まるでお伽噺のような

花陽炎

幼少期編

第1話



「―――…お父さんとお母さんは?」



気づいたら知らない場所に一人で立ち尽くしていた。


私の存在に気づいて駆け寄ってきた目の前の大人は困惑したような顔をして、

手紙を読み終えた後に優しく手を握ってきた。



「……ラフィリア。貴女のご両親は急なお仕事で一緒にいられなくなってしまった

ようなの。だから、私たちの家においでなさい」


「お仕事……?」



あまりよくわからなくてきょとんとしていると、女性は今にも泣きそうな顔のまま

微笑みラフィリアと視線を合わせてしゃがみ込む。


女性の隣にいた男性は固く口を引き結んだままこちらを見守っていた。



「貴女の持っていた手紙に書いてあったのよ。お仕事が終わるまで、貴女のことを

お願いねって。文字は…読めるかしら?」



そう聞かれてラフィリアはゆるゆると首を横に振る。


次いで歳を尋ねられれば「五歳」と短く答えた。



「それじゃあまずは文字の読み書きから始めましょうね。それからゆっくり作法を

覚えて……そうしたらきっと、ご両親が帰ってきたときに貴女の立派な姿を見て

喜ぶわよ」


「お勉強したら、お父さんとお母さん帰ってくるの?」


「ええ。きっと早くお仕事から帰って来れるわ」



たくさん学んで立派になれば両親にまたすぐ会えると聞いてラフィリアはあまり

深く考えず素直に頷いた。


そして目の前にいる人たちが自分の先生になるのだと理解して「よろしくお願い

します」と可愛らしくお辞儀する。


近くに待たせてあった馬車に乗り込みしばらくの間揺られた後、到着して降りた

先に見えた大きな屋敷にラフィリアは目を輝かせた。



「すごい!おっきいお家!」



手を繋ぎながらはしゃぐラフィリアに女性は微笑みながら「今日から貴女のお家に

なるのよ」と囁くように話す。


そして屋敷の入り口で待っていた侍女の一人に何かを告げる。


侍女はにこりと笑って女性に頷くと、ラフィリアを部屋まで案内してくれた。



「こちらがお嬢様のお部屋になります」


「わあ…っとっても、素敵なお部屋!」


「喜んでいただけて何よりです。私は本日よりお嬢様に仕えさせていただきます

侍女のメルルと申します。何か要りようがございましたらなんなりと申し付け

ください」



メルルは深々と頭を下げて再びにこりと笑んだ。


ラフィリアもぺこりとお辞儀をしてじっとメルルを見つめ返す。



「メルル」


「はい。なんでしょうか」


「お嬢様…じゃなくて、『ラフィ』って呼んで。お父さんとお母さんはそう呼んで

くれたから」



ラフィリアは澄んだ綺麗な翡翠の瞳を少し恥ずかし気に揺らしながらお願いする。


その仕草は思わず抱きしめたくなるくらい可愛い。



「ふふっ…わかりました。ラフィ様」



それから屋敷の他の主要な部屋を一通り巡って、ラフィリアは湯浴みを済ませて

少し早めの夕食を取った。


今日はいろんなことがあって大変だったろうからと屋敷の主人たちも特別何かを

問い詰めることも無く、自室でゆっくり休むように気遣ってくれた。


柔らかいベッドの上でラフィリアはしばらくごろごろと寝転がって感触を楽しみ

やがてピタリと止まって落ち着く。


そして小さく、誰にも聞こえないようにひっそりと泣いた。


ラフィリアは幼いながらに実はとても賢く、あの時の知らない場所に一人立っていた

理由もなんとなくわかっていた。


両親と別れる寸前…自分の目の前で二人は力無く倒れていた。


かろうじて上体だけを起こして血塗れの母親が彼女に用意していただろう手紙を

預けて最期の微笑みを浮かべて。



『ラフィ…強く、生きなさい…。そして…どうか……幸せに…』



転移魔法の光に包まれて目の前の世界が消えるまで、ラフィリアはただ黙って

両親の姿を見つめ続けた。


どうしてああなってしまったのかわからないまま。



『ばかやろう!どうして殺した!上等な検体だったろうが…!』


『だってぇ~。抵抗してきて怖かったしぃ~?』



知らない、男女二人の声。


薄れていく景色の向こうではっきりと聞こえたが姿は確認できなかった。


両親はきっと、彼らに狙われたのだ。


そして―――殺された。


両親を目の前で失ったことのショックは大きくて無意識に心を守る為に思考が歪み

飛ばされた先で出会った女性の『両親は仕事で』という言葉を信じた。


文字は読めないと言ったけれど、あれは手紙の内容を見て現実を理解したくなくて

咄嗟に否定した。


本当は文字の読み書きだってできる。


こうして一人になって、静かに考えたり思い出す時間ができると胸が苦しくなって

痛くてどうしようもなく寂しい。


泣いても両親は帰ってこない。帰ってこれない。


頭で理解していても心は納得してくれず溢れた涙は枕を濡らす。


泣き疲れていつの間にか眠っていたその日の夢は、在りし日の家族で過ごした

穏やかな日常だった。


父はいつものように召喚魔法で伝書鳩を呼び出して手紙を飛ばし、母はラフィリアに

魔導書を読み聞かせ簡単な魔法の扱い方を教える。


勉強の最後には決まって『家族以外の人間には魔法を見せたらダメだからね』と

念を押して言われるのだ。


ダメと言われる理由が今になって、両親を失ってからわかった気がする。


けれどもそれなら何故自分に魔法の扱い方を教えたのかわからない。


ぼんやりとした意識の闇の中でラフィリアは何度も疑問を呟いた。


決して返ってくることの無い答えを淡く期待しながら。

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