potato sniper

海老原ジャコ

第1話 potato sniper

 『うっわ、マジかよ。Snipeって例の芋砂じゃん。負け戦確定かよ』

 

 野良でマッチングした相手の辟易する声が聞こえてくる。

 

 芋砂。それはFPSやTPSなどのゲームで定点型のスナイパーを揶揄する俗語。一点から動かず匍匐前進して隠れている様が芋虫のようだから。砂はスナイパーのことだ。

 そしてSnipeとは俺のユーザー名である。

 

  二〇二〇年、つまり今年の夏、とあるウイルスの世界的流行により全人類は外出自粛を余儀なくされた。

  そんな退屈な引きこもり生活で俺がハマったのは偶々初めたスマホのFPSアプリだった。

  スマホアプリという手軽さ、それでいて臨場感、敵を倒した時の爽快感も味わえる。おまけに無料ときたらやらない理由はない。

  そんなこんなで毎日プレイしていたおかげで有名になってしまったというわけだ。悪い意味で。

 

  「芋砂の何がわりいんだよ」

 

  誰に言うでもなく俺は自分の部屋で独りごちた。ボイスチャットをオフにしているため相手の声は聞こえるがこっちの声は聞こえない。

  俺からしてみればこれはれっきとした戦法だ。誰かと協力とか連携とかより一人で慎重に立ち回るほうが性分に合っている、それだけだ。

 

  このFPSゲームは無人島に放たれた百人のプレイヤーが戦い最後まで勝ち抜いた者が勝利という至ってシンプルな作りとなっている。

  今回は俺と他に二人の計三人でチームを組むトリオだ。いつもはシングルだが俺の戦法ではいくらやっても勝てないので渋々このモードにした。

 

  ボイスチャットで声を聞く限りチームメンバーは俺とほぼ同年代の男女。

  男子の方はさっきの好戦的な物言いからクラスの中心で騒いでそうなリア充。女子の方はおっとりした感じのぱっとしないリア充の付属品といったところか。

  フランクな口調から察するに友達同士なのだろう。

 

  「戦場で友達ごっこかよ」

 

  そして画面が切り替わりゲームが始まった。

  上空からパラシュートを使い地上に降りる。俺はプレイヤーの少ない村落地帯に着陸。

  そして物資を漁り狙撃銃、銃弾、回復アイテムなどをある程度手に入れ早々にその場を離れる。スコープがないのは少し心許ないが仕方ない。

 

  そして俺が向かうは高台だ。

  ここの高台は草むらで全身が隠れる上にこちらから見下ろせば下は平野だから一目で敵を認識できる。

  到着するなり俺はいつもどおり匍匐前進の体勢で狙撃銃を構え辺りを見回す。

  まだ他のプレイヤーは物資を漁っている頃だろうからこの辺りに人はいない。

  例に従って俺のチームの奴らもまだ物資を漁っているようだ。

 

  『おい、栞そっちの家一人入ってったぞ』

  『入ってきたって、え、ど、どうすればいいの? 武器ってどこにあるの?』

  『あーわかった。俺がそっち行くからそれまでどっか隠れてろ』

  『う、うん、わかった』

 

  どうやら女子の方はプレイの仕方もわからないド素人らしい。男子も男子でゲーム内で本名で呼ぶあたりエンジョイ勢らしい。まあ俺もだが。

  強い人とマッチングして勝利を掴む俺の計画は儚くも崩れ去った。最初の言葉をそっくりそのまま返してやりたい。

 

  そんなことを考えていると平野を走るプレイヤーを発見した。

  だが撃たずにあたりを見回す。今回はトリオ、つまり他にもメンバーがいる可能性が高い。今ここで狙撃して一人を屠ったところで敵の仲間に俺の居場所がバレて背後を取られてしまう。

  狙撃銃はその殆どがボルトアクション式と言って威力は高いが連射性がない。近づかれれば太刀打ちができないのだ。

 

  だが幸い一人に続きもう二人姿を表す。こちらの視界にさえ入っていればこっちのものだ。

  平野を走る敵に標準を合わせる。

  深く息を吸い込む。

  そして、

  「よし、まずは一人」

 

  銃弾は轟音と共に敵の頭部に命中し即死した。ヘッドショットはスナイパーの専売特許だ。

  残る二人はどこに俺がいるか探しているが、その隙に俺の銃弾は二人の頭部を貫く。

 

  「協力? 連携? 聞いて呆れるわ」

 

  スマホから片手を離し額を伝う汗を拭った。

 


  このゲームには安全地帯というものが存在する。安全地帯外はダメージを受ける仕様になっていて、一定時間ごとに安全地帯は縮小していく。

  だから芋砂と言えど一箇所に居続けることはできないのだ。

  四回目の縮小で安全地帯はかなり小さくなりとある街の中が戦場となった。恐らくここで決着がつくだろう。

  俺は高度が高いマンションを陣取ることに成功した。

  少し落ち着いたところでボイスチャットが聞こえてくる。

 

  『栞、これもしかしたら勝てるかもしれないぞ!』

  『あっ、そうなんだ……私まだ何もしてないけど』

 

