第32話 骸骨街
隣の部屋のハザンがルーザの悲鳴を聞いて飛び起き、自分の部屋を出て、ルーザの部屋に駆け込むと、手拭いを頭に巻いて、横じまの船乗りの服を着たものが、床に座り込むルーザの前で仁王立ちしていた。それは今にも短い短刀でルーザを斬りつけようとしており、ルーザは腰を抜かしていた。
「おい」ハザンは走って駆け寄り、その船乗りの背中を蹴りつける。
その瞬間、足にはなんの抵抗も感じず、ただ何か柔らかい木が折れたような感触がした。
船乗りの身体がくの字に折れ曲がる。背中がそのまま曲がり、顔がこちらに仰け反って逆さまに見える。
それの顔は干し芋のように黒ずんでいて、ふやけたような皺が寄っており、目の玉があるはずの穴は暗く落ち込んでいて、鼻骨は剥き出しで歯を隠す唇はなかった。
頭から手拭いが取れた様子はまるでほとんど骸骨と違いがなく、それは滑稽な格好で、手を投げ出して背中から床に崩れ落ちた。
「これは」ハザンはルーザの側に駆け寄り、彼女の肩を抱き抱えた。そこにヘカーテが到着する。
「どうした?」ヘカーテは訊いた。
「なんだこいつは」ハザンは少し動揺した。なぜならその骸骨は崩れ落ちたにも関わらず、地面で少し動いていたからだ。服で見えないが、おそらく背骨が折れて、骨が砕けているはず。それでも指が小刻みに動き、歯をかちかち鳴らしていた。
「どこからやって来たんだ」ヘカーテが叫んだ。
「窓から、あ」ルーザは自分の部屋の窓を見た。そこには梯子の縁が見える。「あの梯子で登って来たんだわ」
ハザンが急いで窓の外を見下ろすと、木の梯子を登ってくるものが見えた。それも先ほどの奴と同じく、ほとんど骨が剥き出しになった動く死人で、違う所は女物のワンピースを着ていたということだった。
ハザンは梯子を掴んで、向こう側に力一杯押し倒す。すると梯子は地面には落ちず、群がるもののたくさんの手が受け止めた。
目を凝らして窓から見下ろすと、闇夜に無数の動く影が蠢いている。生者たらしめる息遣いこそないが、辺りは小さな骨の鳴る音で満ちていて、その全てがこの旅籠を目指して歩いているらしかった。
「どうした」ヘカーテが部屋から駆けつけてハザンに言った。
「表は骸骨で一杯だ」ハザンが言った。
「なんだと。ベイクを呼んでこよう」
その時、ルーザの部屋の床の間から白い閃光が瞬き、旅籠中を眩しい光がつんざいた。旅籠中がしばらく揺れたが、その後に静かになった。
続いてカーの怒号が旅籠に響き、階下で激しい衝撃音がし始めた。
「おい。無事か」吹き抜けの受付からベイクが叫んだ。3人はルーザの部屋を出て、廊下の手すりから下を見下ろす。
するとおびただしい数の骸骨を相手にベイクとカーが乱闘を始めていた。そこらに皮しか付いていない骨が散らばるが、奴らは開け放たれた玄関から際限なく入ってきていた。
「下に降りてくるな」ベイクが叫んだ。「2階にいろ」
その時、ルーザは物音がした背後を見た。ルーザの部屋の窓に再び梯子がかけられて、骸骨が窓から入って来ていた。
ハザンは剣を抜き、上がって来た骸骨の頭を切り飛ばす。そして腹を蹴って胴体を壁に激突させた。
「どうしよう。2階に上がって来てる」ヘカーテは下に叫んだ。
「なに」カーは斧を振り上げながら言う。頭を切り飛ばした骸骨がカーの足に噛みつく。カーはブーツ越しに痛みを感じて、足元の頭を力一杯踏みつぶした。この骸骨ども、スピードはなく身体ももろいが、力は強いらしい。
「今の技は効かんのか。神聖術は」カーはベイクに言った。
「ああ。こいつらには効かんみたいだ」
「なんで除霊できんのだ」カーが繰り返す。額にはうっすら汗が滲んできた。
「こいつらの魂はもうないらしい。肉体に霊魂がもうないんだ。こいつらはただの傀儡で、操り人形にされているのさ」ベイクは顔を曇らせながら剣を振るう。
「なんだと。術士がこれだけの死体を操っていると言うのか。まさか」
「ああ。太后だろう。自分達を追い出した者達に対する仕打ちがこれだ。奴はこいつらに死ぬ事も許さず、魂だけとなって彷徨う事も許さず、死体を玩具のように扱っているんだ」
「なんと」
「破壊すれば止まるだろうが、果たして俺達の体力がもつかどうかだな」
「とりあえず出よう。旅籠を」カーが言った。
「ああ。あまり街中にはいない方がいいな」ベイクも同意した。
その時、ベイクとカーの頭上で木が軋む音が鳴り、旅籠が揺れた。それから何重にも木が割れる大きな音が輪唱のように鳴り始め、天井が背後にスライドしていく。
2階部分が向こう側にに向かって倒壊したのだった。壁を巻き込んで崩れたために1階部分は剥き出しになり天井も壁もなくなった。背後には木の瓦礫の山。
「ハザン、ヘカーテ、ルーザ」ベイクは叫んだ。
突如として野外と化した旅籠の1階の周辺には、2人が想像していた以上の数の骸骨が取り囲んでいた。
折れた木の山から返事はない。3人とも埋もれてしまったのだろうか。
「くそ」カーはその場を離れて瓦礫の山に登ろうとする。
「今は止めろ」ベイクが言った。
「で、でもみんなを助け出さないと」
「多分もうその下にはいない」ベイクが言った。
「なんだと。何でだ?」カーは息が切れてきた。もう何体やっつけただろうか。
「カンだ」
「か」カーは呆気にとられた。
「とりあえず俺達は逃げよう。なるべくこいつらを引きつけるんだ」
「かまわんが、腰が」2人は旅籠の壁を飛び出して、闇夜を走った。
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