第14話


翌朝、いつもと同じ時間に起きていつもと同じようにラフィリアがバロンを起こそう

としたときだった。


自分の傍らですやすやと眠っていたのは見るからに黒い塊――狼の姿に戻っていた

バロンだった。


あまりにも予想外ですぐに信じられない状況にラフィリアはしばらく止まった思考の

ままバロンを眺めて、とりあえず彼を起こすことにする。



「バロン。朝になったよ。起きる時間だよ」



ゆさゆさと軽く揺すってやればパチリと目を覚ましてバロンは自分の状態も確認

しないまま、何事も無いように起き上がる。


そして『くーん?』と小さく甘えたように鳴いてラフィリアを見つめた。


元々の姿に戻ったのだから彼が驚いて慌てる必要がないことにその様子を見ていた

ラフィリアは改めて思った。


今までのはきっと神様か何かの悪戯で、バロンが見た温かい光というのもその類

だろうと無理矢理に納得しておくことにした。


そうでなければラフィリアは唐突のことに頭も気持ちもついていかない。



「……バロン。喋れる?」


「わん!」


「だよね…」



バロンが元の姿に戻ったということは、彼を如何にして隠して誤魔化すのかを

考えなければならないということ。


ラフィリアが知る限り大人ほど大きい狼など知らない。


もし誰かに見つかってしまったらバロンは捕らえられて最悪殺されてしまう。


それだけは何としても阻止しなければ。


彼女が一生懸命悩んでいる間、バロンはいつものように行動を開始して狼の姿で

あっても容易に部屋の扉を開けて外に出ようとする。


そこを慌ててラフィリアがベットから飛び出して引き留めた。



「だ、だめ!バロン!あなたは今、狼なの!屋敷のみんなはバロンのその姿は

知らないから驚いてしまうわ」



口早に言ってバロンが部屋から出ないように何度も言い聞かせ、頷いたのを確認

したあとにラフィリアは一人部屋を出てメルルたちには彼が体調不良で寝ているから

そっとしておくように伝えておく。


両親にも同じようにあらかじめ言っておこうと朝の挨拶の後に話しかけて、途中で

二人が揃って驚いたような顔をしていたから嫌な予感がして振り向けば『わん!』と

尻尾を振るバロンの姿が。


やはり、彼に『待機』はできないようだ。


どう言ったらいいのか両親とバロンとを交互に見ながらラフィリアは必死に考えに

考えて、本当のことを話した方がいいかもしれないと思った。



「父様。母様。お願い…私の話を聞いてほしいの」



ラフィリアはバロンと出会った頃から今までのことを正直に話した。


そして自分は確かに彼に守られ、支えられてきたこともしっかりと伝えた。


両親は共に真剣に話を受け止め少しの間を置いてから互いに小さく頷き、閉じていた

口を開く。



「ラフィ。正直に話してくれてありがとう。あなたが時々、何か庇うように秘密に

することがあったから夫と二人で心配していたのよ」


「母様…」



返って来た言葉は今まで隠していたことを責める言葉ではなく、心配していたという

優しい思いの言葉だった。


本当の子供ではないのに、どこまでも自分のことを思ってくれる両親に感謝する。


バロンのことは屋敷の人間だけの内密にしておき同時に彼が見たという『嫌な光』と

『温かい光』の二種類の光について、呪術や魔法に関係しているかもしれないと

探ってくれることになった。


ラフィリアも初めて聞いた話だったのが、父の口から『王国指定の禁呪が封じ

られた呪術書が盗まれている』と語られた。


それに伴って古の呪術を研究する研究者も何人か姿を消しているという。


バロンがもしもその禁呪の呪術にかけられているのだとしたら、それが解かれる

ことは絶対にないことも厳しい顔をしながら話してくれた。


聞いて、ラフィリアは傍らでくつろぐバロンを不安げに見つめる。



「でも…でも、父様。バロンは元々は狼だから、今は呪いは大丈夫…なんですよね?

もしかして人間の姿の方が危ないのでしょうか…」


「それは呪術なのか魔法なのかがわからなければ判断が難しいだろう。はっきり

させるなら、あの方を頼る他にないが…」



『あの方』と言ってから父は悩まし気に空を見つめた。


母も珍しく同意したように少し俯いて、言いにくそうに言葉を発する。



「ラフィ。あの方はとても気まぐれな方だから…どこに行けば会えると私たちでも

言えないのよ」


「父様と母様でもわからないって、どうしてですか?」



頼れる人の心当たりがあるのに居場所が不明なことに疑問を持ってラフィリアは

首を傾げた。



「彼女…いや、彼ともいうかな。姿を変えて王国中を転々としているんだ。今日は

女性の格好かもしれないし明日は男性かもしれない」



父のなんと言って説明すればいいか苦々しく笑う様子は嘘を言っているように

見えなくてラフィリアは愕然とした。


女性でも男性でもある人物をこの広い王国から見つけるなど、雲を掴むほどに

難しくて途方もない話である。



「あらあなた。最愛の娘が真剣に悩んでいるんですよ。私たちが力になって

あげなくてどうするの。ラフィ。大丈夫…できることはやりますからね。あなたは

あなたのペースで頑張りなさい」



際限なく優しく心強い母の言葉にラフィリアは思わず瞳が潤んだ。


どうしてこの人たちはこんなにも私を大切に愛して思ってくれるのだろう。


私は今の両親に貰った恩をいつかきちんと返せるだろうか。

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