  あの二人はまだ生きていたらしい。いたところで別に俺のやることは変わらないが。

 

  『へえ、芋砂のくせにまだ生きてんのか。お前は大丈夫そうか?』

  「こっちのセリフだクソ」

 

  こういうリア充がクソほど嫌いだ。青春、恋愛、絆なんて虚像にうつつを抜かし、孤独をあざ笑う。

  一人でいることの何が悪い? 人間関係なんて皆等しく面倒くさいだけだ。

  真夏のジリジリとした熱さにより一層不快感が煽られる。

 

  そんな時突然銃声がした。画面を見ると少し離れた住居の方に銃声マークが出ている。

  その住居の周辺をしゃがみながら走っている数人の敵を見つけた。恐らく中に立てこもっているチームを落とそうとしているのだろう。

 

  地の利では高さがあって物陰のある屋内の方が圧倒的に有利。 そのはずだった。

 ――だがその場を制圧したのは外にいたチームだった。

  無駄のない立ち回り、状況把握能力、弾数を最小限にするエイム。猛者だ。

 

  伏せている俺の背後で扉の開く音がした。

  しまった、魅入っていて警戒を怠っていた。死んだ、そう思った。だが、

 

  『お、芋砂こんなとこにいた!! いいとこ陣取ってやがったのか』

  『こ、こんにちわ。役立たずですみません……』

 

  まさかの味方だった。

  残りのプレイヤー人数を見てみると六人。つまり残るはさっきの猛者チームと俺のチームのみ。

 

  『芋砂、この試合協力すれば勝てるぞ』

 

  俺は無視して猛者チームの動向を逃さないよう再び視線を戻す。

  こちらは相手を認識しているが幸い相手にはこちらの場所はバレていない。

  狙撃でヘッドショットを狙えばまだ勝機があるかもしれない。

 

  『なるほど。あそこにいんのか、強そうだな』

  俺の隣に並んで相手を確認するなり、男の方はマンションの階段を駆け下りていった。

  『俺が惹きつけるからその隙に芋砂がヘッドショット狙え。芋でもスナイパーなんだろ?』

  そんな無謀な作戦を残した上、盛大に煽られる。

 

  「くっそ、やってやろうじゃねえか。脳筋リア充」

 

  あんな啖呵切ったくせに男はすぐに敵に見つかって――でも死ぬことはなかった。

  猛者たちが移動先を予測して撃ってくるのに対してそれを予測して回避している。それに小型銃での牽制も忘れていない。

 

  『大和君はね、ボクシングで高校生全国一位だから反射神経いいんだよ』

 

  女子が自慢気にそう語ってきた。何だリア充の中のリア充か、輪をかけて気に食わん。

  少し癪だがさっき言われたとおりヘッドショットを狙おうとしたが違和感に気づいた。

  敵が二人しかいない。

  辺りを見回す。

 そして見つけた。斜め向かいの住居の屋上で大和とやらを狙う狙撃手を。

  俺は標準をその狙撃手に合わせる。

  深呼吸するが、緊張から手が震えそうになる。これを外せば多分負ける。

 

  『が、頑張ってください、Snipeさん』

  『状況よく知らねえけどやれよ、芋砂』

  「言われなくてもやるっつうの」

 

  自分の部屋でそう独りごちただけだ。そのはずなのに何故かどこかに繋がった気がした。体が熱を帯びたように熱い。

  そして俺の放った銃弾が敵チームの狙撃手に命中した。残りプレイヤーの人数が五になる。

 

  俺はすかさず大和を狙う敵二人の方に視界を動かした。

  かなり近いうえ敵が動いてるせいでエイムが定まらない。この距離での偏差撃ちは難易度が高い。

  敵の動きを予測して打つ。だが相手は猛者、動きが複雑で正直かなり厳しい。

 それでもやるしかない。

  俺は震えそうになるのを堪えて画面をタップし引き金を引いた――。

  

  『よっしゃナイス芋砂!!』

  『す、すごいです!! わ、私も何かしないと……』

 

  ラッキーパンチだった。汗で指が滑ったおかげで狙いとは違う敵の頭部に偶々命中した。運も実力の内だ、うん。

  残る敵は一人。

  これは勝てるかもしれない。確かに一人ではここまで来れなかっただろう。

  でも、もしかしたら、こいつらとなら――。

 

  その時とてつもない爆発音が聞こえ俺の体は吹き飛んだ。

 

  *

 

  『す、すみませんでした!! 私も役に立ちたくて……』

  『まさかグレネードで自滅するとはな、くっくっく』

 

  あの後、栞のグレネード誤爆により俺と栞は死亡、残った大和も敵二人に追い詰められ大逆転され敗北した。

  結局二位だ。

 

  「やっぱ協力したって勝てねえし……」

 

  昼寝をしようとベッドに横になろうとすると、

 

  『おーい、芋砂。聞こえてるか? 悔しかったならもう一回このチームでやらねえか?』


  やる、そうメッセージだけ送った。

  よくよく考えたら昼寝なんてできそうもない。だってさっき感じた高揚感が今も頭から離れないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

potato sniper 海老原ジャコ @akakara98

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