あと一人死なせなくてはならないのだから。油断は最大の過ちだ。笑いたければ事が済んだ後で思う存分すればいい。


 そう、目の前のこいつを始末すれば……。


 ターゲットは鍛え上げられた体に自信があるのだろう。狙っている俺の視線に気づくとふてぶてしくも睨み返してきた。


 上等だ。今すぐその顔歪ませてやる。


 二人を殺した時のように、俺は目の前のターゲットに集中し始めた。周りでは人の声があちこちから飛び交っていたが、そんな声すら意識から遠退いていく。ゆっくりと静寂が訪れ、今耳に届くのは己の心臓の鼓動のみ。


 大丈夫だ。自分だってあらゆる技術を磨いてきたんだ。鍛えたのは相手だけじゃない。それに仲間がいる。負けるはずがない。


 一度胸を叩いてそう言い聞かせると、俺は深く息を吐く。そしてターゲットに睨みを利かせ、武器を携えた右腕を頭上へ。渾身の力を込めてその右腕を振り下ろした。


 ああ……ようやく終わった……。


 まだ死んではいない。だが、死は確実。それが分かった俺はゆっくりと雲一つない晴天に顔を向け、そして……。













 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼


!」


 ガッチリとフライを取ったのを確認した実況者がマイクに向かって口にした。


「いや~、良い試合でしたね~本間ほんまさん」

「そうですね。最後まで目が離せない試合でした」

「どちらが勝ってもおかしくない試合展開でしたが、やはり決めては七回のプレイでしたかね?」

「はい。私もそう思います。丸山まるやま君の(盗塁)で流れが変わったかと」

「その盗塁でキャッチャーが高く送球してしまいましたね。ランナーは三塁へ。しかも、センターからの三塁への送球がこれまた乱れてしまい一気にホームイン。足で相手を撹乱しミスを誘う。見事なプレイでした」

「なんでも丸山君のに関しては右に出るものはいないと監督は言っていましたね」


 実況と解説の二人が試合を振り返り、ポイントとなった場面を話し合い始める。


「あと、私は四回のタッチアップも良いプレイだと思ったんですが、いかがですか?」

「私も同意見です。現に、七回まで流れは完全に相手高校にいってましたから」

(ワンアウト)三塁。ワンストライクツーボールからの四球目。バッターの打球はレフトの後方へ上がりました」

「飛距離も十分。ランナーの佐伯さえき君も決して足が遅いわけではないんです。しかし!」

「そう! レフトの雨宮あまみや君からこれ以上ないくらいの送球が放たれ、ランナーはホームアウト。佐伯君は


 グラウンドでは両チームがホームに近づき、一列に並ぼうとしている。


「そして九回。先頭の濱中はまなか君がライト前にヒット」

「完全に打ち取った様に見えましたが、打球がおかげで良い所に落ちましたね」

「そしてその後、バッターの山路やまじ君が初球を引っかけてショートゴロ。(ゲッツー)かと思われましたが、イレギュラーバウンドでショートが捕球を焦り、ゲッツーにはなりませんでした」

「これで一塁。バッターは向井むかい君。ここで(送り)バント。ランナーは進み二塁」

「最後はピッチャーの上杉うえすぎ君、気迫がありましたね」

「それはそうです。バッターは六番ですが、長打の要の選手ですからね。甘い球は禁物です」

「上杉君が一枚上手だったのでしょう。三球目のストレートを打ち上げてしまい、セカンドがしっかり掴みゲームセット」

「両チーム、死力を尽くした試合だったでしょう」


 アァァァァァァァァァ。


 甲子園球場の鳴き声が木霊する。それに合わせて両チームが互いにお辞儀をした。


「さあ、両チームが抱き合って互いを敬います。手に汗握る素晴らしい試合でした」

「四対二でカクヨム高校、二回戦へ進出。二○二○年、夏の甲子園。早くも熱い戦いが繰り広げられております!」



                  了

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